心に嵐を飼う
来るべき時が来た。国を危機から守ることが騎士の役目。
団長が発した召集令に円卓騎士は集められた。
「団長、これで今は全員のようです」
ライオロットが団長に耳打ちで伝える。
女王の席を除き、13ある円卓騎士の席のうち、埋まったのは7。
いないのは被害者となったパルシヴァル、その治療を行っているアリマ、ベルヴィア。さらに、
「ユーウェルン卿、及び黄麟の騎士たちは北方の魔獣討伐に出払っております。ボールル卿は貴族の依頼、グラマルド卿は・・・昨夜から姿が見えません・・・」
3人はきちんと職務を全うしているが、最後の一人は理由が理由だ。さすがに団長の愚痴が飛ぶだろうとライオロットも思っていたが、
「いや、いない者は頼りにできぬ。今いる人間でできることを考えよう」
「は、はい・・・」
意外にも団長が凛としているのを見てライオロットも他の騎士も目を疑う。
だがそれだけ真剣なのだと悟る。
「よく集まってくれたライオロット卿、ケイ卿、トリスヴァン卿、グラヴェイン卿、そしてガルウェイン卿。状況は各々聞いていると思う」
団長が切り出したところで質問が上がった。
「申し訳ない。私はパルシヴァル卿が見知らぬ者に襲撃されたとしか聞いていないのですが・・・。さらに詳しい説明を分かっている範囲でお願いしたい」
丁寧に挙手して述べたのはグラヴェイン卿。
男だが男離れした端麗な顔つきに、長く伸びた白髪の前髪で盲目の左眼を隠している。なんというか全体的に大人びた紳士の面持ちだ。国内では若い女子から絶大な人気を誇る。
年はアリマと同じで、水式騎士団──通称「を率いる。
「む、そうだな。他の皆も認識はその程度だろう。まず状況確認から始めようか、ライオロット」
「私に振るのですか・・・」
「そういったことは私よりそなたの方が向いているだろう?」
けして面倒臭いから押し付けているわけではない。適材適所、他の者が適していると感じれば任せる、どんなことも自分がやるべきだと感じれば進んでやる。そういう人なのだ。
それが分かっているからこそライオロットは、少しだけ「やれやれ・・・」という仕草を見せて続ける。
「パルシヴァル卿が被害にあったのは昼過ぎ、ケイ卿と共にパトロールをしていた頃、ケイ卿が少し目を離した隙に起きたそうです」
「目を離しちまったのか! そりゃーやられたな! ケイ!」
自責の念で元々小柄な体格がさらに小さく見えるケイ。その横に座った、ケイよりも10回りくらい大きく見える、元々熊みたいな体格のゴーレス卿がケイの背中を叩く。
「使用された武器は傷口から見て短剣、症状からみて毒が付与されていたと思われます。現在はアリマ卿とベルヴィア卿が治療中です」
グラヴェインが問を挟む。
「あの2人がかかりきりにならざるを得ない、ということは特殊な毒だと見ても?」
「そこの所は私にも分かりませんが、そういうことなのでしょう」
「ふむ・・・」
状況を理解したグラヴェインは、顎に手を当て何かを考え始めた。
「しかし我々もやられたなぁ! これが平和の弊害ってやつか。まったく世の中もままならん物よ!」
静まり返った会議質にゴーレスの豪快な笑い声が響く。あまりに無粋、そう言わんばかりにガルウェインが釣られたように食いついた。
「何笑ってんだよゴーレス・・・。仲間がやられたんだぞ! なのにお前はヘラヘラ笑ってられんのか! てめえに仲間を想う気持ちはねぇのか!」
「やめなさい、ガルウェイン卿」
いきり立ったガルウェインに、ライオロットが待てをかける。
静止をくらっても目の先の標的を睨み、唸り、威圧するその姿はまさに獅子。己の騎士団のモチーフを自分自身で体現していた。
「ガルウェイン、お主こそ何を怒っている? ワシは心配はしとらんぞ、なにせ頼もしい2人の仲間がパルシヴァルにはついとるのだからな。きっとあの2人なら良い報告を持ってくるだろうて、ワシはそう信じておる」
ゴーレスの言葉に、騎士団長もうんうんと頷いている。
「無論ワシは心配しとらんが、この中には心配で心配でたまらん奴もおるだろう。それも仲間を想う心だ。咎めはせんよ。だが心の奥底に煮えた気持ちだけはお主をはじめ、皆同じじゃないのか?『こんなことしてくれた敵に一発かましてやりたい』という悔しさはな」
「・・・・・・ふん」
正論をつかれたガルウェインは牙を収め、大人しく座り直す。
当事者を外れていた他の円卓騎士たちからも、怒気を滲ませたようなオーラが立ち込め始めた。皆、想いは同じだ。
「でだ、ライオロット。敵の目星とかはついてんのか?」
「いいえまったく。意識を失う前のパルシヴァル卿からも有力な情報は何も」
「まったく尻尾も掴めてないのかあ! そりゃよっぽど上手い奴が敵らしいな! ガハハハハッ!」
自分も怒気を滲ませたかと思えば、次の瞬間には豪快に笑い飛ばす。これがゴーレス。
「まぁ笑い事では済まされませんが、事態を招いた責任は、長きの平和に浸かり、少なからず油断していた我々全員にあるでしょう。私も本気で事に当たりましょうかね」
「おうともよ。何もケイだけを責めるつもりも責めさせるつもりもねぇよ。これはアタシ達、円卓騎士が売られたケンカだ。全員で買おうぜ」
グラヴェインとガルウェインの両名が、力強いフォローを入れる。すでにケイは泣きそうだ。
「しかしなぁ・・・、敵に関する情報が何も無いのでは動くこともできぬぞ?」
「そういえば先日、アリマ卿とベルヴィア卿が確保した犯罪者グループの黒幕が不明でしたよね・・・」
その指摘にようやく騎士団長が目を開き、口を開いた。
「ああ、関連性があるのは間違いない。彼らは黒幕の顔さえ見たことがないと証言していた。その黒幕と今回の事件の黒幕は同一人物だ」
「してその根拠は?」
「私の直感だ」
この世には明確な根拠をもって存在しているものばかりある訳では無い。時に勘や予言といった目には映らない予知能力がある。
そして死線を多く超えた者ほど、その能力は鍛えられているそうだ。騎士団長のそれは円卓騎士の間では確実にあたる、と評判になるほどだった。
「そりゃいいや。まったく何も手がかりがねぇって訳じゃねぇのか」
「しかし・・・、ほぼないも同然ではありませんか。関連があるからと言って、確保した犯罪者たちも知らぬ存ぜぬを通しているのでしょう?」
「そうですね。しかも本当に何も知らなさそうですから」
うーむ、と首を傾げる一同。
「そういやあの時、アリマの野郎が魔力痕?つったか。地面に残った探し人の魔力をああしてこうしてなんかぱーって見つけたんだよな」
「なるほど! 何もわからぬ! ガハハ!」
何ともアバウトな説明に頭を抱える一同。事情を知っていたライオロットだけが理解していた。
「確かにあれなら見つけられるのかもしれませんね。アリマ卿が戻り次第、その案で行きましょうか」
「なんだ・・・、結局またアリマか」
「まぁ、こと魔術に関すれば、国内で彼の右に出る者はいませんからね」
しかしこの場にアリマはいない。必然的に彼を待つことになる。
会議が一致しかけた。その機を見計らったかのように口を開く者がいた。
「魔力痕・・・、その感知・・・俺もできる・・・・・・」
((あ、トリスヴァン卿、そういえばいたんだ))
発言したのは、ここまで一言も発していなかった無口騎士トリスヴァン。普段からこんな感じだが、一応自分の団を持ち、率いている。団員とどうやって連携をとっているのか、というのが円卓騎士の間で解けない謎となっている。
「トリスヴァン卿、魔力痕での追跡が可能なのですか?」
ライオロットの問いに静かに首を縦に振るトリスヴァン。
「現場に・・・、痕さえ、残っていれば・・・」
やたら途切れ途切れに話すので自信なさげに聞こえるが、彼にとってこれで普通。
トリスヴァン率いる紺色騎士団、通称「紫鷹」も、アリマ率いる黒馬と同じような立ち回りを得意とする隊。その区別は活躍の場が「表」か「裏」かという点に限る。
どっちが「表」か「裏」かなんて言うまでもない。色濃く闇が映る方がいつだって裏だ。
もちろん裏を背負うからといって、その主は引け目を感じることもないのだが。
「なんだ。今回は俺の出番なしか」
「「!」」
音もなく戸を開き、その前に立っていたアリマ。
「アリマ! もう終わったのか!?」
「ああ。毒の解析と抗体さえ作れば、後は俺のでる幕はないからな」
「パルは・・・・・・!」
今まで黙り込んでいたケイが、縋るような瞳で見つめる。
「もう大丈夫だろう。後は熱が引いて、体力が戻るのを待つだけだ」
「・・・・・・!」
その言葉は、ケイの心に篭もり続けていた不安を払い除けただろう。彼女は泣き崩れる。
そして少なからず仲間を心配していた他の円卓騎士たちの顔に、会議室に笑顔が灯った。
「だから言ったろう? こやつは器用だからな。それに最愛の妻が横にいるとなりゃ、どんなことでもやってのけるさ。ワハハハハハッ!」
「ちょ、痛いっ、ゴーレスさん力強いんだから少しは加減して」
アリマの背中をバシバシやりながら、ゴーレスがガルウェインに言った。
「まぁパルシヴァルは問題ないんだが、治療してて別の問題が浮かび上がった」
ゴーレスの腕を払い除けて、アリマが告げる。ライオロットに促され、話を続けた。
「使われてた毒だが・・・、人の魔力を侵食する魔力毒だった」
「やはり魔力毒でしたか」
毒を種類分けすると2つに分かれる。
1つは物質毒。毒そのものを矢や短剣に塗り、それで相手に傷をつけることで毒を回らせる。
2つ目は魔力毒。毒属性の魔力を武器や魔法に付与して、敵に傷をつけることで毒を回らせる。
「人の魔力には一人一人『色』がある。これによって一人一人に魔法の適性があったり、属性が発言するわけだ。この毒は人の持つ魔力の『色』を壊すんだ。『色』が変わってしまえば、それはもうその人の魔力じゃない。身体は拒絶反応を起こし、魔力欠乏が起こる」
「へー」
「お前分かってないだろ」
アリマの説明に、ガルウェインは耳をほじってほぼ理解していない色を見せる。魔力のメカニズムは誰しも学校で習ったはずなのだが。
「ともかく、今回はパルシヴァルが自分で回復魔法を行使しようとしなかったのが幸いだった。この毒は魔力を行使しようとするほど、進行が早まる。そしてもう一度言うけど、こんな毒は見たことがない」
「つまり敵はこちらの想像を超えているかもしれない、と?」
「まぁそういうこってす。なんか明るい雰囲気になったところすんませんね団長」
「いやいい。勝負はこれからだ。むしろ少し引き締まったよ」
話はまとまった。全員が席を立つ。
「とはいえ・・・、今日はもう遅い! 今日も皆仕事だったのだろう! ならばこの後は決まっておろう!」
「「???」」
「風呂だ!」
「「・・・・・・・・・」」
話はまとまった・・・。