1話#少女との邂逅
始めまして。高須もやしです。本格的?なものが書きたくて始めました。設定かなり練り込んであります。初めての作品なので拙い文章ですが、どうぞお付き合いください。
※当方大学受験生なので、投稿ペースは安定しません。何卒……。
おぼろげに照らす街灯の下、一人の少年を、複数の影が重なるように取り囲んでいた。少年の歳はおよそ十七か。その容貌は、胸に中央を黒く塗られた五芒星をモチーフにしたようなバッジをつけているほかはいたって普通の高校生といった感じで、眉くらいまでしかない黒い前髪をなびかせ毅然たる態度で辺りをゆっくりと見まわしている。
カチャッとその背中に、腕に、冷たい筒のような物が押し当てられ、少年――――――荻萩佑馬は顔をしかめ、やれやれといった風に両手を挙げる。
「いきなり何なんですか……。僕はここをたまたま通りかかっただけ――――――」
銃声が月夜を切り裂く。空に向けて発射された弾丸が甲高い音を出してカランカランとアスファルトの地面を転がり、佑馬の足元に辿りついた。
「とぼけんじゃねえ、次は身体に撃ち込むぞ」
影溜まりからひときわ大きな人影がぬっと出て、硝煙がまだ立ち上る拳銃を佑馬のこめかみに押し当てる。
「俺は知ってんだよ、その五芒星が秘密警察の紋章だってことをな。いいから、誰に俺たち『カタルシス』の居場所を聞いたか吐け。そうしたらせめてもの感謝の証として、楽に死なせてやろう」
が、対する佑馬は少しも動じることなく飄々としている。むしろ、興味深そうに銃口をのぞき込んでいるほどだ。
「へー。あんたらの組織、『カタルシス』っていうのか。庁に戻ったらしっかりと報告させてもらうぜ」
あっさりと怯える演技をやめ、不敵な笑みを浮かべる佑馬。が、それは影たちも同じようだ。
「そんなに死に急ぎたいなら、望み通り死なせてやる。無謀な勇気は命取りだと、来世の教訓にするといい」
ニヤリと笑う男の指に徐々に力が入っていく。
「さよならだ」
再び耳をつんざくような轟音が路地に響き、佑馬の体からずるずるっと力が抜ける。それを尻目に、男はまだ熱い拳銃をホルスターにしまいながら周りの男たちに口早に指示をする。
「二回の銃声で、不審に思った住民がそろそろここへ来るはずだ。こいつを片付けてここから早く立ち去るぞ」
「逃がすと思う?」
ぞっと男の背中を冷たいものが走り抜けた。振り返ろうとした次の瞬間、男は体が回るような感覚と、背中を打ち付けたような激痛に襲われた。
「ごがあっ!」
肺の空気が一瞬で叩きだされ、男の口は空気を求めてパクパクとあえぐ。
「へー、まだ意識あるんだ。今の、三階から落ちたくらいの衝撃はあったはずだぜ」
ジャリっというアスファルトの音とともに近づいてきた人影を、男は幽霊でも見たような顔で迎える。それもそのはず。そこにいたのは、ついさっき頭を吹き飛ばしたはずの少年、荻萩佑馬だったからだ。
「誰に聞いたか知らないが、秘密警察のことを知ってたみたいだから、ついでに一つ教えといてやるよ」
佑馬は特殊合金の手錠を取り出し、次々と他の男たちの両手両足を拘束していく。
「真ん中が黒く塗りつぶされた五芒星は、ただの秘密警察じゃねえ。秘密警察の中でもトップシークレット、この街の秘密兵器、『術者』を監視、統制する『術者犯罪捜査部隊』のトレードマークだ。どんな奴が属しているか、想像くらいつくだろう?」
佑馬は銃弾を手のひらで転がして見せる。それは紛れもなくさっき佑馬を射殺するために使われたものだった。もちろん、佑馬の体には弾創どころか、かすり傷一つついていない。
「っとまあ、だから観念して大人しく――――――」
「捕まるかよっ!」
どこに隠し持っていたのか、こぶし大の閃光弾が佑馬の目の前で光を放つ。ナイターの明かりを上回る光量は、佑馬の視界を奪い男の逃走する隙を作るには十分だった。
「くそっ、油断しすぎた!」
眩む目をこすりながら慌てて男を追いかける。幸いにもここは直線の路地。見失うこともなくすぐに男の姿を捕捉することができた。
が。同時に向かいからフラフラっと歩いてくる妙な影も目撃してしまった。まるで酔っ払ったような覚束ない足取りで、塀にもたれながらとっとっとっとこっちへ向かってくる。
「(少女か……。何だあれは?酔拳?いやちがう、あれは普通に寝ているだけだ!全然普通じゃないけど!つかそうじゃなくて――――――)」
「何してんだ、逃げろっ!」
しかしその叫びは届かなかった。
「こっちへ来い!」
少女の頭に拳銃が突き付けられる。
「もうすぐ仲間がここへ迎えに来る。それまで大人しくしてねえと、こいつの服に仕込んだ爆弾を爆破する」
「くっ」
人質自体に爆弾を仕込まれては何もできない。そこへけたたましいクラクションとともに黒塗りの車が滑り込んできた。
「ほら、こいつは返してやるよ。だが、この起爆装置の有効範囲は10キロだ。それ以上離れるまで、追跡なんて馬鹿な真似はしないことだな」
少女を地面に転がすと男の乗った車は勢いよく発車し、男の姿は闇夜に溶けていく。
ドンっと塀に打ち付けたこぶしの痛みだけが余韻としてそこに残った。
「ふみゅ……くちゅん!」
可愛らしいくしゃみに、悔しさで立ち尽くしていた佑馬は人質のことを思い出す。
「おーい、大丈夫か?」
そばへ駆け寄り、少女の体に一通り目を通す。少女のはだけた淡いブルーのパジャマには、爆弾が仕掛けられたような跡はなかった。
「(やっぱりハッタリだったか……!)」
そう悔やんでも今となっては後の祭り。櫓も屋台もすべて取り払われてしまっている。男の追跡は後で仲間に任せることにして、佑馬はとりあえずこの少女の保護を優先することにした。
「えっと、君の名前は?」
「ぐー……」
「何歳なのかな?」
「すー……」
「……家はどこなんだ?」
「ぐーすかぴー……」
「やってられるか!」
事件に巻き込んでしまった引け目もあって、できる限り紳士的に振る舞おうとした佑馬だったが、思わず空に向かって叫んでしまう。「何だこの女の子は……」と、いまだにすーすーと気持ちよさそうな寝息を立てている少女を佑馬はあきれた目で見下ろす。
身長は百四十真ん中あたり、いわゆる幼児体型とかいうやつに少し近いかもしれない。水滴をはじくような透き通った柔肌は恐ろしいほど白く、この薄暗い路地裏の中でもひときわ存在感を発している。が、触れただけで折れそうな細い指先がその存在のはかなさを暗示しているようでもあった。
「しゃあねえ、今日は本庁に泊まらせるか。最後に……なんであんな所にいたのか教えてくれるか?」
この路地は昼間でさえ人通りの少ない所だ。佑馬自身は通学路として利用することもあったが、こんな夜更けに人と遭遇したのは初めてだった。
夢の国を満喫している少女からの返答はもはや期待していなかったが、予想とは裏腹に少女は眠たい目をこすりながらゆっくりと口を開いた。
「……鍵――――――」
「へ?」
「ユウ……は鍵――――――なの」
「それはどういう意味、なんだ?」
「zzz……」
「ああもう!コーヒー買ってきてやるから待っとけ!」
――――――十分後――――――
「うえぇ、苦い……」
缶コーヒーを両手でぐびっと飲んでぺっぺっと吐き出して、を繰り返すこと十数回。佑馬は途切れ途切れの少女の話を統合して、ようやくある程度の情報を掴むことができた。
少女の名前は優羽。で、その彼女はどうやら何かの鍵であるらしい。その「鍵」というのが物理的なモノなのか、はたまた「キーワード」ということなのかはよく分からなかったが、とにかく「鍵」と言い張って聞かなかった。
……名前、しかも下の名前しか聞き出せていない上に、余計な謎が増えた気もするが、佑馬は自分自身にこの半年で最大の賛辞を贈りたい気分だった。何しろこの優羽という少女、ブラックコーヒーの強烈な苦みにもかかわらず、飲み干した直後には再びパスポートを持って夢の国へと旅立とうとするのだから。
結局、名前を聞き出した時には、辺りに五本の缶が転がるという惨状になっていた。
まあ、最低限名前を聞き出すこともできたし、一晩は泊める許可も下りるだろう。本庁に連れて帰る前に、先ほどの爆弾疑惑もあり念のために身体検査を行うことにした。
「今更だが一応身体検査をさせてもらうぞ。そこの塀に手を突いて。そうそう、それじゃあ始めるからな」
頭から始め、肩、背中と徐々に降りていく。佑馬の手が腰辺りに到達したとき、ガチャンと金属質な音が響いた。
手錠抜けか⁉ 万一のことを思い振り返る。が、相変わらず男たちは佑馬によって両手両足に手錠をかけられたまま。佑馬はふとその目線を少し上にやる。結果、佑馬の連絡を受けて男たちを署に連行しようとやってきた少女と目が……合った。
祐馬と同じ五芒星を胸につけ、長い黒髪を腰まで垂らした少女は、手をわなわなと震わせ唖然とした表情を凍り付かせていた。その目に限りない軽蔑の色を見た佑馬は、自分の現状に思いを馳せる。
暗がりの路地裏――――――イエローカード。はだけた衣服の少女――――――レッドカード。壁に手を突きお尻をこちらに突き出す少女――――――レッドカード。そしてそのお尻に手を伸ばす自分――――――レッドカード。しまいには
「うへぇ、お腹たぷたぷだよぉ……」
――――――レッドカードッ!!!
「……荻萩くん、何か言うことは?」
少女の背後に極寒のブリザードが見えた気がした。どうやら無期限の出場停止がきまったらしい。それならば男として覚悟を決めねばなるまい。最期を迎える瞬間にこそ、人の価値は現れる。なら下手な言い訳をするより、ここは男らしく開き直って……!
「すごく柔らかかった」
「そう……」
次の瞬間、怒りを具現化したような燃え盛る槍が、立て続けに少女の手から無言で発射されることとなった。
***
「大体の話は分かったわ……」
「本当か!さすが由乃だな! ……うんうん、やっぱりコミュニケーションってこういうもんだよなぁ」
そうしみじみとつぶやく佑馬の服はいたるところが焼け焦げ、優羽というあの眠り姫をおぶっている左手には水ぶくれもあった。
「なぜ涙ぐんで感謝の目を向けられているのか分からないけれど……。その……火傷は大丈夫なの?」
「このくらいは平気さ、勇者の勲章と思えばな!」
「……実際はスケベの代償、なのよね」
それに関してはミリも言い訳をできない上に、今も佑馬の両手は背中にしがみついている優羽を支えるために、その溶けそうな柔らかなお尻に現在進行形で密着している。今の佑馬にとっては失われた(自業自得ともいう)名誉を挽回することよりも、この状況を、隣を歩く由乃という黒髪の少女に悟られずに本庁に辿りつくことのほうが大切だった。
「あ、そうだ。お前、俺たちと一緒に来ちゃっていいのか?ほら、『カタルシス』とかいう組織の奴らを連行するために来たんだろ」
「それはあの隊長さんにやらせておいたから大丈夫よ。それともなに、私がいると不都合でもあるのかしら」
「いえいえそんな。由乃さんが一緒にいてくれて幸せの限りでございます!」
近くに墓場があるわけでもないのに、体感温度が一気に下がった気がした。冷たく突き刺さるような視線に佑馬は情けなくへこへこするばかり。
「そ、そう?な、なら別にいいわよ、うん、いいわね……」
端正な顔をポッと赤らめ、挙動不審にきょろきょろしている由乃。そのたびに腰まである艶やかな黒髪がなびき、吸い込みたくなるような香りが月光の元へと漂っていく。佑馬は雪解けの瞬間を見たような気がした。そこへ「むにゅむにゅ……」と優羽が目を覚ます。
「この背中、いい匂い……」
「おう、起きたか。今お前が今夜泊まる本庁に向かってるからもうちょっと我慢してくれよ。車で乗せて行ってやりたかったんだが、あいにく事情が分かっている俺も由乃も『術者』でな……。兵器である俺たちは一般人様の車には乗れないのさ」
横で聞いていた由乃が悲しそうに顔を伏せる。しまった、ここでこんな話をするんじゃなかったと思ったがもう遅い。そもそもこんな話は優羽も知っていたはずだからだ。
ここは旧関西に位置する直径五十キロの巨大ドームで覆われたドーム都市、『竜宮市』。エネルギーの膜のようなその特殊なドームは、空気さえ、素粒子でさえ通さないと言われている。
実際に、一年前まで続いた正規政府とクーデター軍の内戦において、正規政府軍の要請で諸外国が発射した核ミサイル三発を防ぎその放射能の侵入をゼロに抑えたのは有名な話だ。
この完全に隔離された都市に居れば嫌でも耳に入る。ドームのこと、術者のこと、そのトップに君臨する『原初体』のこと、そしてそういう術者に対する偏見差別。その中でも偏見差別に対する反応は千差万別で、口に出さないのがこの街ではベターだった。
佑馬の服を掴む優羽のか細い指が固く動かないのを背中越しに感じ、佑馬は慌てて取り繕う。
「な、なーんて。術者のほうが強いんだから、その気になりゃいつでも好き勝手できるんだ……ぜ――――――」
歯を浮かべて振り返ると至近距離に優羽の顔があった。ろくに目を開けないから気づかなかった、その若干緑がかった大きな瞳に吸い込まれそうになる。
「祐くんの家に泊まる!」
「は?祐くん……俺のこと⁉ つーかダメだって!」
「いいよね、祐くん?」
驚きのあまり、再び瞳をのぞき込んだのが間違いだった。その目から伝わってくる波動のようなものに全身の感覚が揺さぶられる。全身の細胞が書き換えられるようなむず痒い体感と、酔ったようにはっきりしない頭で、しかしはっきりと答える。
「もちろん、いいさ」
「……急に意見を変えるなんてらしくないわね、荻萩くん。あなた、正気なの?」
「ああ、正気だ。優羽は俺の家に泊めるよ」
「そう……」
佑馬の口の動きに合わせるように唇を動かしている優羽という少女を、由乃はまっすぐ見つめた。
今回は続けて投稿します
※三話をこの一話に纏めさせていただきました。読者様、運営様ともにご迷惑をおかけして申し訳ないです。