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北部領の話をきいて

 ご無沙汰しております。

 少し唐突ですが、次のエピソードを載せてみようと思います。


 楽しんでいただければ幸いです。

 コアイは眠っている。

 いつも通り、眠っている。

 スノウと自分が描かれた絵を飾った、寝室のベッドの上。




 コアイは、控えめに戸を叩く音で目を覚ました。

 朝早め……日の出から一刻ほど経った頃だろうか、外から射し込む光が少し目に痛い。


「陛下……御目覚めですかな?」

 老人の語りかける口調と、戸を叩く音……それらの控えめな様子から、それほど大した用ではなさそうだとコアイは感じた。

 近頃、そのくらいは何となく分かるようになった……気がしている。


「……起きている。どうした」

 コアイは喉の渇きを感じながら返答する。


「陛下、アクドがエミール領から土産を持ってまいりました。ご覧になられませぬか?」

「土産? ……持ってきてくれないか」


 できれば、直ぐには部屋から出たくなかった。

 それは、起きたばかりだからというよりはむしろ……微かに感じる寂しさのために。



「ここへ持ち込むにはちとかさばります故、よろしければ広間へお越しくだされ」

 申し出は簡単にかわされてしまった。

 しかしコアイは、ソディの誘いを断るような気分でもなかった。


「……わかった、行こう」

 コアイは少しの間、壁に飾られた絵の彼女の笑顔を見つめて……それをよく目に焼き付けてから、寝室を出た。



「赤いカブのようだが、それにしては甘くてうまい。いつもの商人がおみやげに、って一樽くれたんだが……たくさん欲しくなって市場で買い足してきたよ。人間たちはマルグ・ラーフって呼んでるそうだ」


 大男が三つの樽に詰められた赤い根菜らしき作物を一つ一つ取り出しながら、説明を加えている。


「……これなら一つだけ持ってこれば良かっただろう」

 それを見たコアイは少し呆れながら呟いた。


「申し訳ございません、陛下……アクドがどうしても、色々と見せたいと言いまして、つい」

 苦笑しながら呟きに応えるソディの顔つきは、どこか柔和さを感じさせる。


「今、教わってきたやり方で蒸かしてる。蒸かすと甘味が引き立って、また香草の風味とよく合うんだよこれが」

 目を輝かせながら語るアクドの顔つきもまた、どこか和やかに思えた。


「丁度良い、朝食におひとつ如何ですか、陛下」

「ちょうどいいから、食べながらもっと説明してぇな」


「それで構わない」

 コアイは、ひとまず二人に付き合ってやることにした。




「……随分赤いのだな」

 コアイに供された料理……葉の上に転がる楕円形の塊と、そこから染み出している少しの汁が、夕焼けかあるいは花のように鮮やかな……朱色を示している。

 先に見た調理前のそれはもう少し暗い、やや紫がかった色合いだったはずだが。


「そのまま熱を加えると色が消えるんだが、熱する前に酢を加えると皮の赤色が消えなくなるそうだ。んで今回は、香草を巻く前に酢を軽く振ってから蒸かす方法を試してみたんだ」


「ま、そんなことは聞きながらでいいからまず食べてみてくれよ」

 今でも、コアイには食事の良し悪しは良く分からない。

 それでも、勧められるまま口にしてみる。



「ふむ、カブとは食感が違う、そして甘いのう……しかしこのくらいの甘さなら主の食材に関わらず、蜂蜜や果物のソースで補えぬものじゃろうか?」

「ハチミツや果物だと、どうしても別の風味がついちまう。こいつほど風味とかねばりとか、酸っぱさがないというか、なんというか……優しい甘さはめずらしいだろ」

「確かに雑味がない……酢を加えたにしては、酸味も弱いの」

「な、おもしろいだろ? 伯父貴(おじき)


 ソディは納得した様子で食べ進めている、それを見たアクドも料理に手を付け始めた。

 コアイは時折彼等の様子を見つつ、料理を口に運んでいたが……料理が甘いということを除いて、彼等の言うことはあまり理解できなかった。



「そういえば陛下は、エミール領の城市には行かれましたかな?」

 話に付いていけず黙っていたコアイに、ソディが声をかける。


「訪ねたことはない」

「そういやあん時も、騎兵団と戦っただけで帰ってきたもんな」

「今は統治の都合上、大公殿から人間の代官を派遣してもらっております。ですが、今やあの辺りも……我等の地にございます」

 そう言うソディの顔が、少し緩んだように見える。


「今のところ、旧タブリス領と同様特に目立った混乱はありません。我等の地です、一度ご視察……お訪ねになってみては、如何でしょうかの」



 人間からエルフへの領地の割譲……この大陸の歴史を考慮すると、実質的に返還なのだが……ともかくソディ達は旧エミール領・タブリス領を得ていた。

 それらに属する城市のなかでも、旧アルマリック領と隣接していない……すなわち大森林から離れた地を治めるには、現地へ人を送る必要がある。

 しかし、現地の統治を任せられそうな、もしくはその適性を持っていそうなエルフはなかなか見つからなかった。



 無理もない。エルフの総人口は、過去にそれらの土地を治めていた頃よりも遥かに少なくなっている。

 大森林内の各村にしても、村長やそれに近い立場、能力の者を他所へやれるほど人的資源に余裕のある村は少ない。少数の余裕ある村でも、人間が多数を占める大森林の外の街になど死んでも行きたくない……と言う者にまで務めを無理強いするわけにはいかなかった。


 結局まるで人が足りず、ソディは大公に願い出てひとまず十年間、大公に属する者を各城市の代官として派遣してもらうことにしたのだった。



 それは城市に住む人間達にとっても、好都合だったかもしれない。

 城市にはエルフ達を恐れ転出の準備を進める者もいれば、これまでと変わらぬ暮らしができるならば支配者が変わっても構わない……と住み続けようとする者もいた。

 いずれにしろ、大公の手の者が間に立つならば……急激な変化にさらされずに済むならば、それにこしたことはない。


 コアイという、明確に圧倒的な武力が存在している現実。

 大公であれば、()()()とも(したた)かに共存しうるという信頼。

 ……それらの影響も大きいのだろうが、ともかく割譲地の市井において大きな混乱はみられなかった。



「ミリアリア教団は未だ内外ともに大混乱だそうですが、まあそんなことは(わし)等には関係ありませんな」

 老人ソディはそう言って笑って見せる。


「例の神の声とか、しもべとかの話がまだ続いてんのか? ま、俺もどうでもいいけどよ」

 確かに、それ等はコアイにとってもどうでも良いことである。

 エルフ達が……彼等が平穏に暮らせているなら、それで彼女に面目が立つ……それで十分である。

 他の話など、それに比べれば……それとは比べようもないほど、瑣末なことである。


 それ等はもしかしたら、過去にコアイと闘った、奇妙な力を持った人間達……彼等に関係する話かもしれないが、そうだとしても至極どうでも良いことである。




「宜しければ、旅の準備をいたしましょうか? お望みなれば陛下お一人でも構いませぬ、されど思し召しとあらば儂でもアクドでも付き従いますぞ」

 いつの間にか、話が視察の話に戻っていた。


「……この菜の他に、良き品はあるのか?」

 これまでに様々な話がされていたが、コアイが気にすることといえば結局はスノウのことであった。

 彼女に飲み食いさせ、与え、あるいは見せて楽しんでもらえる品物、そういう事柄のことであった。


「王様が気に入るかどうかは分からんが、タブリスとは違った酒や料理がいろいろあってうまいぜ」

「タブリスとは違い涼しい土地です、文化風俗の違いも楽しめるでしょう」



「そうか、ならば行ってみようか」

 コアイはそう答えたところで、胸の奥が暖かく……浮かぶような感触を覚えていた。

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