一 叛乱されたイマ、ゲンザイ
「……陛下に見てもらえない私なら」
この若者、ソディ殿の孫のリュカ……一体この者は何を言っているのだろうか。
私にはよく解らない。考えが、まとまらない。
よく解らない以上、少し話を聞いてみるべきなのだろう。
私は、せめて……殺さなければならないから。
私から彼女を奪った、憎き輩を。
「いらないよね」
若者は抑揚のない声で、誰に向ける様子もなく声を上げた。そして自身に向けられていたナイフを首筋に押し付けようと、その刃先に手を当てて引き付けようとしていた。
「わっ!?」
若者に刃を向けていた男は、慌てたような声を上げながら刃を若者から遠ざけ、投げ捨てていた。
それは少し遅かったのか、若者の喉笛には赤い横筋と、その端から滴れ落ちた赤い縦筋が走っている。
「なっ、何やってんだよあんた!?」
「遊んでる場合じゃないだろ!?」
若者を囲み捕えていた男達が狼狽えている。
「ハハッ」
男達の困惑を嘲笑うかのように、若者の笑い声だけが明るい。
「ハッ、ハハハッ……遊び? ……遊びじゃ、ないよ」
明るい笑い声が、急に暗く落ち込む。
「だ、だったら」
「陛下は遊びじゃないッ!!」
若者が突然、両手で頭を抱えながら叫んだ。
「えっ?」
「へぇか……」
若者は手を下ろして目を丸め、不安げな顔をしながら少しずつ……フラフラと、ゆっくり私に歩み寄ってきた。
「ねえ、へぇか……私に、わたしに」
先の笑い声とは打って変わって、若者の声は力ない。
「私にだって、これくらいはできるの」
「だから見て、私を見て……わたしだけを、なんてわがまま言わないから」
そう呟きながらもう一歩進んだところで、若者は大きくよろめいた。
「何……だと?」
「い、今、なんて……!?」
横の石壁の中から声がした。しかしそれは今どうでもいい、私は直ぐに意識を若者へ戻した。
「わたしは、へいかしか見ないけど」
若者は体勢を立て直して、立ち止まっていた。
「これも」
若者は、先程まで己を拘束していた男達を指さす。
「それも」
若者は、私を指さす。
「あれも」
若者は、私の後ろの空、屋敷の上階……寝室がある辺りを指さす。
若者が指さすほうに目をやると、月明かりしか届かない暗がりでも……寝室のある場所の壁が壊れ、瓦礫がむき出しになっているのが見えた。
「そう、どれも」
若者は、くるりと回転しながら手を横に振る。そうしてから、手を挙げた。
それに一拍遅れて、四方から私に向けた矢が飛び交う。勿論それ等は私に触れることなく、全て逸らされ地に落ちる。
「全部、ワタシがやったの」
矢が当たらぬことを気にした様子も見せず、若者は絵に描いたように不自然な笑顔を作っている。
「だから、わたしをみて?」
「へいかの役にたてる私でも」
「あの娘を壊した憎いワタシデモ」
虚ろな目で私を見る若者の目からは、大粒の涙がこぼれだしていた。
「どちらでも、どちらでもいいから……わたしを見て、みてくだサイ……」
私に向きながら、私を見ているのかすら定かならぬ……虚ろで力の無い目。
その主である若者は涙を流し続けながら、懇願するように呟いている。そうしながら、私に向かってゆっくりと揺れ動いている。
「へぇかあ……」
甘え縋るような声をこぼして、若者は足を止めた。
若者はいつの間にか、小型の弩のようなものを手にしている。
「ねぇ、陛下……!」
力なく縋るような声を鳴らしながら、若者はいつの間にか弩のようなものを一つ私に向け……そこから横並びに飛ぶ十数本の矢を同時に、私に向けて射ってきた!
それは光にも似た速さで迫るが、当然私に触れはせず逸らされていく。
それを見てか否か、若者は早くも弩のようなものを放り投げていた。しかしその手には既に、別の光り輝く弩らしき道具が現れていた。
「陛下、これならたぶん当たりますよ」
光り輝く兵具から三本の矢が放たれた、それは私の平時の斥力では逸らしきれず頬と腕を掠めていく。
矢の触れた痛みが、少しだけ思考を生む。
この若者が。
この者が、奪った……
彼女と私を結ぶ、糸を…………
私の、すべてを。
「にくい、憎い裏切り者……裏切り者の、ワタシヲミテクださい」
「陛下、かなしそう……憎いでしょう? だからわたしを見て、そして」
にくい。殺してやりたい。
そうしても、彼女を取り戻せるわけではない。それでも。
殺してやりたい。
私の中で張り裂けそうな、悲しさを、痛みを、虚しさを……少しでも、いやできるだけ強く、強く感じさせてやる。
私は若者へと近付いた、若者を捕らえ苛むために。
私は特に妨げられることもなく歩を進め、手の届く位置まで近付いた。そして私は若者の首へと手を伸ばす。
しかし若者は抗おうとも、避けようとも、逃げようともしない。
やがて、私の手が若者へと届いた。
私は若者の首を掴んだ左手に、力を込める。
「ゔぐっ、え゛あ……」
若者は呻きながら、私の腕を掴もうとしてきた……ように見えた。
しかしその手は、私の手を振り払おうとも、しがみつこうともせず……ただ、そっと添えられていた。
私の腕にやさしく触れるそれはどこか、彼女の身体に似てあたたかい。そんな気がした。
「ご、れが、陛下の手……陛下の手が、わたじに、さわ゛っで……わだ……」
呻き声をあげながらも、涙の混じる若者の目には微かな光が宿っている。
気付くと私の右手、指先には鋭い切っ先……錐状の赤い塊が象られていた。
それは一人を貫くのに十分な長さを保っていて。
「だいすきです、あいしています、へぇか……だからこのま゛ま、ころ……」




