水と魚と酒と心と
木の焼ける匂いに混じって、肉が焼ける臭いに似た匂いが漂ってくる。
「あっ忘れてた、塩とかある?」
「塩……」
調味料、か。
「荷の中にあったと思う。持って来よう」
確か、小さな壺に調味料が入れてあると聞いている。
「ついでに皿とかあったらほしいな」
立ち上がり歩き出したコアイの後ろから声が聞こえた。コアイは足を止めて、無言で頷いてみる。
コアイは荷車の一角にまとめられていた食器と、小さな壺がまとめられたかごを持ち出してスノウの許へ戻った。
彼女は串に刺さった魚の様子を確かめているらしい。
「たぶん焼けたよ、のっけるから皿貸して」
言われるまま彼女に皿を渡すと、魚の乗った皿が手際良く差し返された。
魚の体表はすっかり水分を失って、あちこちが黒く焼け焦げている。
「では、塩をちょっとかけて……焼けました!」
彼女はコアイの皿と同じように魚を乗せた皿を手に、席へ戻っていく。
コアイは焚き火に目を移した。そこにはまだ魚の串が残っている。
「座んないの? 魚は遠火にしたから大丈夫だよ」
コアイにはその意図が良く分からないが、彼女の言うとおりにしようと席に向かった。
「うん、おいしい! くさくないし、アブラの乗りもいい感じ」
彼女は笑顔で魚を、酒を交互に口へ運んでいる。
「それは良かった」
その味の良さは実のところ、コアイには良く分からない。
だが……
それでも良いのだ。彼女が喜んでいるのだから良いのだ。
そう納得すると胸の奥があたたまり、少しむず痒くなる。
だが……
それなら良いのだ。私も喜ばしいから、それで良いのだ。
残りの魚も二人で平らげたころ、川の流れとは別の水音が辺りに響き渡った。
「あっ、あれなに!? サケ的なあれ!?」
スノウが川の下流側を指差した。その先では、下流側には無いはずの水飛沫が上がっている。
様子を見ていると、焚き火で焼いていた魚とは比較にならないほど大きな、薄い紅色をした魚が群れをなして川を遡っていった。
「捕まえてつかまえて!」
「……どうやって捕まえるのだ?」
コアイはどう捕らえれば良いのか分からず、つい疑問をこぼした。
魚はどうやら川の中央を泳いでおり、近くに石をぶつけるような岩は見当たらない……先ほどのような捕らえ方はできない。
「あ、網とか……持ってないよね? あっヤバっ逃げちゃう!?」
網……?
人間が鳥や獣を捕らえるのに使う道具、だったか。
おそらく荷の中には無いだろう、有ったとしても……使い方が分からない。
彼女は慌てている、どうすれば良い? 妙案は浮かばない。
しかし、コアイの心は……彼女の期待に応えたいと定まっている。
とにかく、あれを捕らえる。
それが彼女の希望なのだから。
コアイの意識がその心中で、魚を捕らえたいと膨れ上がる……
コアイはふと、それが自身の魔力と絡まったのを感じた。
そう感じたときには、既に……塞がりきっていない指の傷痕から血が縄状に飛び出し、遡上する魚体を一つ絡め取っていた。
「おお!? ……すっごい」
血縄とともに、薄紅色の魚体がコアイの手元に引き寄せられてくる。
「よし、焼いてみよう!」
「これは串に刺せないのではないか?」
「うん、鉄板とかなさそうだし切り身で焼いてみよっか」
二人は焚き火の前に並んで座り、大魚が焼けるのを待っている。
「そうそう、この前誕生日だったのだ! いいプレゼントもらっちゃったね!」
「嬉しそうで何よりだ」
「で、おめでとう、は?」
彼女は何かを求めているらしい、とコアイは察したが答えに窮してしまう。
「……? お、おめでとう」
コアイはひとまず、心のまま素直に応えてみる。
「よくできました」
彼女は先ほどに似たいたずらっぽい笑顔をコアイに向けている。
良く分からないが、これで良かったのだろうか。コアイは安堵する。
「そういえば、王サマ誕生日いつ?」
「……? 知らない」
「ええ……ていうか歳いくつ? お姉さんなのはわかるけど」
「……わからない。歳など数えていないし、そもそも私がいつ生まれたのかも分からない」
コアイは今度も、心のまま素直に応えてみる。
「あ……なんか、ごめん……」
良く分からないが、彼女を沈ませてしまったらしい。コアイは心配する。
「いや……私こそ、済まない」
今度はよろしくない受け答えをしてしまったらしい。彼女に申し訳ない。
そう考えこんで、コアイも沈んでしまう。
「あっねえねえそろそろ焼けるよ、食べよう食べよう!」
彼女の明るい可愛らしい声が、二人の心を切り替える。
「……あれ? パサパサであんまりおいしくない……ね……」
コアイには、先に食べた魚との違いが良く分からない。
けれど彼女の冴えない表情は、がっかりした様子は……とても心苦しい。
彼女を失望させてしまった、私のせいなのだろうか。
そう考えて、コアイはまた沈んでしまう。
「……まさか、私の捕らえ方が悪かったのか?」
「いやそれ関係ないよたぶん」
彼女は、私のせいではないと敢えて言ってくれている……コアイには、そんな気がした。
そんな気がしたところで、コアイは涙を落としてしまう。
彼女に申し訳が立たぬ。
彼女を失望させてしまった。
つらい、かなしい。かなしい。
つらい。
「ま、ま、しょーがないって」
「ね、飲んで忘れよう!」
「はいカンパ〜イ」
彼女は矢継ぎ早に声をかけてくれる。
それがとてもあたたかくて……コアイはまた、涙を落としていた。




