異世界第6話
この後お庭でお父様とご飯を食べる予定だと話したら、クロードも庭で昼寝をすると言って一緒にお屋敷へ戻った。
こんなにぐったりしたクロードは初めて見る。
お店のマスターは体格の良い大雑把な性格のおじさんだが、意外にも私の話を理解してくれた。繊細な乙女心をマスターが流暢に語り出した時は私もびっくりしたが、私とマスターの熱いディスカッションの結果、クロードは「‥ぐ、そうなのか?」と時々つぶやいていた。
マスターは新宿二丁目にお店を構えた方が繁盛するんじゃないかと思いつつ、これからは私も頻繁に通うことを心に誓ったのである。
私が住むアイゼンハワー公爵家の敷地は広大だ。お屋敷の周りにいくつか庭があるが、今日はお母様が大好きな百合の花を植えた庭でお昼を食べる事になっている。
お屋敷から続く石畳みの道の両脇に、色ごとに綺麗に区画された百合が花畑の様に広がっていた。庭の奥には緑のアーチのトンネルがあり、宮殿の様に立派な温室へと繋がっていている。
屋敷と温室の間には芝生の生えた大きな広場があり、真ん中には庭の雰囲気を損なわない大きめな円屋根のガゼボがある。広場の周りにも百合が円上に植えられていてなんとも絢爛豪華なお庭なのだ。
私はお花を愛でるよりも、庭師の人もお世話大変だろうな〜とか、入場料を安くして一般開放したらこの庭はもっと有意義になるんではなかろうかと考えながら石畳の道を歩く。
雲ひとつ無い五月晴れの空の下、私は1人ガゼボに設置されたテーブル席に到着。後ろには侍女と給仕が数名控えており、執事が食前の紅茶をサーブしてくれている。
因みにクロードは温室の横の木の下でお昼寝中。
庭を眺めていると、ふわっと頬を撫でる様に風が吹いた。目の前を小さな緑の光が悪戯に私の周りを飛び回っている。
「ふふっ、あまり騒いではだめよ。これからお父様が来るの。また今度遊ぼうね」
後ろに控えてる人達に聞こえない様にエヴァは小声で囁いた。緑の光は分かったよ〜と示すように、もう一度エヴァの頬を撫でてお花畑の方に飛んで行った。
自然が多いからか、ここには精霊が数多くいる。
精霊でもクロードの様な人型ではなくて、蛍の様な光を放つ小さな精霊だ。
属性によって色も多々あるが、ほぼ四大精霊の赤、青、緑、黄色の四色の光が庭をフワフワ漂っている。因みに、赤が火の精霊、青が水の精霊、緑が風の精霊、黄色が土の精霊。
あ、庭師のおじさんが魔法を使って水を撒いている。ものの数秒後にぼんやりと虹が出てきた。綺麗だな〜。
虹も綺麗だけど、おじさんが纏ってる青い魔力に水の精霊が力を貸して放つ淡い光の光景は異世界ならではの美しさだ。
おじさんがキラキラしてるってのはちょっとシュールだけどね。
魔力を解放してから、私は精霊と人が纏っている魔力の色が見える様になった。
目に魔力を集中させれば誰でも見えるんだけど、魔力移動はとっても難しくて使える人は殆どいないみたい。
精霊達が舞うこの庭を、いつかお父様とお母様にも見せたいな〜と考えていたら、
「エヴァ、お誕生日おめでとう」
フワッと水色の淡い光を目の端が捉えた瞬間、お父様の腕に後ろから包まれた。
そう、お父様の魔力は珍しい水色の氷属性。
薄い金色の髪は肩下まであり一本に束ねられている。切れ長の目に透き通った水色の瞳はブルートパーズの様で、合理的かつ知的な印象の美しい顔立ちだ。
しかしその綺麗な顔の眉間には深い皺が入っていて、巷では《氷の宰相》と呼ばれ恐れられていた。
「寂しい想いをさせてごめんね。エヴァを祝えるこの日をずっと楽しみにしていたのに遅れてしまうなんて。失ったエヴァとの大切な時間を取り戻す為に、今日という一日を始めからやり直したいよ」
「お父さまありがとう。でも気にしないで。お仕事たいへんなのに来てくれてとっても嬉しいです」
エヴァもお父様の腕を抱きしめて笑顔で答える。
時間を戻す極大魔法は訓練中だから、いつか使えるようになってみせるわね!お父様!
「こんな良い子に育ってくれて僕は幸せ者だよ‥ぐずっ」
氷の宰相は目に涙を溜めて鼻をすすった。私とお母様の前ではいつもこんな感じだ。そんなお父様が私は大好き。前世では親孝行できなかった分、今回は存分にしてあげたい。
テーブルには食器が4人分並べてある。後2人来るみたいだが、誰なのかは知らされていない。お父様のお友達かな?少しドキドキしていたら、数分後お屋敷からぞろぞろと数名歩いてくるのが見えた。案内役の執事の後ろにいるのは、お父様に似た私の知っている方だ。
「エリアスおじさま!」
「やぁ、エヴァ。お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、おじさま」
エヴァは嬉しくて伯父様の元まで駆け寄り、可愛らしいお辞儀をした。
実はお父様の兄であるエリアスはこの国の国王陛下だ。ここのお屋敷は王宮とそれ程離れていないので、伯父様は月一程度で夕食を食べに来る。どうやら私はとんでもなく高い地位の家に生まれてしまったようだ。
伯父様が来たことに興奮していた私は、その後ろに隠れてこちらを伺っている子供に気づかなかった。
「ほら、挨拶しなさい」
伯父様が言っておずおずと前に出て来た彼は、天使のように可愛い金髪碧眼の男の子。
「ルイス・ウィンチェスターです」
少し照れながら名乗った彼の名前を聞いて、エヴァは何か引っかかった。同じ名前を知っている気がするんだけど、誰だったか思い出せない‥。うーん、うーん。
眉間に力を入れて考え込むエヴァと後ろにいる氷の宰相がそっくりで、ルイス王子はクスリと笑った。