一時の宴
「はい、これは椅子の前に一つずつ並べてね」
「あーい!」
ベルヴィアに食器を渡されたソラノは、元気のいい返事とともに食卓に向けて駆けていく。
「いいにおい〜」
「猪肉だからな。目鼻にビシビシくるぜー」
「いしいしー?」
庭では、七輪に火を灯し、肉を焼くガルウェインとそれを傍から眺めるアイル。
正義の味方に裏事情話など不埒かもしれないが、円卓の騎士はかなり羽振りが良い。
なのでその円卓の騎士が二人も揃って建てたこの家は、街を一望できる丘の上の高級住宅街に居を構え、さらにかなり広い。
それ故にアリマやベルが黒馬や白羊の者たちを連れてきたり、他の円卓の騎士たちが集まることが多い。パーティなどをやる時もなぜか大体ここ。
もちろん他の円卓の騎士たちの家も同じようなものであることは言うまでもないのだが。
「ただいまー。なんか今日はバジスバの村の収穫祭で造られたワインってのがあったんで、ワインだらけになっちまった」
「どうもお邪魔します。ベルヴィア卿」
両手に木箱を抱えて、帰ってきたアリマとアルトラ。その中にはボトルがびっしりと詰められている。
「おい待てアリマ・・・。アタシが頼んだウイスキーとシャンパンはどうした・・・?」
「買ってこなか・・・、じゃなくて忘れてたっ」
「言い直しても同じことじゃねぇか!」
ボトルを机の上に置いたアリマに、焼いていた肉の存在も忘れて飛びかかるガルウェイン。凶器を使わない比較的平和なドッグファイトの始まりである。
そして調理人に投げ出された肉は、アルトラに面倒を見られることになった。
「で、ライオロット卿もいらっしゃるんでしょ?」
「ああ。でも『持ち寄る物がないので、何か作ってきます』って言ってたから、少し遅れるんじゃな・・・いたぁーっ!」
料理を続けながら問いかけたベルヴィアに、アリマがガルウェインに噛みつかれながら答えた。
本日彼らの仕事となったグリストリン家当主の捜索とその犯人の捕捉は、アリマとベルヴィアの活躍により、思いもよらぬ早期解決となった。
今も窓から差し込むのは紅く燃ゆる夕陽で、そうなれば事件解決も祝って、宴会を開こうというのは彼らにとって必然だったよう。
というわけでこの家には招集に応じた、遅刻のライオロットを除く捜索に参加した騎士たちが集められている。
「ベルヴィア卿ー。洗濯物の取り込み終わりましたが、これらはどこにしまえばよいのでしょうか?」
「ありがとう、コテっちゃん。ソラノ、教えてあげて」
「うん! こてつー、こっちだよ!」
庭から姿を現したコテツは子供相手にも敬語を崩さず「はい!」と答え、とててーとソラノと共に足並みを揃えて駆けていく。
「で・・・、私の方も中々大変なので、そこの暇そうなお二人にも手伝って欲しいん・で・す・け・ど?」
少しの皮肉を込めた声が、そこで暴れていた2人の大きな子供に投げかけられる。
「だってよバカウェイン。てめえのせいでちゃんとケンカしてるってのに暇人にされちまったよ。円卓の騎士がこれじゃあまりに不毛だ」
「バカ言えダメ夫。お前が健気に尽くす妻を気にもかけず、あたしのケンカなんか買ったからだろ。あと元はと言えば、ウイスキーとシャンパンを忘れたお前が悪い」
「ワインじゃ駄目なのか」
「むしろ今日はワインの気分だった」
じゃあなんで殴りかかってきたよ・・・? と思うアリマだったが、一段落ついたので口にはしなかった。
そして割と料理上手のアリマはベルヴィアのサポートでキッチンに入り、料理どころか家事がからっきしなガルウェインは食器並べに徹した。
その後ライオロットが到着する頃には、ソラノに「りょーりできないからしょっきならべてるんだねー?」と言われたガルウェインがアリマに再度飛びかかったというのは、また別の話である。
────────
「では・・・、事件の無事解決を祝して────」
「「乾杯っ!」」
ライオロットの音頭と共に、一斉にグラスが打ち鳴らされる。
そして一気に注がれた紫の酒を、香しい香りとともに飲み干す。
「美味しい・・・。やはり収穫祭で採られた葡萄を使ったものは、何だか一段と芳醇に感じられますね」
「あんまり飲みすぎるなよ。お前、酔うと色々酷いんだから」
一番でワインを褒め称えるベルヴィアと、釘を刺すアリマ。その間には、ソラノとアイルが座っており、2人のグラスを物欲しそうにじーっと眺めている。
「その酒に合う、この料理も実に素晴らしいですよ。さすがは『料理の魔術』ですね、ベルヴィア卿」
目の前に置いてある料理をひとつまみしたライオロットが、粋な言葉に添えて良妻を褒め称える。
彼がいうような魔術などもちろんあるはずないのだが、その言葉遣いや心遣いこそ彼が紳士とされる所以だろう。決して円卓の騎士の男には、他に紳士がほとんどいないからとかじゃない。
「おうさすがさすが。うめぇうめぇ」
「褒め方一つでここまで違うか・・・・・・」
ガルウェインも雑に褒めるが、ベルヴィアの料理の腕は円卓の騎士内では周知の事実。
最近では円卓の騎士の枠を超えて、聖騎士内という枠に突入しようとしているくらいである。
「しかし今回は夫婦のお手柄でしたね。団長もベルヴィア卿も流石でした」
「いやあ・・・、私はほぼ何もしてないんですけどね・・・」
彼女は控えめにそう言って、ちらりと横の夫を見る。
「まぁ・・・、まさか一発目に目をつけたやつがアタリだとは思わなかったよね」
回答を求められ、さらっとそう答えるアリマ。
あくまで偶然と言い張るのだが、彼を買っているライオロットはそれを誇張するように付け加える。
「おそらくその手のノウハウがあるのでしょうね。我々はその手のことは疎いですから」
「人探しとか襲撃とかの地味な裏仕事は、大体黒馬に回ってきますからねぇ」
「純粋に褒めているのですよ」
紳士たるライオロットは皮肉や悪口は口にしない。
どんなに地味であろうと薄汚れた仕事であろうと、彼らはブリティリアに忠誠を誓った聖騎士だ。その仕事は民のために遂行される。だから恥じることも卑屈になることもないのだと彼は言う。
泥だらけになりながらも剣を振るう見習いの兵士がいたとして、彼を薄汚いと思う者がいるとしたらそれは彼自身だけだという。
汚れたとしても努力するものは、彼ら自身が思っているほど周りは醜いとは感じない。
むしろそれを美しいと思う人の方が多いらしい。
そんなことは気休めだと思っていながら、いざそう口にされると、不思議と自分が誇らしくなってくる黒馬の三人だった。
「そういや、アリマの作った魔力痕は結局意味なかったな」
空気の読めないバカウェインが、流れをぶった切ってそう告げるが、
「そうでもありませんよ」
ライオロットが逆接で否定する。
「今、捕らえた犯人グループたちに尋問を行っているのですが、黒幕は別に居て、彼らは何も知らないようです」
「嘘ついてんじゃねーの?」
「いえ、彼らの出自や彼らが行ってきたことは正直に話していますからね。おそらく本当に知らないのではないかと」
それを聞き、アリマが腕を組んで考え出した。
いつもなら食事中の考え事、仕事の持ち込みは嫁に怒られるので御法度だが、この場なら許される。
「そういえば、捕らえる前も『あのお方』とか言ってましたね。捕らえた奴らは、その黒幕に雇われたチンピラってとこですか?」
「大体そんなところですよ。グリストリン卿を攫ってきたのもその黒幕で、彼らはそれを預かっていたに過ぎなかったそうです」
「なるほど・・・。預けたってことは、黒幕はすでに次のターゲットに狙いを──────」
パンッ。
話がだいぶ不穏になってきたところで、とうとう我慢できなくなったベルヴィアが手を叩いた。
「はいはい、今は食事中です。そういった仕事の話は後にしてください! ライオロット卿も」
「「すみません・・・・・・」」
まるで学校で先生に叱られた生徒のように俯く大人二人を傍目に、子供二人がけらっと笑った。
「まぁ・・・、今は美味しいものに純粋に舌鼓を打つ時間ですから、仕事のことはまた明日から頑張りましょう」
「そだな。でもここに肉詰めピーマンがあるから、お前は今頑張ろうな」
「・・・・・・それも明日からでいいかと、うわっやめっ! 押し付けないでぇー!」
仕事がなければ、騎士も大人も子供のようなものだ。
飲み、食い、騒ぎ。食卓から離れれば、遊んだり、子供と戯れたり、庭で花火を打ち上げたり。人間いくつになろうと、楽しいことは心から楽しめる。むしろ大人の方が楽しみ方をよく知っている。
だから子供が寝静まってからも飲んで何気ない愚痴を言い合ったり、眺めのいいバルコニーに並んで過去の話をしたり、純粋に暴れたり・・・。
夜がふけるまで宴会に咲いた花は散らなかった。