異世界第2話
エヴァーミリアンの体内から外へと激しく光が放出した。
その瞬間、一気に辺りが暗くなりお母様や部屋にいる周りのメイド達の動きがピタリと止まった。開いていた窓の外は夜ではない闇に包まれ、頬を撫でていた風も、木々のざわめきも、お母様の優しい香りすら今は全く感じない。私以外全てが暗闇に飲まれて止まった世界だ。
しかし私の体からは、どこかの戦闘民族が気合を入れたかのような光が放出し続けている。
何これ‥どうゆうこと?オラやっべっぞ?
恐怖と混乱に飲み込まれそうになったエヴァーミリアンの耳に、低く重厚感のある声が聞こえた。
『ふむ、お主か?我と契約したいと言う阿呆は』
なっ、何だこの美青年は?!!
目の前には、まるでこの世の人なのかって程人間離れした綺麗な男性が闇の中で立っていた。その男は膝下まである長い青味がかった黒髪に、古代ローマのトガの様な黒い布を上品に纏っている。190㎝はありそうな長身に、一見細そうだが良く見ると布の上からでも分かる引き締まった筋肉。20代前半のように見えるけど、その藍色の深い瞳は黒よりも暗く孤独に満ちてて、長い年月を生きた様な奥行きと威厳に満ちている。
あなたは誰‥?
『我は時と空間を司る精霊だ。まだ眠りについて間もないというのに、創造神から叩き起こされたわ』
時と空間の精霊は苛立ちを露わにしているが、もはやファンタジーすぎて頭が追いつかない。
『時にお主、そのまま魔力を垂れ流していては死ぬぞ?』
シヌ?
この状況とその一言でついに頭が真っ白になる。
そして全ての情報がクリアになった頭で彼の目と真っ直ぐ向き合うと、それが嘘ではなく真実である事が伺える。
つまりこの光は魔力でこのままだと私は本当に死ぬってことだ。
前世とは打って変わりこの世界に生まれて希望に満ちていた分、無意識に死への抵抗が体に現れた。手足が痺れだし呼吸が詰まって息が出来なくなる。
ど、どうすれば‥ 苦しい‥ 嫌だ‥ 助けて‥!!
『どうやったかは知らぬが、無理やり魔力をこじ開けて器から流れているようだな。人間は弱い生き物だ。魔力を全て出し切っただけで死んでしまうとはな。だが、我の言う通りにすれば問題ない。まずは落ち着け。何事も落ち着かねば解決できぬであろう。』
ちょっ、落ち着けって言われても、そんな精神強くないから私!お、落ち着くとか無理だよ?!
てか、こんな悠長に話してる間にも‥ぁあ!!
泣きそうになったけど、私は前世で辛くて落ち込んで自分じゃどうしたらいいか分からなくなった時、いつもお母さんの腕にしがみついてた事を思い出した。
いい歳になっても、実家に帰ったらやっていた。私は悩みなんて何も言わずにいきなりしがみつくから、お母さんは邪魔くさい〜!って言うんだけど、暫くされるがままになってくれるのだ。
ただそれだけで何の解決にもなってないんだけど、沈んだ心が落ち着いて前向きに考えられる様になるんだよね。私って結構マザコンだったのかな?
あ、あのっ!精霊さんの手を握っちゃダメですか?
1人じゃ無理です!!せめて手だけでも繋がってたら落ち着くかもしれないんですが。お願いします‥!!
『‥‥‥‥‥‥‥』
沈黙の後、精霊さんは嫌そうに綺麗な顔を崩壊させたが、戸惑いつつも私の前に手を差し出してくれた。
では、遠慮なく。
紅葉のような小さな両手を震わせながら、精霊さんの手を挟む。精霊さんは一瞬ビクッとしたが、掌にある方の私の手をぎこちなく包んでくれた。
冷んやりして気持ちいい。
精霊さんの手ゴツゴツしてて硬いのかなと思ったけど意外と柔らかい。
そしてしっかりと包んでくれた掌からは安心させようとしてくれる意思が伝わる。
うん、大丈夫。きっとこの人だったら大丈夫。
手足の震えは治まり、喉から出される湿った呼吸がゆっくりと深くなる。
よし!!!
『いいか。まず、その流れている魔力は体の一部だと認識しろ。流れている魔力を感じてその元を辿れ』
‥うん、体の一部ね。オッケー!魔力の流れている元は、えっと‥ここかな?
精霊さん大丈夫、次お願いします!!
『うむ。その元は本来なら閉じているんだが、そこをお主がこじ開けてしまったのだろう。ゆっくりと瓶に栓をするように閉じるのだ』
なるほど。ここを閉じればいいのね。やってみます!
その瞬間迸る光はスッと収まり、体の周りにうっすら覆われるだけとなった。
え‥っと、まだ光ってるんですけど大丈夫ですか?
『うむ、問題ない。飲み込みが早いな。一度魔力を解放したら、今のように魔力が常時体を覆う事になる。鍛錬すれば消すことも可能だ。通常人間は徐々に魔力に慣れて8歳から15歳の間に自然とその状態になるらしい。お主は見えるようだが、魔力を見る事ができる人間は数少ない。早々に気づかれ無いとは思うが用心しろ』
なるほど。確かに首が座ったばっかりの赤ちゃんが普通に魔力を纏ってたら皆んなビックリしちゃうよね。気をつけます。
まだまだ気を許せないのか、そう思いつつも一安心したせいで一気にじわりと汗が流れてきた。
気づいたら、わたしの手と精霊さんの手は同じ温度で繋がっている。
終始威圧的な態度の精霊さんだったけど、これって‥本当は‥ふふっ。
怖い精霊さんなのかと思ったけど、すっごく優しいんだね!
精霊さんのおかげで助かりました。
どうもありがとう!
満面の笑みでお礼を言ったエヴァーミリアンを見て、時と空間を司る精霊さんは目を見開きギョッとした後恥ずかしそうにそっぽ向いてしまった。
何でだろ?
『‥‥いいかげん手を離せ』
そっぽ向きながら篭った声で言うもんだから、私は笑ってしまい、いそいそと手を離した。