暗雲たちこめて雷は轟く
王宮にある医務室に2人の騎士が駆け込んだ。
必死で走るのに邪魔になったのか、着ていた鎧は既にどこかへ消え去っていた。
徐ろに戸を押し開け、飛び込む。
そこには腕を組んで佇むライオロットと、瞑目したまま剣を地につくアルヴァリン団長、そして啜り泣きながら長い黒髪を垂らし、床に体操座りをする少女──ケイ卿の姿があった。
「アリマ卿、それにガルウェイン卿も・・・」
ライオロットが申し訳程度の歓迎を口にする。
患者の姿はカーテンで隠れて見えないが、もう誰かは分かっている。
「パルシヴァル!」
ガルウェインが張り裂けんでカーテンをひく。
その奥では薄緑色の髪に、20歳とは思えぬ童顔が青白く、息を荒くするパルシヴァル卿がベッドに寝かされている。その脇で椅子に佇み同じように顔を青白くするベルヴィアがいた。
「シロウ・・・・・・」
助けを求めるような声でベルがアリマの方を見る。
「これは・・・毒か?」
パルシヴァルの容態は明らかな衰弱、そして外傷が酷い訳でもない。
「うん・・・。でも、解毒魔法も回復魔法も効かない・・・。自己修復魔法も一向に効果が現れない。もうどうしていいか、分からなくて・・・」
涙混じりのベルヴィアの声が胸に刺さる。
騎士団随一の白色騎士団団長がお手上げとなっては、回復専門でない騎士団長と副騎士団長はただ眺めていることしか出来ない、というわけだ。
「落ち着けベル。俺が代わる。1つずつ状況を教えてくれ。まず傷口はどこだ」
「・・・・・・うん」
ベルヴィアの横に座って並んだアリマが治療に取り掛かる。
その間、立ち尽くし、1人泣き尽くす騎士たちは何も出来ない。
「オイ、アタシらが出てる間に何があった。ついでにそこのが泣いてる理由も知りてぇな」
やや怒気混じりにガルウェインが問う。
団長は瞑目したままなので、ライオロットが口を開いた。
「正体不明の何者かによる奇襲、だそうです。それもケイ卿がパルシヴァル卿から離れた隙に」
「はぁ!?」
ガルウェインの恐ろしい形相が隅っこで小さくなっているケイ卿に向けられる。
「おいケイ、お前何考えてんだ! パルシヴァルが戦闘向きじゃない事は分かってんだろうが! それを知っといて目を離したぁ!?」
「すいません・・・、すいませんっ・・・!」
パルシヴァルもケイも含めてこの場にいる全員が円卓騎士だ。だが円卓騎士だからといって全員が全員ガルウェインのように強いかと言われるとそうではない。
パルシヴァル卿は緑色騎士団団長。だが緑色──通称「緑鹿」も白色騎士団──通称「白羊」と同じで戦闘においては裏方専門。構成員は団長も含めて戦闘向きではない。
そしてケイ卿は円卓騎士に入ってからは最も日が浅く、まだパルシヴァルと同じように若い。パルシヴァルはその性格ゆえに統率力に対する信頼が厚く、騎士団長を若くして託されたが、ケイはその真逆。
どこか抜けたような性格、いわばアホの子。故にケイは己の騎士団を持たず、緑鹿騎士団に籍を置き、その構成員及びパルシヴァルのボディーガードを託されていた。
いつものパトロールも2人で回っていた。もちろん今日も。
「お前も落ち着け、ガルウェイン。目を離したケイもケイだが、今回の問題はそこじゃない」
治療を続けながらアリマが宥める。それに乗っかるようにライオロットが続ける。
「その通りです。問題なのはピンポイントでパルシヴァル卿が狙われた、ということです」
「敵が意図的にパルシヴァルを狙ってたってことか?」
「それは分かりません。パルシヴァル卿最後の証言によると通り魔的奇襲だったようですので。意図的か、それとも偶然か・・・」
「間違いなく前者だろうな」
「・・・・・・でしょうね」
そこでようやく彫像のように佇んだまま微動だにしなかった団長が目を開く。
「敵は・・・、我々が円卓騎士だと知って挑んでくるというのか」
「先日の貴族拉致の件と結びついてくるかもしれませんね。だとすると敵はこちらの内情をどれだけ知っているのか・・・」
先日の貴族拉致の犯人グループたちは観念したように知っていることは洗いざらい話した、はずだ。ただ1つ、彼らは黒幕がいることを仄めかしていた。
それなのか・・・? しかし彼らは黒幕については顔も素性も知らないと言っていたが。
「アリマ卿、何とかなりそうか?」
「なりそうなんて言えない。しますよ。何とか」
団長の問いかけにも振り向くことはない。目も集中もすべて治療に向けられている。
「・・・・・・そうか。ライオロット卿」
「はい、団長」
「円卓騎士を集めてくれ。これは国家の威信に関わる。全力を以て潰しにいこう」
「了解しました」
長年の付き合いを感じさせる短い言葉のやり取りだけで意思疎通を交わし、2人が医務室を出る。
その姿を見て、ガルウェインは大きく息を吐く。
「はぁー。あの二人はお前を責める気はないってよ、ケイ。これじゃアタシだけが悪者じゃねぇか」
「いえ・・・、私が悪いんです! 大事な・・・! 友達一人も守りきれなかった・・・、私が!」
自分を責め続けるケイ。責任感を感じている、というより憤りの向けどころがなくて、自虐的、自暴自棄になっているという感じだ。
ガルウェインはそんな気弱に喝を入れる。
「あのな、たとえば子供が傷害事件にあったとする」
「? なんの話ですか・・・」
「まぁ聞け。その場合なぁ、責任問題は子供を守れなかった親にいくだろう。だが本当に悪いのは親じゃねぇ。子供を傷つけた奴だ。そこを見間違えちゃならねぇ」
つまり責める方向を間違えてはならない。
「だから今回はお前にも責任がある。だが本当に悪い奴はお前じゃないだろ? ならお前のその悔しさは自分に向けるな。悔しさで本当に悪い奴をぶん殴れ、パルシヴァルの前に跪かせてやれ」
「あ・・・・・・」
「だからそんなくしゃくしゃな顔してんな! ほれ行くぞ、ぶっ飛ばすんだろ? 悔しいんだろ?」
目尻の涙をごしごしと拭うケイ。差し出されたガルウェインの手を掴んで立ち上がる。
まだ赤い目尻はしっかりと釣り上がって、見えない敵を睨みつけていた。
もう大丈夫だ。
「おいアリマ!」
「なんだ」
「・・・・・・頼むぞ。パルシヴァルにもしものことがあれば、その時点でアタシたちは負けだ。絶対に勝ちたい。完全勝利だ。そのために・・・頼む」
その言葉を聞いて、にいっとアリマは笑った。
「ああ。俺も負けたくないから」
「・・・・・・・・・そうか」
ガルウェインとそれに連れられてケイも医務室を出ていった。二人とも振り返らなかった。