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後日談(下) 伏原少年は今日も嘘を重ねる


     × × ×     


 小山内くん、小山内くん。起きてない?


 ほんのりとハスキーではあるけれど、しっかり女性らしく作り込まれた、耳打ち。

 そんなものを耳元にぶつけられて、僕が飛び起きないはずがなかった。


 慌てて相手から遠ざかり、椅子から立ち上がり、左右に目をやってから……僕は今まで何をしていたのかをゆっくりと思い出していく。

 たしか同志で『すごろく』を遊んだ時のことを話していたはずだ。後にも先にも三人でああいう遊びをしたのはあの時だけだったから、遠山さんに話しておきたくて。


 というか――え、起きてないって?

 あれ、僕は眠っていた? いつのまに? なんで?


 ずっと傍にいたはずの女装好きに何となく目配せしてみると、彼は「いきなり気絶しちゃったんだよ」と話してくれた。

 そんな眠りの小六郎みたいなこと、今までなかった。あれだって近くにメガネの小学生がいないと成り立たない。

 名探偵ランポーといえば初期に女装した犯人がいたっけ……たしか教会で焼け死んだ……いや、今はそれより気絶の件だ。


 ただでさえウソをつく時に目が泳ぐクセのせいで不利益を被っている。他に変なクセがついていたとしたら、早急に何とかしたい。

 なんならあの目の件も「石室」で治したいんだけど、あれは鳥谷部さんが「可愛いからダメ」と許してくれなかった。嘘つき。


「遠山さん、僕は何の話をしているところで気絶したの?」

「『すごろく』の第二ラウンドが始まるところ。いきなり苦しそうになって、机に伏せちゃった」

「第二ラウンド……うっ」


 キリキリと脳内が苦しくなってくる。

 血が行き届かなくなる感じ、いや、どうにか血を届けようと穴をこじ開けているような感覚が、めまいと吐き気を呼び込んできた。

 これはあれだ。きっと「石室」のせいだ。

 吐き気から逃れるべく『すごろく』の件から意識を逸らし、僕はかつて同じような苦しみを味わっていた子のことを思い出す。

 女装していないと、吐き気が収まらなくなっていたんだっけ。

 つまり彼は「石室」の力でそんなことができると知っているわけだ。もう一人、知っているはずの人もいるけど、あっちは逆に『すごろく』を知らない。部外者だからね。

 仲田さんは……「石室」で無用な干渉をかけることを今はイヤがっている。


 となれば、やはり犯人はあの子しかいない。

 何のために『すごろく』を思い出すと吐き気を催すような指定をしたのか、さっぱりわからないけれど、消去法はあの子だけを指している。


「ははっ」


 僕はなぜだか少し笑ってしまう。

 ぶっちゃけ『すごろく』の件を思い出せないからって、特に生活に差しさわりがあるわけではないという安心感からかな。

 あるいは、久しぶりにあの子に会えたような気がしたから、かもしれない。


「遠山さん、話の続きは明日にしていいかな」

「別にいいけど……先に帰るの? 病院行くなら救急車を呼んであげようか」

「ううん。大丈夫」


 僕は遠山さんに別れを告げて、『第2保管室』を後にする。


 向かう先は中央ホール。

 アメリカのライブラリー・オブ・コングレスをモデルにした円形の空間には、中央に総合受付が設けられており、今は委員から受付係の補助班員に降格させられた久慈さんが「地下」に向かおうとする者に目を光らせている。

 もっとも甘い蜜を吸える役職を取り上げられて、さらには例の読心能力まで消されてしまった彼女である。やる気なんてあるわけない。


 案の定、机に伏せって「ぐー」といびきをかいていた。

 クリップでまとめられた後ろ髪だけがわずかに女の子らしさを感じさせる。


「……久慈さん。久慈さん。起きてる?」

「寝てます」


 腕を枕にしたまま、堂々と言ってのける彼女に、僕は少しばかり好感を覚えた。

 以前はこの子に恨みばかり抱いていたけど、今はそうでもなかったりする。その理由は時が過ぎたのもあるし、この子の誘いがなくても伏原くんはいずれ「あれ」をしただろうと思えるようになったのもある。

 だからといって、久慈さんと仲良くなろうとは思わない。

 この人があの子の心を利用したのは紛れもない事実であって、仮に久慈さんが同志と似たような嗜好をしているからといって仲間にはなれないのだ。

 この件についてははっきりと「感情的にイヤだ」と断言できる。


 そもそも久慈さんだって河尻さんに全てをチクった僕を恨んでいるだろう。

 全てはお互いさま。たまに「おじいさんが残した本です」となぜかエログロTS小説の載った古い雑誌を持ってきてくれる時があって、返答として今のマンガを渡してやるのもお互い様だ。


 僕は彼女の隣を抜けて、受付の奥にあるクロークに入る。その床下にある取っ手を引けば「石室」に向かうことができる。

 サビのない鉄梯子を下りて、誰もいない開架書庫を横目に螺旋階段を黙々と進めば、待っているのは羨道の入り口だ。


 ここに来て、僕は自分が委員ではないことを思い出した。

 どうしよう……中に入れない。今から鳥谷部さんに来てもらおうか。


「ん? どうしたんだ、小山内」


 話しかけてきたのは、個性のない容姿をした男子高校生・河尻さんだった。

 どうやら家に帰るところらしい。石室は委員の執務室を兼ねており、彼らはいつもあそこにいる。毎日階段の昇り降りがキツイと鳥谷部さんがボヤいていた。

 河尻さんの後ろには上坂さんと弓長さんの姿もあった。

 久慈さんの後任はまだ決まっていないそうで、今のところ彼らと鳥谷部さんだけが河尻さんの部下ということになっている。


「えーと。石室に用事がありまして」

「ほう。何をするつもりだ?」


 河尻さんは訝しげに訊ねてきた。

 モノがモノだけに説明しないと入れてもらえそうにない。


 僕は大まかに今までのことを話してみる。

 すると河尻さんは「わかった」とうなづき、パチンと指を鳴らして――なぜか中学生ちゃんの格好になってから、


「私に任せてくださいよ、センパイ!」


 一人で来た道を戻っていった。

 どうも吐き気の件を治してくれるみたいだ。ありがたい。


 ちなみに彼の変身はボフンとガスが出るタイプでも、ゆっくりと肉体が変わっていくタイプでもなく、ほんの一瞬で切り替わるような感じだった。

 うーん。夢がない。せっかくならモーフィング的な感じにしてくれたほうが……。


「終わりましたよ」

「おおっ! ありがとう!」

「では帰りますね、センパイ」


 彼女はこちらに微笑むと「明日は私たちのお祭りですよ!」と言い残して、部下の委員たちと階段を登っていった。

 地味にこちらをにらんでいる上坂さん、自分の上司の変わりぶりに相変わらずあっけに取られるばかりの弓長さん。彼女たちとも長い付き合いになってきた。


 さて――吐き気がなくなったかどうか、帰り道でたしかめるとするか。


 僕は鳥谷部さんから「今から二次会」というタイトルでスマホに写真が送られてきているのを見てから、ゆっくりと階段に足をかけた。

 写真の彼女はウチの近くにある行きつけのカフェで平尾さんと楽しそうにしている。後ろには五郎さんと妹たちの姿もある。おやおやノーメイクで私服のピエロさんまで。ははーん。こりゃ早く行かないと仲間外れになっちゃうな。



     × × ×     



 第2ラウンドに入った『すごろく』はそこから第30ラウンドまで続くことになった。

 それは誰かが負けた悔しさに「もう1回!」「あと1回だけ!」と言い続けたからではなく、ラウンドが変わるたびに魅力的な景品が出てきたからでもない。

 単純に、何度やっても男のまま終われなかったからだ。

 おかげで途中からは三人で協力してプレイすることになった。サイコロの目に数字を足せるカードは取引できるので、お互いに融通し合うことで少しでも女性化マスを踏まないように努めた。

 それでもなお女性化の波は引いてくれない。

 メインロードに仕掛けられた女性化マスはおよそ8割にも及び、いくら努力してもどこかで踏んでしまう。

 結局、第30ラウンドまで血を吐くような戦いをする羽目になった。


 単純に思い出したくないレベルの辛さだった。同じことの繰り返しだから退屈だし、失敗ばかりで盛り上がらない上にイライラが溜まる。

 もしかすると気絶したのも「石室」が原因ではなく、この辛さが理由だったのかもしれない。

 まあ、河尻さんは「治した」と言っていたから、やっぱり「石室」なんだろうけど。それだけキツかったということだ。


 そうして迎えた30回目のチャレンジ。

 僕と伏原くんはどうにか中盤までメインロードに残っていた五郎さんに、プラスカードをどんどん供給していった。

 五郎さんはそれを用いてあらゆる女性化マスを越えていく。試練の6連続女性化マスも何とかクリアできた。サイコロ一つだと本来即死のエリアだ。


 奇跡的な出目の良さも相まって、いよいよゴールに近づいてきた頃には、何ともいないプレッシャーが僕たちにのしかかってきた。

 すでに僕と伏原くんは彼氏と結婚して人生のゴールを決めており、もうカードは供給できない。


 五郎さんの手にはサイコロだけ。ゴールまではあと6マス。ゴール以外は全て『科学者に改造されて幼女にされる』マスだった。


「……行くぞ!」


 五郎さんの大きな手から放たれるサイコロ。

 思い出の詰まった長机を転がり、気合を入れすぎたのか床まで落ちていったサイコロが出した答えは――。


「やったー!」「よっしゃー!」「やりましたー!」


 4時間かけた戦いの末に、ようやく手にした男性の肉体。裸の消しゴム。

 僕たちは椅子から立ち上がって、サイコロの落ちた床の近くで思いっきり抱き合った。さながら甲子園行きを決めた高校球児のように、抱き合いながら押し合った。


 そんな僕たちの様子を、来たばかりのピエロが見つめていた。


「……キマシタワー?」


 彼女は不思議そうに首をかしげる。

 来てません。



     × × ×     



 長い戦いを終えた僕たちは、当直の五郎さんを残して家に帰ることにした。

 もっとも仲田さんは五郎さんにマンガの件で渡したいものがあるとかで残ったため、帰路についたのは僕と伏原くんだけだ。


 特に珍しくもない2人での家路。

 図書館から夜の外周道路に抜けてきたあたりで、伏原くんが呟いた。


「まさかあんなに時間がかかるとは思いませんでした」

「そうだね」

「ふふふ」


 僕の返しに、彼はクスリと笑みを浮かべた。

 僕はその表情をよく知っていた。イタズラを成功させた子供のような目は、こちらを手の上で転がしている時のそれだ。


「あれを仲田さんと作っていた時には、もうちょっと早くできるつもりだったんです」

「……ああ。知らないふりをしていたんだ」

「そのほうが自然に遊べますからね。何より初心者と上級者で気を遣うことなくゲームに入れますし」


 伏原くんはたまにウソをつく。

 僕ばかり「嘘つき」だと言われるのが不公平だと思えるくらいには、特に必要のないウソをついて、後でそれを明かしてくる。出会った頃から変わらない傾向だ。

 何のためにそんなことをするのだろう。

 盛り上げるためだ、プロレスのほうが楽しい。

 そりゃそうかもしれないけど……ならば、なぜ僕には明かすのか。その点は今も昔もさっぱりわからない。

 ウソを自白して何の得があるのさ。

 出会った頃に信用ならないと思ったことが思い出される。


「たまにはあんな遊びもいいと思ったんですが、やっぱり小生は五郎さんとTSFの話をするのがいちばん好きです」


 伏原くんは「ずっと語り合えたら、それだけで幸せですよ」と続ける。


「……あれ、僕と話すのは?」

「ふふふ。センパイ」


 それって答える必要ありますか。

 伏原くんはたまにウソをつくし、いつウソが出るのかわからないから、いったいどこに本心があるのか、わかりづらい子だった。

 けれども、あの時に見せてくれた笑みは、おそらく彼の本心だったに違いない。


 だったら……なんで思い出せないようにしていたのかな。仮にウソを消したいなら他にもたくさんあるわけだし。

 どういうつもりなのやら。

 3年後か、その先か、あの子が帰ってきたら訊いてみるとしよう。




(終)

おまけのおまけに出てくる作品をまとめてみました。

元ネタがわからない時にご覧くださいませ。

http://ncode.syosetu.com/n8042ck/25/

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