狙い撃ち
その影は音もなく、裏路地を駆ける。
別に何かに追われているわけでも、追っているわけでもない。
怪しきものはいつだって自らを照らし出す光を嫌い、自らを移す人目を避ける。
彼らは一般民衆に溶けいるのが非常に上手い。まるで床に落ちた透明な水滴のように、光に照らさなければどこにあるのか見つけられない。
昼間に一組の聖騎士夫婦が向かった先とは真逆、街の南に広大な領地があった。そこはかつて製鉄所として旺盛していた場所。今では廃れ、何人も立ち寄らぬ廃工場と化している。
そのはずなのだが、その影はそこへ飛び込んでいく。
敷地内に大小様々に立ち並ぶ棟をぬけ、その中心にそびえ立つ、一際大きな棟の戸の前で足を止める。
巨大な図体の割に小柄な戸を開ければ、その棟の内部は、まるで空中迷路のように階段と通路が繋がれ、その中央にはもう作動することはないだろうが、これでもかというほど大きな炉がある。空中迷路はそれを取り囲むように通っているようだ。
影は慣れた足取りで空中迷路の分岐路を選び、目的の場所にたどり着く。
「よぉ、何か収穫はあったか?」
「まぁ、それなりにな」
その場所には、影と同じように怪しげな格好をした男が十人ほど。そして彼らとは真逆に、正装に身を包み、ロープで手足を縛られ椅子に座らされた男性が一人。
そんな日常的には異質な光景にも慣れたようで、影はさらっと言葉を続ける。
「今日は割とデカい通りの方で露天商をしていたんだが・・・、思わぬ客が来やがった」
「ほう・・・。次なるターゲットか?」
「それなら良かったんだがな・・・。残念ながら来たのは、円卓騎士だ」
「「!?」」
その言葉には、真剣に男の話を聞いていた者も、呑気にナイフを研いでいた者も驚愕する。
「お前らも聞いたことくらいあるだろ。ブリティリア最大の正義、13人の最強聖騎士、『円卓の騎士』。その中の誰かは忘れたが、ありゃ間違いねぇ。一組の男女だった」
円卓の騎士はブリティリア内部ではもちろんのこと、対外での戦争にも出陣するので国外にもその存在は大きく知られている。
円卓の騎士の中にも比較的戦闘力に乏しい者はいるのだが、名だけが広まっていれば、その一般認識は強者となる。
彼らもまた、その一般認識に囚われた者たちだ。
「奴ら・・・、もう俺たちに気づいたってのか」
「このオッサン、かなり重役ポジだったんだな、やっぱ」
鼠みたいな小柄出っ歯の男が、椅子に座らされた人質をナイフでつつく。
つつかれた男の服が裂けるが、その男性は微動だにしない。その薄汚れてしまった顔を凛とたたずませ、瞑目している。
「いや、向こうもこちらの全容が知れている訳では無いだろう。重要家の当主がいなくなって、それを誘拐と睨んでいるだけだ」
「それならいいんだがな・・・」
まだ大丈夫という風に答えた男に対し、思慮深く不安な声を上げる別の男。
「で、その円卓の騎士はただ買い物に来ただけじゃなかったんだろ。どんな会話をしたんだ」
「ああ。ここらで最近変わったことはないかって聞かれたよ。余所者が北の方で彷徨いてるって言ってやったら、奴ら喜んで駆けて行ったさ。まったくバカな奴らだな、円卓の騎士ってのは」
そう言って高らかに笑う男。
夕陽に照らされその男の姿をよく見ると、それは昼間にアリマたちと話した行商人だった。
行商人もさすがに馬鹿ではない。
ちゃんと北に走っていくのをある程度追跡して確認し、ここに来るまでも神経を張り巡らせ、自分が追跡されていないかを確かめた上での発言だ。
「そうか。それならいい。それに向こうはあのお方の存在にも勘づいていないようだしな」
行商人の彼に落ち度はなかった。
ただ彼は知らなかったのだ。円卓の騎士とは何者で、どの程度の者なのかを。
もし素性も知れぬものが、自分の想像を遥かに上回るものであったなら、それによってもたらされる因果はもはや自然災害と同じで、防ぎようのないものなのだから。
「へーえ。その話・・・、もう少し詳しく聞かせて欲しいなぁ」
「「は!?」」
その声は男たちの頭上、天井に無数に通る鉄骨の上から発された。
誰でも死角から急に声をかけられれば驚く・・・、とは少し違うけれど、男たちは驚きの声を上げる。
「あ、どうもこんにちはとこんばんはの狭間の時間帯だからこんばにちわ〜」
「それで笑うの、ウチの子達だけだからね?」
子供はツボが浅いので、実際に笑う人なんて皆無に近い。
声の主、鉄骨の上で胡座をかきながら彼なりに陽気に振る舞うアリマ。そしてその横に、普通に腰掛けながら空中に浮いた脚をブラブラさせるベルヴィア。
「貴様ら・・・、一体いつからそこいた・・・・・・」
「はい、テンプレのような質問ありがとう。割と最初からいましたぜ〜」
テンプレって何? と首を傾げるベルヴィア。そしてそれは後で説明してあげるから・・・と行動を促すアリマ。
そしてしぶしぶといった様子で、ベルヴィアだけがストッと男達の前に降り立つ。
彼女はスカートを履いているが、魔法でゆっくりと着地したので、スカートが捲れることは無かった。
「オイオイ。男の方は来ねぇのかよ? それとも女だけ差し出して、見逃して下さいってことかぁ? とんだ腰抜けだな、円卓の騎士ってやつは!」
「バカ言え。見逃して下さいなら、最初から来てねえっつの」
怪しげ集団の1人が威勢よく吠えたが、正論の前にねじ伏せられる。
しかし、奥さんだけを敵の前に降り立たせるのは中々下衆の所業だと感じたのか、アリマも鉄骨から降りる。
「1人は残してくれ。聞き出したいことが山ほどある」
「うん、分かってる。『寝静まる沈黙の夜』」
ベルヴィアの呪文と共に、辺り一帯に穏やかな光が降り注いだ。
「あ? なんだこりゃ。何だか・・・いい・・・気持ちぃ・・・・・・」
シンプルな感想を残して、男の1人が倒れる。
その後も言葉を残さずして、バタバタとドミノ倒しのように男たちが気を失っていく。
そして綺麗に、行商人の男だけが膝を着くに留めた。
「なんだ・・・!? この・・・倦怠感はっ・・・・・・!」
「ただの回復魔法よ。なんの異常もない肉体に過度な回復魔法を施せば、体力と酸素量だけが減って、猛烈な眠気と倦怠感を感じることになる」
円卓の騎士の中でも、ベルヴィアと彼女の率いる白色隊、通称「白羊」の者たちは回復などのサポートを専門としている。
その団長であるベルヴィアにかかれば、回復魔法も七色の形に姿を変える。
「あれ・・・、なんか俺も眠く・・・・・・」
「シロウにはちゃんと当たらないようにしたから」
「なんだ、ただの寝不足か・・・・・・」
ぎゅーっと頬をつねられて、起こされたアリマ。円卓の職務は日々過酷なのである。
気を取り直すようにして、行商人の男に歩み寄った。
「もう動けないだろ。まぁ睡眠欲は人間三大欲求の1つだから、仕方ないと諦めてくれ。そのついでに寝ぼけ半分でお口の方も素直になってくれると助かる」
男は最後の足掻きと懐からナイフを取り出すが、握力がなく、ナイフは虚しくカランと落ちた。
「なぜ・・・、俺が・・・誘拐の犯人だと・・・分かった・・・?」
「そりゃ、アンタが自分で白状したんだよ」
「なん・・・・・・だと・・・・・・・・・・・・」
アリマは落ちたナイフを拾い、ベルヴィアにパスする。
「昼間に聞いただろ。なんか変わったことはないかって」
「馬鹿な・・・。俺は北と・・・言ったはず・・・。そして・・・お前たちが北に走っていく・・・のも・・・確認した」
「ああ。追跡の目がなくなるまではは北に走ってたよ」
すべて分かっていた、とでもいうような彼の口調に、男は己の想定力を恨んだ。
手の上で泳がせているように見えて、実は自分たちが泳がされていたのだと。これ以上に、恥じるべきことはない。
「まぁ本人に『犯人はどこですか?』なんて聞いたって本当のことは言わない。北が嘘ってのも分かっていたよ。正解は1つしかないけど、嘘の付き方は無数にあるわけだしね」
男とアリマが向き合っている遠くでは、ナイフを手にしたベルヴィアが、人質であるグリストリン卿を解放している。
「だから一つだけアンタに本当のことを言わせる必要があった。そこで金貨という餌を吊るして、アンタの良心と度胸に圧をかけたんだ。そしてアンタは自らが実行犯の一人だと白状してしまった」
「余所者・・・か・・・・・・」
「そうだ。あれだけが本当のことだと感じた。そしてアンタの行商のところで俺が手に取った金属、あれはこの国では手に入らない代物金属だ。アンタは何気なく店先に置いたんだろうが、見るやつが見たら一発で分かったよ」
「ふふ・・・ははは・・・・・・そうか・・・・・・」
観念したように、男は力なく笑う。
彼は憶測を謝った。仕方ないだろう、彼はこの国の人間ではなければ、全知全能の神でもない。彼らの名こそ風の噂で聞くことができれど、詳しいことは知りえなかった。
この世の摂理だ。人の知らないことなど無数にあるが、知らないことは罪であると。
犯罪者に理不尽など天罰のようだが、それでも彼は言うのだ。
それが騎士としての摂理だ・・・と騎士団長が言ってたから。
「俺たちがブリティリア最強の正義、国民の親愛なる懐刀、『円卓の騎士』だ。できればお友達伝いに伝えて、犯罪抑制率を高めてくれると嬉しい。言っとくけどあと11人いるから、集団できても無駄だぞ?」
そこにいたのは2人の男女。
行商人の男は見ただろうか。彼らを常人ならざる者とする、目には見えない覇気と肌をひりつかせる魔力の渦を。
正義は正論の元に執行される。彼らが動く理由は、そこに守るべき民がいるだけで充分だ。
正義は圧倒的な力を遍く悪に対して振りかざし、圧倒的な大多数に支援され、それを正当化する。
字面だけ見れば、それは一種の悪だとも言える。
しかし民が何かを悪としてしまえば、それは悪となる。そこにどんな正論と思惑があろうとも。さすればその懐刀は、民によって振りかざされるだろう。
だから反感を買うこともある。
大きな渦の流れがあれば、その外側で逆らおうとするように、その渦とは逆に流れようとする逆流が存在するのは、必然のこと。
「最強か・・・。調子に乗っちゃってなぁ・・・・・・・・・」
その声は彼らの上で、囁かれ、闇へと消えた。