表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
進み続ける異世界の原点  作者: 雲煙模糊
太田隼side
21/32

12杯目~ボッチの異世界契約~

 初めましての人は初めまして。

 リアルタイムでお読みになっている方はおばんでございます。

 久しぶりの方はご無沙汰しています。


小説作成時BGM:チルドレンレコード(カゲロウプロジェクト OP)

「えぇ、明日からの修学旅行ですが……」


 学校生活一大イベント。

 誰もが気持ちを高揚させ、“しおり”という名の魔法書に心を奪われる。 

 そんな誰をも魅了する魔法書をベットの上に放り投げ……制服姿のままうつ伏せになっているアホ毛の少年が一人。


「うぅ……行きたくない……」


 部屋の隅に置かれた茶色の旅行鞄。

 持ち主の意思とは裏腹に準備だけは万全のようだ。


「そろそろ時間……行かなくちゃ……」


 おぼつかない足取りで階段を降りる。

 家の中には彼以外に人の気配は無く、独り言も愚痴も木霊しては消え失せるだけ。

 姉の自信作である家内掲示板はリビングの中で一際目立っており、この誰もいない状況を丁寧に説明してくれる。


「母さんと父さんは仕事……姉さんは大学の友達と二泊三日の旅……僕は三泊四日の修学旅行っと」


 右端の空白スペースに縦書きで予定を書き込む。

 どこに、どれくらい、どのような用事で……家を空ける時はこの掲示板に書き込むのが太田家ルールだ。


「行ってきますっ」


 集合時間は七時三十五分、家から集合場所まで二十分ほど要する。

 ベットの上でゴロゴロしていた時間が今になって効いてきた。


「信号よ、どうか僕に力を!」


 中学の時から愛用している自転車に跨る。

 玄関を出てすぐの交差点は青、次の交差点も青、その次の交差点も青……学校までの信号は全て青だった。

 こんな時、ふと少年は思う。

 自分にしては上手く行き過ぎている、と。


「よし、この時間ならギリギリ間に合う……ん?」


 歩道橋を登ろうとする老父婦。

 お互いに力を合わせ、鉄臭い階段を一段一段登っていく。

 右手に携えた大きな荷物さえ無ければ。


「大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」


 少年は自転車を歩道橋の影に停める。

 集合時間まで余裕がある訳では無い。

 しかし、彼の性分がそんな事を度外視で行動を選択する。

 自分に何か出来るなら……

 そんな、現代では“損”な性分なのだ。


「あ、あぁ、すまない……」


「いえいえ、気にしないでください」


 今にも崩れ落ちそうなボロ歩道橋を渡りきり、代わりにリンゴを一つ貰う。


「あ、あぁ、それとお兄さん。あにめは好きかい?」


「あにめ? あ、あぁ、“アニメ”ですか。はい、好きですけど……」


「それなら……えぇっと……あぁ、これだこれ」


 老夫は使い古された鞄から一枚のチラシを取り出す。


「実はこれ、今朝の新聞に挟まっていてね……孫はあにめが好きだから、持って行こうと思ったんだが……お兄さんにあげる事にするよ」


「え? 良いんですか?」


「あぁ、勿論だとも。内容はよく分からなかったが……応募すれば必ず当たるような事が書いていたから、気が向いたら応募してみてくれ」


「あ、ありがとうございます。折角ですので、応募してみますね」


 少年は追加で一枚のチラシを受け取り、老夫婦を見送った。

 これがわらしべ長者の始まり始まり……なんてことは無く、集合時間に遅れた男子生徒が一人いただけ。

 担任から軽く注意を受け、空港までのバスでは生活指導の隣という特等席が設けられた。

 ある意味……少年にとっては良かったのかもしれないが。


「太田、朝から散々だったな!」


「えっ、あ、うん……」


「みんな、お前が事故にでも有ったんじゃ無いかって心配してたんだぞ? なぁ、みんなぁ!」


「うんうん!」


「おぉ!」


「本当だよぉ」


 空港の待合室。

 殆どの席は生徒によって埋め尽くされ、小腹が空いた生徒や徘徊目的の生徒だけが姿を消す。


「寝坊でもしちゃったか?」


「い、いや、そういう訳でも無いんだけど……」


「やっぱりあれか? お腹周りのお肉が邪魔で走れなかった?」


「ちょ、ちょっと和樹君……そんな事を言っちゃ……くくくっ」


「あれぇ? これ、禁句だっけぇ? ごめんごめん!」


「い、いや、僕は別に……あはは……」


 自分でも分かるほど乾いた笑い声。

 いつからだろうか……こんな笑い方になったのは。


「あ、わりぃわりぃ、ついついテンションが上がっちゃってさ? 代わりと言ってはなんだけど、飲み物でも奢るからよ」


 髑髏がデザインされた長財布から千円札を取り出し、少年の顔面に突き出す。


「ついでに俺コーラね。真柴、お前は何飲む?」


「えぇ、良いの?」


「太田が買ってきてくれるって言うし、どうせお前、俺が飲んでたら一口欲しいとか言うんだろう?」


「あはっ、バレちゃってるかぁ、残念だなぁ。じゃあ私は紅茶花伝をお願いね、太田君!」


「お前、いつもそれだな……って事で太田、コーラと紅茶花伝一つな。あとはお前の飲みたい物買って来いよ」


「えぇーー! 真柴さんだけずるい! 私、爽健美茶が良い!」


「私はレモンティーをお願い」


「おいお前ら! 俺の金だからって好き勝手言うんじゃねぇ!」


「太田君! 私、爽健美茶だから! 綾鷹とか買ってきたら埋めるからね!」


「私もレモンティー以外は却下だから。アップルティーの時はどうなるか……憶えておいてね」


「お前ら! 人の話を聞け!」


 活気溢れるクラスの生徒たち。


「え、えっと……コーラ、紅茶花伝、レモンティー、爽健美茶……の四つで良いかな?」


「それでオッケー! ほら太田君! 和樹君の気が変わらないうちに早く行って! 後のことは私たちに任せてくれれば良いから!」


「勝手な事言ってんじゃねぇ! 太田! あいつらの分は要らないからな!」


「彼女だけ贔屓とは……随分小さな男ね。真柴さん、考え直した方が良いんじゃないかしら?」


「あはは……」


「くっ、お前らぁ……」


 太田と呼ばれる少年は一枚のお札を受け取り、待合室を出て行く。

 別に買いに行く事を了承した訳でも無いが……気付いたらお金を受け取り、待合室を抜け出していた。

 あのタイミングで抜け出したら、まぁ、そういうことだろう。


「確か自動販売機は……」


 和樹君と呼ばれる生徒はクラスのムードメーカーであり、何か騒ぎがあれば大体彼が関わっている。

 カースト上位者の盛り上げ役を担っているのも彼だ。


「コーラ、コーラ……っと。あったあった」


 別に虐められている訳では無い。

 靴を隠されたり机を汚されたり……そんな事は一度も無い。

 ただ、対等じゃない。


「レモンティー、レモンティー……確かこの辺の自動販売機に……」


 はっきり断れば良いだけ、面と向かって話せば何とかなる、そんな事は言われなくても分かっている。

 いつからこういう位置関係になったのかなんて思い出せない。


「紅茶花伝はペットボトルか缶か……うーん……どっちだろう……」


 体型の事で弄られ始めたのは小学校からだ。

 彼らにとっては会話のきっかけ程度にしか思っていないだろうが、弱者を決めるには都合の良い条件だった。


「お、サンキューな太田。コーラは俺、紅茶花伝は真柴で……ほら、レモンティーと爽健美茶だ」


「わぁ! ありがとう太田君、和樹君!」


「感謝する」


「ん? 太田、お前自分の分は?」


「え、あ、あまり喉乾いてなくて……あはは」


「なんだそうだったのかよ。なんかパシリみたいにして悪かったな」


「い、いや、大丈夫だよ、これぐらい……あはは……」


 違う。

 別に買っても良かった。

 ただ、自分が弱者になったような気がして。

 強者からの施しを受けている気がして。

 くだらない意地だった。


「あ、じゃ、じゃあ、僕行くね」


「おぉ、今度は俺が買ってきてやるからな!」


「う、うん、ありがとう、和樹君」


 居心地の悪さからその場を去った。

 フライトの時間まで三十分はある。

 また自分が惨めになるような絡み方をされるのは嫌だった。


「ここなら、誰も来ないよね」


 建物から出てすぐの喫煙所。

 生徒どころか教師すら近寄らない。

 幸い客の姿も無かった。


「そういえば……お爺さんから貰ったチラシ……」


 バックから四つ折りにされたチラシを取り出す。


「えぇっと……異世界で第二の人生? 今までの自分とは違った自分になれます、どうかこの機会に署名でレッツ異世界……って、異世界アニメのキャンペーンか何かかな?」


 爆発的ヒットを成した異世界転生アニメはPRのため、一時期テレビのコマーシャルから雑誌の表紙まで勢力を伸ばしたことがある。

 昔から存在するジャンルだったが、最近やっと若者の琴線に触れ、未だに共鳴は鳴り止まない。


「お爺さんは何か当たるって言ってたけど……まあ、名前と住所だけだし。応募してみようかな」


 インクの切れそうなボールペンを取り出し、氏名と住所の欄を黒い字で埋めて行く。

 膝を下敷き代わりに書くのはこんなに苦戦するのか、これなら中に戻って書いた方が早い気がする……ブツブツそんな事をボヤきながら、少年は最後の一文字にインクを垂らす。


「あれ? これ、ハンコも必要なんだ……まあ、シャチハタでもいっか」


 名前の隣に“太田”という赤字が記される。


「よし、確か郵便ポストは爽健美茶が売ってた自動販売機の近くに……」



『契約完了。これより転移を開始します』



「……ぇ?」


 眩い光は少年を包み込み、消える。

 残ったのはインクが切れたボールペンが一本だけ。

 光の先で待つのは……天使か悪魔か。

 誤字・脱字・感想・評価・ブックマーク登録・レビュー

 お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ