エクストラ/エキストラ
―――長い話を縮めて言えば、光源氏が生きて死ぬ。
源氏物語を一言で言うと、そうなるとかならないとか。まあ、事の本質というのはそんなものなんだろう。本質を核に骨を組み肉を付け、そうやって形にするものでもあるはずだけど。
だから、魂だとか心だとか、そういうものは「本質」ではあっても「そのもの」ではないはずだ。車からエンジンだけ抜き出したものを、車とは呼べないように。アインシュタインの脳だけ取り出したものを、アインシュタインとは呼べないように。
そう言う風に、出来ている。きっと。
付けっぱなしのテレビが今日も目覚まし時計の代わりをし、いつものように目が覚める。音は分かっても内容までは頭に入ってこない、いつものような朝。いつもの身支度、いつもの動線。ああ、いつもの通り。今日も明日も、このままいつも通りにあってほしい。
時間通りに部屋を出て、決まったルートを歩き決まった場所へ。
する事は毎日違う。でも、基本は同じだ。見回り、整備、後始末。一通り終わればもう昼が来て、一服開けて次の仕事が一段落すれば、もう日が暮れる。
ただ今日は、いつもよりも暗くなるのが若干早い。そろそろかな、でもまだまだかな。まだ大丈夫だろう、多分まだ。今日明日って話じゃない。
年季の入った送電盤を一瞥したけど、これはさすがにいじれない。直せるようなものなら、とっくに直している筈だし。
大丈夫、きっと明日もいつもの通り。
帰りは行きより急ぎたくなる。日が落ちると、余計な事を考えてしまうから。いつもの通りの「誰もいない」帰り道、いつもの通りの「動くものの無い」街を抜け、いつもの通りの「何一つ変わらない」我が家へ。大丈夫、大丈夫。昨日も一昨日もこうだった。だから大丈夫。世界は終わってなんかいない。ライフラインも途絶えたりはしない。私は信じてるから。世界が大丈夫だから、私はここに生きているのだから。
世界そのものじゃない、世界の本質でもない。その他大勢の私が一人だけ残るわけがない。きっとどこかに誰かがいるはずだから。
まあ、雰囲気だけの話ではあります。リハビリがてらのものなので、どうか広い心を。