すり抜けにも程がある。
本編読まなくても読めます。大丈夫です。
今日も一日仕事をした。
日課分の本日業務をささっと片付けようとしたら他の部署の仕事を押しつけ、げふんげふん、任された。
それはそっちの仕事で作業は簡単なものなのに、覚える気は全くないらしい。
まぁ、別にいいのだ。相手は自分の無能さをアピールしているだけ。私がこれもこなしてしまえば有能さをアピールすることが出来る。給料も増えて昇進も早い……かもしれない。しかし、出来るアピールをすると上からさらに仕事を押しつけられる。それはそれで面倒だとため息をつきたくなる。
就業時間少し前には本日の作業はほぼ全て終わらせた。明日の分の確認も問題なし。かつ他の人の仕事まで手伝って終わらせた。私はすごい。定期的に褒めてあげなきゃ。
「お先失礼します。お疲れ様でしたー」
「お疲れ」
「お疲れ様でしたー」
定時を過ぎてから少し待って、席を立って業務を終える。他の人たちはまだ作業していて、先に帰る私が異質のように思える。
普段仕事が終わってないのならまだ残っていたりもするのだが、今日の私は早く帰りたい。
何故なら。
「よっし! ごはん買って早く帰らないと!」
今日はソーシャルゲームのイベント開始日。18時になればイベントが始まってガチャがスタートする。
今回ピックアップされるキャラは好きなイラストレーターさんがデザインしたものだから是非ともゲットしたい。
更衣室でさっさと着替えを終わらせて、浮き足立って会社を後にした。
この後は楽しい楽しいゲームの時間だ。
「嘘だろ……」
現在、18時を半まで回ったところ。
成果、ゼロである。もう持っている子ばかりだ。
課金額、もう少しで家賃に到達しそうだ。
「はあああああ」
ずるりと崩れて床に突っ伏す。
今月はこれ以上は課金出来ない。ここにこれだけ課金してしまった後が怖い。数ヶ月前から課金を抑えて抑えてここまでもって来たのに、くそう。
「………………」
テーブルの上に置いた触媒代わりのビールは既に温くなりつつある。会社からもらったお歳暮ものが駄目だったのか。自腹で買ってないからか。しかし私はビールが苦手なのだ。男キャラだから酒は好きかと思ったのに、くそう。
「………………」
後残りは、運頼みというか神頼みだ。ジンクスをやってみるしかない。例えばほら……召喚の呪文を唱えるとか。
「……ジュゲムジュゲムゴゴウノスリキレェ」
呻くように呟くが、これは絶対違う。というか、口にするのが恥ずかしい。
しかし、恥ずかしがっていても欲しい子は来ない。来ないのだ。
「腹くくるしかないか」
床から上半身を起こし、スマホを片手に持ち手をかざす。
「これより、召喚の儀を執り行う」
深く、呼吸する。大丈夫。部屋の中には私一人。誰も見てない。見ていないのだ。
「万物を構成する五つの元素よ、相生し、相克し、循環せよ。
魂を導く光となれ。
魂をこの世に留める礎となれ。
接続するは我が血脈を遡りて到達する星の記憶。
人の歴史に名を残し、今なお星の如く輝く英雄たちよ。
我が声、我が呼びかけが聞こえるなら、応えよ」
ここまで言って顔を天井に向ける。長い。呪文が長い。本当にこれで来るのだろうか……いいや、そう思っては駄目だ。来ると思ったら来るのだ。イメージするのは最強の、自分!
「告げる。
汝の命運は、この手にあり。
我と共にある。
誓う。
我は汝の力で世を照らさん」
呪文の終了と同時に画面をタップする。ガチャの演出が始まる。
「来いやあああああ、あ?」
普段なら、画面が一瞬光ってキャラクターが現れるはずだった。
しかし、この時は違った。
画面の上、光の球が現実に現れたのだ。
「きゃっ!」
部屋の中を光が一瞬にして満ちあふれる。思わず腕で顔を覆ったが、光は一瞬で収まった。
スマホの画面は、何も変化していない。というか、ガチャの結果が出ている。
10連したのに、何故か一枠だけ空白になっているが。
「何これ……故障した? バグ?」
「おいお嬢さん」
随分近くで、男性の声がした。
スマホから視線を外すと、ブーツと深緑のズボンの脚が見えた。……今、私の部屋には私しかいないはずだ。
視線を上へと移動させる。同じく軍服の上着? 丈は膝くらいまであって腰にベルトを巻いている。胸元にあるのは双頭の鳥の刺繍。金色だ。襟は詰め襟になっていて髪は長くて後ろで一つにまとめている。
顔を見て、眉根を顰めた。相手は異国の、西洋の顔立ちをしていてかっこいい部類に入るのだろう。髪は黒で目はエメラルド。街中で見たら思わず目で追ってしまうレベルだ。何故眉根を顰めたのかと言えば――彼の顔を、全くもって見たことがないからだった。
「誰?」
「誰って、喚んだのはお前だろう?」
「いえ、呼んでいないです」
「喚んだじゃないか。俺の命運はお嬢さんの手にあるとか言っていただろ?」
ここまで言って相手も眉根を寄せた。何か可笑しいことに気づいたのだろう。
「使い魔を召喚しようとしたのではないのか」
「いいえ。使い魔と言えば使い魔ですが」
そう言って、ゲームの画面を指さす。
「ゲームのキャラクターです」
「ゲーム?」
「はい。遊ぶためのものです」
困った顔をして男性は頭を掻いた。こちらも、知らない人間が室内にいて非常に不愉快だ。
「出口はあちらです」
「ああ」
と、返事をして一歩踏み出した男性だったが、そのまま踏みとどまってこちらを見下ろす。
……仕事が終わって堅っ苦しいスカートやシャツを脱いで、ラフな部屋着になっているのであまり見られたくはない。
「お嬢さん、聞いてくれ」
そう言って、男性は私の目の前に屈む。
「お嬢さんと俺の間で契約が結ばれている」
「は? 何の? どうやって?」
「それは俺も知らないが、元に戻るには契約を成立させなければならない」
「お嬢さん、お前の望みは何だ?」
目を瞬いてから、とりあえず……と今最も望んでいる言葉を口にする。
「お帰りはあちらです」