4話#可能性
職員室は昇降口をあがって右に少し進んだところにあった。職員室というプレートは出ていない。この学校で数年前に職員室が何者かに占拠されるという事件があったらしく、一応の防犯的意味を含んでいるようだ。次に万一同じようなことが起きても、侵入してから最短ルートで職員室に辿りついたようであれば、その捜査対象はこの学校の構造を知っている者になり、大幅に絞られるかららしい。
そんな職員室で、一人の大柄な男の前で数人の教師がオロオロととりなしていた。そこへ、優羽の追跡を振り切った佑馬が辿りつく。
「やっと来たか、荻萩!警察の方が話を聞きたいなんて、お前は一体なにをやらかしたんだ!」
全身をジャージに包んだ体育教師が佑馬の姿を見つけて怒鳴る。どうやら相当警察に気を使っていたようだ。まあ、それが一般市民の反応か。優羽のように誰を相手にしても物怖じしないというのは珍しいのかもしれない。
「では私は彼と話があるので、これで失礼します。できればどこか空き教室なんかをお借りしてもいいでしょうか」
「どうぞどうぞ」と怯えたようにペコペコする教師たち。それも無理もない。警察官だというその男は、丁寧な言葉遣いと裏腹に肩幅が広く、その筋肉は服を内側から破らんと盛り上がっている。全体的に毛深い印象を与える男にはゴリラというイメージがぴったりだろう。そんな大男に出会う機会は、職務で様々な人に出会う佑馬であってもほとんどなかった。未知のタイプの人間と会ったとき動揺するのは当然だろう。
「それじゃあこっちへ」
佑馬は敵のようににらみつけてくる教師たちを尻目に、男に促され空き教室に入った。
「それで、ゴリラ隊長。学校まで来て何の用なんですか」
「おい佑馬。いつもながら隊長になんて口訊いてるんじゃ」
着席一番にそう口を開いた佑馬に、隊長と呼ばれた大男は今にも物を投げだしそうな様子で憤った。
やっぱりゴリラというあだ名が一番適しているように佑馬は感じた。
「でも隊長、女性の隊員の中ではゴリラみたいにたくましくて素敵だとの声が」
「本当か!」
「嘘ですけど」
「……お前といい、連行する仕事をワシに全部丸投げした由乃といい、ワシの部隊はどいつもこいつもろくでもないの」
「隊長が隊長だし仕方がないと思いますよ」
「帰ったら始末書の山を書かせるぞ。……まあお前も昨夜の事件で動揺してるということにして今回は大目に見てやろう。今日来たのはそのことについてじゃ」
そう切り出した隊長の胸にはやはり佑馬と同じ中央を黒く塗られた五芒星が掲げられていた。秘密警察の称号。そんな彼が直接調査をするというのは、はっきり言って異常事態だった。
「佑馬、これは昨夜お前が発見した遺体の顔なんじゃが…… 見覚えはあるか?」
佑馬と隊長が挟んで座っている長机に、一枚の写真がすっと置かれる。
「……!これは!」
手に取るまでもなく分かった。写真の中で不敵な笑みを浮かべているこの男は昨晩、佑馬が優羽を人質に取られて捕まえ損ねた男そのものだった。
「やっぱり知っていたか。実はな、昨晩ワシが連行したその男の仲間が全員、護送車の中で死んだんじゃ。……人形の糸がプツリと切れるみたいに突然、静かにな。それで、もしやと思ってお前さんが見つけた遺体を解剖してもらったんじゃが」
「まさか、同じ死因だった?」
その問いにこくりと頷く隊長。
「とは言え、安心しろ。お前さんがいつも言ってるような呪いじゃない。毒殺じゃ。それも細胞が壊死する出血性の毒じゃ」
「ということは自殺?」
「いや、それも違う。毒は遺体に刺さっていた針に刺さっていたんじゃが、どこに刺さっていたと思う? ……背中なんじゃよ。手錠で拘束された奴がさせるところじゃない。それに出血性の毒で苦しみもなく死ぬのはまずありえない。おそらく何らかの術が発動していたと考えるのが自然だろう。つまり……」
「他殺。しかも、犯人は護送官に気付かせないほど術の扱いに長けてる奴ってことか」
「その通りじゃ。そしてそういう真似ができるのは、既存のプログラムに頼らない原初体くらいじゃろう。……佑馬、これは口封じのために仲間を殺した、などというありきたりなヤマじゃなく、もっと手強いやつが絡んでいるかもしれん。くれぐれも気を付けろよ」
念を押す隊長。彼には経験から今回の事件がこれで終わらないことを感じていた。そして、どんなに危険かも。
「そうします。早速、お出迎えのようだし」
珍しく素直にうなずく佑馬の目線の先には、わずかに開いたドアの隙間からこちらを覗く複数の銃口があった。
「お前さんも気づいてたのか。あ、向かいのビルにもスナイパーが二人いるぞ。ビル風を考慮しない位置取りをしていることを考えると、気体操作系の術者か?」
「単純に初心者ってこともあり得るんじゃないですか?どっちにしろ、話し合いは出来なさそうですよ」
「そうだな。まあいい。あとでワシがじっくり話を聞いておこう」
「それはつまり、無力化してもいいってことですよね」
「……やりすぎたら始末書だぞ」
突如ビルから弾丸が飛来する。ブレがない様子をみると、やはり気体制御系の術者だったらしい。
佑馬はその弾を右手で易々とキャッチする。
「分かってますって」
手を開くと、弾が木製の床に落ち、カランカランと高く跳ねる。
それが、戦闘の合図だった。