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進み続ける異世界の原点  作者: 雲煙模糊
太田隼side
22/32

15杯目~ボッチの異世界転移~

 初めましての人は初めまして。

 リアルタイムでお読みになっている方はおばんでございます。

 久しぶりの方はご無沙汰しています。


小説作成時BGM:【作業用・耐久】英雄(1時間)

「……し……も……」


 ―――声が……聞こえる……


「も……し……き……ま……す……」


 ―――誰だろう……早く答えてあげればいいのに……女の人、困っt


「もしもーーーし! 聞こえてますかーーー!」


「……っ!」


「あ、やっと目を覚ました!」


 目前に迫る獅子の顔。

 アホ毛の少年は悲鳴をあげそうになるが、上手く声を出すことが出来ない。


「あ、ヘルヴィム! こっちに来なさい!」


 獅子は少年の顔を舐め回し、言われた通り女性の側に腰を落ち着かせる。


「ごめんなさいね、普段は人になんて興味を示さないんだけど……」


「は、はい……」


「あ、自己紹介が遅れました。わたくし、ケルビムと申します」


 鷲のような翼を背中から生やし、青いまなこで少年を見つめる女性。

 豊満な肉つきに薄着の容姿、それでいて性や欲情といった概念とはかけ離れている存在。

 彼は咄嗟に周りを見渡した。


「こ、ここは……僕は……いったい……」


「ここは下界と天界の狭間。太田おおたはやと君、貴方は契約により異世界へ転移されました」


「異世界……? 転移……?」


「あら、まだ記憶が戻りませんか? 確かに自分の意思で契約書に名前と所在、それに印を押しましたよね?」


「き、記憶……名前と所在……っ!」


「思い出しましたか?」


 少年の脳裏に決壊した記憶が溢れ出す。

 修学旅行の朝、老父婦を手伝った代わりにアニメのキャラクターが描かれたチラシを貰ったこと。バスの中で生活指導の教師から小言を言われ続けたこと。空港でフライトまでの空き時間、誰もいない場所として喫煙所を選び、不安定な膝の上で必死にチラシに名前と住所を書き、最後に“太田”という印を押したこと。


「あ、あのチラシは……」


「“チラシ”ではなく、あれは正真正銘“契約書”です。内容、読んでいないのですか?」


 少年は脳内に浮かんだ言葉を無意識に口から漏らす。


「異世界で第二の人生……今までの自分とは違った自分になれます、どうかこの機会に署名でレッツ異世界……」


「あら、読んでるじゃないですか」


「えっ、あ、ちょ、ちょっと待ってください!」


「はい、何ですか?」


「あ、あの紙は……本当に……異世界転移の為の契約書だったんでしょうか?」


「……さっきからそう言ってますが?」


「だ、だとしたら手違いかもしれません!」


「……へぇ?」


「ぼ、僕、あの契約書、他の方から頂いたんです! 手伝ってくれたお礼にって!」


「……少々お待ちください」


 女性は玉座から立ち上がり、右に数歩進んだところでカーテンのような衣を勢いよく剥いだ。

 姿を表したのはタンスのような物置。

 引き戸には“転生者”や“転移者”、“固有”などのラベルシールが貼り付けられている。


「……ほんとだ」


「ケ、ケルビムさん?」


「だいたいおかしいと思ったのよね……あの契約書、寿命が残り五年の人にしか配ってないのに……こんな若い子が持ってるなんて……」


「ケルビムさん、大丈夫ですか?」


「えぇっと、この子の寿命は……残り九十年以上!? えぇ!? この世界の人間ってこんなに長生きなの!?」


「き、聞こえてますか……?」


「うわぁ……久しぶりにやっちゃった……どうしよぉ……」


「き、聞こえてないね……あはは……」


「……太田君だっけ?」


「は、はい!」


「貴方……ここで私と九十年一緒に過ごさない?」


「えぇ!?」


「そうよね……やっぱり嫌よね……はぁぁ……どうしよぉ……」


 女性は玉座にもたれ掛かり、地に沈みそうなほど重い溜息を落とす。

 神秘的であり、威厳溢れる姿は……どこに行ったのやら。


「な、なにか不味かったんでしょうか?」


「不味かったってもんじゃ無いわよ……貴方、本来なら元いた世界で百歳超えるくらいまで生きて、孫と子供に見守れながら亡くなる運命だったのよ?」


「……ぇ?」


「でしょ? びっくりでしょ?」


「僕……結婚出来るんですか?」


「そこ!? 今の話聞いて驚いたポイントそこ!?」


「だ、だって……僕みたいな奴のこと、好きになってくれる人がいるなんて……」


「悲観し過ぎでしょ……はぁぁ……」


 蟀谷こめかみに手を添える女性を横目に、少年は周囲を見渡す。

 左右は果てない青空、下はそびえ立つ山や米粒サイズの街、天井は厚い雲に覆われていて見通すことが出来ない。


「ケルビムさん、質問良いですか?」


「……ん? 何かしら?」


「ここは天界と下界の狭間……って言ってましたよね? ということは、僕の足の下に見える世界が下界、天井の雲に覆われた世界が天界って事で合ってますか?」


「えぇ、そうね。その認識で大体合っているわ」


「下界には……僕と同じように人間が?」


「いるわ。他にもエルフ、ドワーフ、獣人、魔物、動物……様々な種族が生活しているわよ」


「……天界にはケルビムさんみたいな人が?」


「私は人じゃないわよ。私は天使、翼が生えている人なんていないでしょう?」


「え、あ、そ、そうですね……天使……なんですね……」


「あ、だからって今更仰々しくしなくても良いわよ? 天使って言っても、ミスだってするんだから……今みたいに……うぅ……」


 ―――あれ……予想もしないところから傷口が……話題には気を付けないと……


「ぼ、僕の他にも転生者さんはいるんですか?」


「ぐすぅ……えぇ、いるわ。正確には、貴方のような人を転移者、魂だけ引き寄せられた人を転生者って言うんだけど……」


「転移者……それは、あれですか? 魔王を倒すための勇者として……的な」


「……まあ、そうね。だけど、魔王に辿り着く前に死んじゃったり、異性と恋に落ちて冒険者をやめたり、仲間の死で頭がおかしくなったり……魔王まで辿り着いた人はいないわ」


「た、大変なんですね……異世界でも……」


「“生きる”って大変に決まってるじゃない……どの世界のどの場所でだって……」


 空の上で話してどれくらいの時間が経ったのだろうか?

 今頃、空港のロビーでは大騒ぎになっているのだろうか?

 両親や姉に連絡が行き、アホ毛の少しポッチャリした少年の捜索が始まっているのだろうか?

 そんな思いが脳裏を過ぎるが、彼は落ち着いた様子で女性に話しける。


「そうですね。“生きる”って大変ですよね」


 少年は下界の街を眺めながら、出来るだけ優しく、ゆっくり言葉を紡いだ。


「ケルビムさんは知らないかもしれませんが……実は僕、生きるのに疲れていたんです」


「……え?」


「勉強は学年が上がる度に難しくなるし、運動は苦手だし、人と話すとオドオドして挙動不審になっちゃうし……今日なんて僕、同級生のパシリを進んでやったんですよ?」


「……そう」


「自分でも情けなくて……でも、気付いたら身体が勝手に動いてました。たぶん、負け根性っていうか、卑屈根性っていうか、そういう物が身に染み付いちゃったんだと思います」


「……うん」


「だから、そんな自分が嫌で……誰もいない喫煙所に行ったんです。そしたら、チラシ……じゃなくて、契約書のことを思い出して、気晴らしに空欄を埋めてみた……というのが、今回の事の顛末なんです」


「……そうだったのね」


「はい。だから、ケルビムさんだけが悪い訳じゃありません。世の中に存在する偶然も必然も、一人だけじゃ成し得ませんから」


「そう……ね」


 女性は再び玉座に座り直し、雲の遥か彼方を見つめ直す。

 太陽は傾き、下界には夜が訪れそうだ。


「えっと……それでなんですけど……」


「ん? 何かしら?」


「その……僕はケルビムさんと……同棲するっていう認識で良いんでしょうか?」


「ど、同棲!?」


「え、あっ、あれ? こ、ここで私と九十年一緒に過ごさないって、そういう意味じゃ……なかったんですか?」


「あ、あぁ……そうね……確かにそう……なるわね……」


「よ、良かった……僕の勘違い……とかじゃなくて。危うく精神的に死にかけるところだった……」


 女性と少年の間を沈黙が支配する。

 決して部屋は狭くないが、二人はこの上ない息苦しさを感じていた。


「え、えっと……ケルビムさん?」


 少年はこの空間を何とか変えようと声を掛けるが、応答がない。


「ケ、ケルビムさん? 聞こえてませんか?」


 またしても応答なし。


「……ケルビムさん」


「ひゃぁっ!」


「うあっ!」


「な、何かしら!? 天使である私の肩に触れるなんて、に、人間ごとぎが!」


「あっ、す、すいません……」


「……あっ、い、いえ、今のは昔の癖で、そ、そのっ」


「いえ、そうですよね。天使様の身体に触れるなんて……僕はなんて事を……」


「だ、だから、い、今のは口が滑って、というかっ」


「いえ、無理しないでください。僕、神話とかはあまり詳しく無いんですけど、天使は高貴で神秘的な存在だって事くらいは分かってますから。それよりも大丈夫ですか? 僕に触れられた部分から侵食が始まって堕天したり……」


「そんな事で堕天はしません! もぅ! こうしても大丈夫ですよ!」


 天使はその大きな翼で少年を抱え込み、優しく、強く、抱きしめた。


「へぇっ?」


「これぐらい触れても……大丈夫ですから、ですから……さっきの事は……ってあれ? 太田……君? えっ!? 太田君!? だ、大丈夫太田君!?」


 少年の意識は天使の加護によって暖かい光に包まれ、世界の理から解放される。

 下界では……夜が明けた頃だった。

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