プロローグ ~追憶~
昨日活動報告でお知らせしたプロローグです。伏線の一つの結果になる話で、これ自体が大きな伏線でもあります。お楽しみください。
「あ、あいつだ!今は敵のことなんかどうでもいい!あいつに、あの死神に主砲を向けろおぉぉぉぉ!」
金の刺繍をあしらった軍服をきた男が自分の視界の先を指さし、一心不乱に、怯えたように叫ぶ。
おそらく高官であろうその声には威厳の欠片すらなかった。そこにあるのは、体の奥から焼かれるような恐怖と、頭上から水をかぶせたように降ってくる後悔の念だけ。
なんで私は、私たちはあの少女を殺してしまったのだろう。政府の命令だからと言ってしまえばそれまでだ。だが他にも選択肢はあったはずだ。こんな惨劇を、悪魔を生み出さなくて済むような、そんな方法が。
「ぎぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
双眼鏡をのぞき込んでいた男の目の先でまた一人、男の部下がその悪魔の手に掛けられていた。その断末魔は、距離にして軽く百メートルはあるはずなのに、真横にいるように聞こえた。
「おい、砲撃の準備はまだなのか!早くしないと私が!」
「準備完了しました。いつでも発射できます」
「よし、でかした!」
男は自分で点火するために、大砲の後ろに興奮気味に回り込む。位置についたと同時に部下の合図が聞こえてくる。
「発射よ~い」
「てー!撃てぇぇぇぇぇ!」
未だまとわりつく恐怖を打ち払うために叫びながら点火する。ズラリと横に十数門並んだ大砲から一斉に一点へ向けて砲弾が発射される。男は耳をふさぐのも忘れて着弾地点を見守る。
「やったか⁉」
「いや、やってねぇよ」
ジジっというノイズの後に、男の胸に入れておいたトランシーバーから通信が入る。
「しっ、死神⁉」
「よせよ。死神なんてガラじゃねえ。その称号は、変なものを作るためにあいつを利用したクーデター軍と、それを恐れてあいつを殺したあんたら政府軍にくれてやるぜ」
「ち、違う。私は命令を受けてやっただけだ!決して憎くて殺したわけじゃない!信じてくれ!」
「……そうか」
トランシーバー越しのその声からは、どうやら冷静に思考しているらしいことが伝わってくる。この調子でいけば見逃してもらえるかもしれない。男はその一筋の希望に必死にしがみつく。
「信じてくれたか!」
「ああ、信じるさ。……あんたが、あいつを殺した張本人だってことを」
男の顔から見る見るうちに生気が引いていく。百メートル離れたところにいる死神には当然その様子は見えない。死神はどこか嬉しそうな調子で続ける。
「何はともあれ、お祝いをしよう。俺とあんたが出会えたお祝いをね。すぐそっちへ行こう。先にプレゼントは送っておいたから、それまでそれで楽しんでおいてくれ」
言い終わるか言い終わらないかの時だった。
男の部隊がいる上空に、ミシミシッと何とも不気味な音がした。いつの間にか黒く変色した空が割れ、そこから直径40センチほどの鉛玉の雨が降り注ぐ。それは紛れもなく砲弾と呼ばれるものだった。
次々と砲台が破壊、爆発していく中、這うようにして辛うじて砲弾の直撃を避けたその男の前で靴音が止まる。
「プレゼントは楽しんでもらえたか?俺は借りたものはしっかり返すたちでな。砲弾は返させてもらったぜ。それとあいつのことも」
「私はただの駒だ!命令されただけなんだ!」
「……知ってるか? 将棋では駒を刈り取ることで有利になるんだぜ」
「ひいぃ!」
この死神は……愛する少女を利用された挙句殺されたこの悲しい少年は、もう止まらない。誰にも止められない。例の少女にすらもう……。男は錯乱した脳でふとそんなことを考えた。
「目を閉じろ。それでお終いだ」
死神の言うままに目を閉じる。もう逆らう気力はなかった。
力を抜いた瞬間、体の中心にぽっかりと穴が開いた気がした。痛みなく、あらゆる臓器が消失した。そしてバキバキと――――――
死神と呼ばれる少年は身をかがめてビー玉くらいのそれを拾う。赤い水たまりに浮かんでいたそれは、圧縮した男の体だった。
「……………………」
満ち足りない気持ちのまま、少年は血の滴るそのボールを無言で砲台の残骸のほうへと投げる。
圧縮されたエネルギーが解放され、核爆発さえも軽く凌駕する閃光と爆熱風が吹き荒れた。それは部下と一緒に死なせてやりたいという、歪んだ優しさだったのかもしれない。
戦場に大きなくぼみを残して、少年は姿を消した。
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