12杯目~ボッチの異世界契約~
初めましての人は初めまして。
リアルタイムでお読みになっている方はおばんでございます。
久しぶりの方はご無沙汰しています。
小説作成時BGM:チルドレンレコード(カゲロウプロジェクト OP)
「えぇ、明日からの修学旅行ですが……」
学校生活一大イベント。
誰もが気持ちを高揚させ、“しおり”という名の魔法書に心を奪われる。
そんな誰をも魅了する魔法書をベットの上に放り投げ……制服姿のままうつ伏せになっているアホ毛の少年が一人。
「うぅ……行きたくない……」
部屋の隅に置かれた茶色の旅行鞄。
持ち主の意思とは裏腹に準備だけは万全のようだ。
「そろそろ時間……行かなくちゃ……」
おぼつかない足取りで階段を降りる。
家の中には彼以外に人の気配は無く、独り言も愚痴も木霊しては消え失せるだけ。
姉の自信作である家内掲示板はリビングの中で一際目立っており、この誰もいない状況を丁寧に説明してくれる。
「母さんと父さんは仕事……姉さんは大学の友達と二泊三日の旅……僕は三泊四日の修学旅行っと」
右端の空白スペースに縦書きで予定を書き込む。
どこに、どれくらい、どのような用事で……家を空ける時はこの掲示板に書き込むのが太田家ルールだ。
「行ってきますっ」
集合時間は七時三十五分、家から集合場所まで二十分ほど要する。
ベットの上でゴロゴロしていた時間が今になって効いてきた。
「信号よ、どうか僕に力を!」
中学の時から愛用している自転車に跨る。
玄関を出てすぐの交差点は青、次の交差点も青、その次の交差点も青……学校までの信号は全て青だった。
こんな時、ふと少年は思う。
自分にしては上手く行き過ぎている、と。
「よし、この時間ならギリギリ間に合う……ん?」
歩道橋を登ろうとする老父婦。
お互いに力を合わせ、鉄臭い階段を一段一段登っていく。
右手に携えた大きな荷物さえ無ければ。
「大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」
少年は自転車を歩道橋の影に停める。
集合時間まで余裕がある訳では無い。
しかし、彼の性分がそんな事を度外視で行動を選択する。
自分に何か出来るなら……
そんな、現代では“損”な性分なのだ。
「あ、あぁ、すまない……」
「いえいえ、気にしないでください」
今にも崩れ落ちそうなボロ歩道橋を渡りきり、代わりにリンゴを一つ貰う。
「あ、あぁ、それとお兄さん。あにめは好きかい?」
「あにめ? あ、あぁ、“アニメ”ですか。はい、好きですけど……」
「それなら……えぇっと……あぁ、これだこれ」
老夫は使い古された鞄から一枚のチラシを取り出す。
「実はこれ、今朝の新聞に挟まっていてね……孫はあにめが好きだから、持って行こうと思ったんだが……お兄さんにあげる事にするよ」
「え? 良いんですか?」
「あぁ、勿論だとも。内容はよく分からなかったが……応募すれば必ず当たるような事が書いていたから、気が向いたら応募してみてくれ」
「あ、ありがとうございます。折角ですので、応募してみますね」
少年は追加で一枚のチラシを受け取り、老夫婦を見送った。
これがわらしべ長者の始まり始まり……なんてことは無く、集合時間に遅れた男子生徒が一人いただけ。
担任から軽く注意を受け、空港までのバスでは生活指導の隣という特等席が設けられた。
ある意味……少年にとっては良かったのかもしれないが。
「太田、朝から散々だったな!」
「えっ、あ、うん……」
「みんな、お前が事故にでも有ったんじゃ無いかって心配してたんだぞ? なぁ、みんなぁ!」
「うんうん!」
「おぉ!」
「本当だよぉ」
空港の待合室。
殆どの席は生徒によって埋め尽くされ、小腹が空いた生徒や徘徊目的の生徒だけが姿を消す。
「寝坊でもしちゃったか?」
「い、いや、そういう訳でも無いんだけど……」
「やっぱりあれか? お腹周りのお肉が邪魔で走れなかった?」
「ちょ、ちょっと和樹君……そんな事を言っちゃ……くくくっ」
「あれぇ? これ、禁句だっけぇ? ごめんごめん!」
「い、いや、僕は別に……あはは……」
自分でも分かるほど乾いた笑い声。
いつからだろうか……こんな笑い方になったのは。
「あ、わりぃわりぃ、ついついテンションが上がっちゃってさ? 代わりと言ってはなんだけど、飲み物でも奢るからよ」
髑髏がデザインされた長財布から千円札を取り出し、少年の顔面に突き出す。
「ついでに俺コーラね。真柴、お前は何飲む?」
「えぇ、良いの?」
「太田が買ってきてくれるって言うし、どうせお前、俺が飲んでたら一口欲しいとか言うんだろう?」
「あはっ、バレちゃってるかぁ、残念だなぁ。じゃあ私は紅茶花伝をお願いね、太田君!」
「お前、いつもそれだな……って事で太田、コーラと紅茶花伝一つな。あとはお前の飲みたい物買って来いよ」
「えぇーー! 真柴さんだけずるい! 私、爽健美茶が良い!」
「私はレモンティーをお願い」
「おいお前ら! 俺の金だからって好き勝手言うんじゃねぇ!」
「太田君! 私、爽健美茶だから! 綾鷹とか買ってきたら埋めるからね!」
「私もレモンティー以外は却下だから。アップルティーの時はどうなるか……憶えておいてね」
「お前ら! 人の話を聞け!」
活気溢れるクラスの生徒たち。
「え、えっと……コーラ、紅茶花伝、レモンティー、爽健美茶……の四つで良いかな?」
「それでオッケー! ほら太田君! 和樹君の気が変わらないうちに早く行って! 後のことは私たちに任せてくれれば良いから!」
「勝手な事言ってんじゃねぇ! 太田! あいつらの分は要らないからな!」
「彼女だけ贔屓とは……随分小さな男ね。真柴さん、考え直した方が良いんじゃないかしら?」
「あはは……」
「くっ、お前らぁ……」
太田と呼ばれる少年は一枚のお札を受け取り、待合室を出て行く。
別に買いに行く事を了承した訳でも無いが……気付いたらお金を受け取り、待合室を抜け出していた。
あのタイミングで抜け出したら、まぁ、そういうことだろう。
「確か自動販売機は……」
和樹君と呼ばれる生徒はクラスのムードメーカーであり、何か騒ぎがあれば大体彼が関わっている。
カースト上位者の盛り上げ役を担っているのも彼だ。
「コーラ、コーラ……っと。あったあった」
別に虐められている訳では無い。
靴を隠されたり机を汚されたり……そんな事は一度も無い。
ただ、対等じゃない。
「レモンティー、レモンティー……確かこの辺の自動販売機に……」
はっきり断れば良いだけ、面と向かって話せば何とかなる、そんな事は言われなくても分かっている。
いつからこういう位置関係になったのかなんて思い出せない。
「紅茶花伝はペットボトルか缶か……うーん……どっちだろう……」
体型の事で弄られ始めたのは小学校からだ。
彼らにとっては会話のきっかけ程度にしか思っていないだろうが、弱者を決めるには都合の良い条件だった。
「お、サンキューな太田。コーラは俺、紅茶花伝は真柴で……ほら、レモンティーと爽健美茶だ」
「わぁ! ありがとう太田君、和樹君!」
「感謝する」
「ん? 太田、お前自分の分は?」
「え、あ、あまり喉乾いてなくて……あはは」
「なんだそうだったのかよ。なんかパシリみたいにして悪かったな」
「い、いや、大丈夫だよ、これぐらい……あはは……」
違う。
別に買っても良かった。
ただ、自分が弱者になったような気がして。
強者からの施しを受けている気がして。
くだらない意地だった。
「あ、じゃ、じゃあ、僕行くね」
「おぉ、今度は俺が買ってきてやるからな!」
「う、うん、ありがとう、和樹君」
居心地の悪さからその場を去った。
フライトの時間まで三十分はある。
また自分が惨めになるような絡み方をされるのは嫌だった。
「ここなら、誰も来ないよね」
建物から出てすぐの喫煙所。
生徒どころか教師すら近寄らない。
幸い客の姿も無かった。
「そういえば……お爺さんから貰ったチラシ……」
バックから四つ折りにされたチラシを取り出す。
「えぇっと……異世界で第二の人生? 今までの自分とは違った自分になれます、どうかこの機会に署名でレッツ異世界……って、異世界アニメのキャンペーンか何かかな?」
爆発的ヒットを成した異世界転生アニメはPRのため、一時期テレビのコマーシャルから雑誌の表紙まで勢力を伸ばしたことがある。
昔から存在するジャンルだったが、最近やっと若者の琴線に触れ、未だに共鳴は鳴り止まない。
「お爺さんは何か当たるって言ってたけど……まあ、名前と住所だけだし。応募してみようかな」
インクの切れそうなボールペンを取り出し、氏名と住所の欄を黒い字で埋めて行く。
膝を下敷き代わりに書くのはこんなに苦戦するのか、これなら中に戻って書いた方が早い気がする……ブツブツそんな事をボヤきながら、少年は最後の一文字にインクを垂らす。
「あれ? これ、ハンコも必要なんだ……まあ、シャチハタでもいっか」
名前の隣に“太田”という赤字が記される。
「よし、確か郵便ポストは爽健美茶が売ってた自動販売機の近くに……」
『契約完了。これより転移を開始します』
「……ぇ?」
眩い光は少年を包み込み、消える。
残ったのはインクが切れたボールペンが一本だけ。
光の先で待つのは……天使か悪魔か。
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