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16-1 転校生


     × × ×      


 昔から女装とTSは表裏一体の関係にあるとされてきた。

 先達の作品の中には女装から女性化に移行するものが多く存在するし、読者の中にも女装作品からTSに目覚めた者も少なくはないだろう。

 近年は「男の娘」なるジャンルも出てきているようだが、少年に女性らしい格好をさせているという点では女装の一形態とみなすことができるだろう。心・体共に、より女性的になった女装と捉えることもできる。


 これらのジャンルに共通しているのは、主に「男性が女性として扱われる」という点である。

 多くの女装好きは男性的な容姿を持つ人物の女装シーンを求めない。なぜなら、それは女性として扱われづらい男性だからである。

 昨今の作品で例えるならば、ライトノベル『ハカポス』において、主人公和久や「男の娘」藤吉郎、小柄なフルチンフランコの女装姿がもてはやされていても、主人公の相棒である元木の女装はあまり喜ばれない(彼はマッチョである)。


 もちろん、そうしたムリのある女装姿が好きな者もいるだろう。

 だが、我々の業界的には「他者から女性扱いを受ける・受けることのある男性」という認識が大多数のように見受けられる。

 ゆえに本書では女装ジャンルをそのように定義したい。


 以降は「なぜ女装なのか」「服装という変身装置」の2点から、TS作品とは似て非なるジャンルの楽しみ方・魅力を解説していく(大和路快足拝)。



     × × ×     



 群山学園に待望の二学期が訪れていた。

 僕たちは体育館で校歌を合唱してから、それぞれのクラスに戻り、席替えやら何やらの末に図書館へと向かう。


 休館日を経た『むらやま』は人波でごった返していた。

 昨日来れなかった常連さんたちと、夏休みに借りていた本を返そうとする生徒たちが押し寄せているのだ。

 加えてツアー客を乗せたバスも次から次にやってきている。


 僕はそんな彼らから逃がれるようにして『第2保管室』に入った。

 ドアをガチャリを閉めれば、目の前には五郎さんの日焼けた顔がある。僕が東京や遊園地に行っている間に、彼もどこかに行ったんだろうか。


「なんか久しぶりだね、五郎さん」

「…………あ、お前、小山内だったのか」


 こちらの姿を見て、五郎さんは目を丸くする。

 当然といえばそうだ。なにせ今の僕は男子生徒用のズボンではなくスカートを履いているのだから。カッターシャツの下には女性用の下着も付けている。

 ついでに言えば、前髪は姫カットだったりする。

 いつもならその良好なルックスとほっそりとした体つきから妙な威圧感を放っている身なれど、現在は定かではない。


「事情があってね」


 僕はそう答えつつ、自分の席に座らせてもらう。カバンは足元に。背もたれに自分の後ろ髪が当たるのが少しこそばゆい。

 それにしても相変わらずエアコンがないから暑いなあ。汗で透けたりしないといいけど。


「……同じクラスにいたのに、全く気づかなかったぞ」

「鳥谷部さんの真似なんてカンタンだからね。話す相手は平尾さんしかいないし。というか、五郎さんってクラスの友達多いんだね」

「そうか? あんなもんだろ」


 五郎さんは当たり前のように言うけど、始業式の帰り道から教室の入り口に至るまで、彼の周りには常に男子たちがいた。

 ホームルームが終わって『むらやま』に向かう時にも彼は色んな人に話しかけられていた。

 前の入れ替わりの時は、五郎さんが小学生になっていたから、わからなかったけど……あれがいわゆる人気者という奴なんだろう。


「鳥谷部さんは平尾さんしかいないのに」

「あれは鳥谷部が近寄りがたいからであってだな……つーか、昨日で元に戻ったんじゃねえのかよ、お前ら」


 自分の話が恥ずかしいのか、五郎さんは話題を変えてくる。

 一応、遊園地で起きたことについては、事前に伝えてあった。

 別に「付き合うことになりました!」とか自慢したかったわけじゃないよ。あれからメールを返しているうちにそんな話になっただけ。

 まあ、この件では今まで背中を押してもらってきたからね。どれだけ前に進めたか、話しておきたい気持ちがあったのは否定しない。


 ちなみに僕たちがまた入れ替わっている件については、説明すると長くなる。


「なんというか、朝になったら今日もこうなっててさ」


 僕は長机に頬杖をつかせてもらった。

 窓からの風で、足元のスカートが少しばかり揺れる。

 さすがに三回目の入れ替わりともなると、この独特のヒラヒラ感にも慣れてきた。ただ、股下がスースーするのは未だに不自然な感じがする。パンツだけで過ごしているような気分。

 ちなみにスースーという言葉は女性化した男性しか使えない決まりになっているらしいのだけど、この頃は元気印な女の子が珍しく女の子らしい格好をした時にも使うそうだ。


「こうなったって……理由は何なんだよ」


 僕の説明に、五郎さんは怪訝そうにしていた。

 彼は「二回目のキスで入れ替わったのか?」と続けてくる。

 そんなマンガみたいな、それこそ『メルモ・キス』や『矢野くんと七人の処女』じゃないんだから。


「どうも鳥谷部さんが「石室」の設定をまちがえちゃったみたいでさ」

「設定をまちがえた?」

「本当は昨日だけのつもりだったのが、手違いで朝になると毎日入れ替わるようになっていたんだって」


 彼女の弁によれば、あの「石室」にはタイマーがないので、仕方なく僕と彼女に『朝になると入れ替わる能力』を持たせる形で済ませたらしいのだけど、そこに『8月31日だけ』という文言を付け足すのを忘れていたらしい。

 おかげで、僕たちは今日も入れ替わってしまった。

 元に戻るには昨日と同じことをするか、中央ホールから「石室」に入って能力自体を消すしかない。


「……なら、今日もやるのか」

「僕としては能力を消す方向で進めたいんだよね。TS好きにあるまじき発想なのはわかってるけど、さすがに色々と心が持たないし……」

「だったらそうすればいいじゃねえか」

「それがそのね……」

「……あ、わかった。どうせ鳥谷部が理由を付けて石室に入れてくれないんだろ」

「ご名答。よくわかったね」

「あいつのやり口は心得てるからな」


 五郎さんはそう吐き捨てつつ、目元にほんのりと笑みをにじませていた。

 その細やかな仕草に、彼のどのような気持ちがこもっているのか、他人である僕にはわかりようもない。

 ただ、以前のように嫉妬を覚えたりはしなかった。彼女の身体だからかな。


「しょうがねえ。あとでステキなお姉さんにお願いしてみろよ」

「……さっき電話でお願いしたら、カップルの特殊なプレイにボクを巻き込まないでくれるかいとか言われたよ」


 僕は『むらやま』に来る前の通話を思い出す。

 仲田さんの大学はまだ新学期が始まっていないらしく、今日はマンションでボーッとしていたみたいだけど、残念ながら協力してもらえそうになかった。

 五郎さんが「正論だな……」と呟いているのはともかくとして。


 とりあえず、明日も明後日もこんな状況が続くことだけは絶対に避けなければならない。

 まず第一に毎日自分とキスをするなんて耐えがたいからね。そんなの鏡に口づけするようなもんだし、いちいち脳内がめちゃくちゃにざわめいてくれるのは(嬉しいけど)キツい。強烈なナルシストになったような気分になる。


 第二に、お互いのガマンが効かなくなりそう。

 相手が相手だけに、キスだけのはずが、やがて……みたいなことは十分に考えられる。それは絶対にイヤだ。

 同志でも現実にはしたくないことはある。大切な人だけに。


 とにかく元に戻るために――ああもう。そういうことか。

 くそったれ。またもや完敗じゃないか。完全に手玉に取られている。

 あの子は自らの肉体を抵当に出すことで、この僕を――。


「五郎さん……鳥谷部さんは僕をどうしたいんだろうね」

「さあな。入れ替わったら仲良くなれるとかいうTSFあるあるを信じてるんじゃねえの」

「もう十分に仲は良いと思うんだけど」


 こんな関係になったくらいだし。


「でも一番じゃねえだろ?」


 五郎さんは机の下から1冊のマンガ雑誌を取り出した。

 表紙には可愛らしい制服少女の絵。これは『指定有害少女 塩味しおあじちゃん』の連載が始まった号じゃないか。単行本で追うつもりだったから、ネットでわりと話題になっていたのにまだ読んでないんだよね。

 かつて『青色の日々』で左足を恋人にしてしまった先生が、今度は壮年のヤクザを中学生女子にしてしまった。

 ああ。元の肉体に戻ってから読みたい。今読んでしまうのは勿体ない。この肉体は沸き上がるエナジーの量が少ない。心のおちんちんが折れている。


「きっと、あいつはこれを超えたいんだろうな」

「え、塩味の親分を?」

「だって今のお前、本物の鳥谷部なら絶対にしないようなニヤけ方してたぞ」


 五郎さんの指摘に、僕は慌てて彼女のカバンから手鏡を取り出す。しかし時すでに遅し。僕が見た時にはいつもの鳥谷部さんの整った顔だった。

 何だか悔しいので自分なりに変顔で遊んでみるも、さほど面白い感じにはならず。

 なのに、僕を探しに『第2保管室』までやってきたらしい鳥谷部さんには「やめて」と頭をはたかれてしまった。少し痛い。


「ちょっと。自分の身体なんだから大切にしなよ」

「小山内くんが変なことするから」

「DVで訴えるよ」

「捕まるのは小山内くん」


 彼女は小山内一二三の姿でくすりと笑う。

 罪を犯しても自分の名前には傷がつかないという入れ替わりものあるあるを披露してくれちゃって。その理屈だと歯向かえないじゃないか。


 となると……あ、この感じヤバい。過去の鳥谷部さんの行動――一度目のロッカー前でのあれを踏まえると、なんかもう近いうちに身が危ない気がしてたまらない。

 考えすぎかもしれないけど男なんてみんなケダモノだ。


 僕は「トイレに行ってくる」と静かに席を立った。

 向かう先はもちろん中央ホールの地下。

 よくよく考えてみたら「石室」に入れるのは鳥谷部さん、つまり今の僕なのだから、彼女から許可を取りつける必要なんてないのである。



     × × ×     



 トラブルのあった一日目を終えて、次の日。

 自分の姿で登校した僕は一日遅れで新学期を迎えたような気分になった。

 元に戻ったら戻ったで、なんか惜しい気がしてくるのは同志の性だろう。まあ別にいい。彼女とは後ろめたさのない関係でありたいからね。


『ケチ。嘘つき。好きって言ったのに』

『嘘じゃないから』


 そんな他人に見られたら恥ずかしいメッセージの表示されたスマホをポケットにしまいつつ。

 僕は久しぶりにクラスの友達と話そうと彼らに近寄ってみる。

 いつも通りアニメの話をしているのかなと思いきや、意外にも話題は別の方向だった。


「それにしてもウチのクラスの転校生すげえよな」

「あんなに可愛いのは奇跡だろ」


 彼らの会話に、僕は気になって「転校生って誰?」と声をかけてみる。

 まさか大林宜彦の名作映画の話ではないだろうし、文字通りの転校生なんだろう。新学期だからなあ。

 対して彼らは「え、小山内って昨日休みだったっけ」「いや、いただろ。図書館の仕組みを長々と語ってたじゃん」と困惑したような表情を浮かべてくる。

 そうか。しまった。知ってるのが当たり前だった。鳥谷部さんめ、教えてくれてもいいだろうに。あと僕はそんな図書部っぽいキャラじゃないからね。


「えーと。冗談だよ」


 とりあえず、転校生の件はごまかしておいた。


「だよなー。なんか小山内、やたらとあの転校生に絡まれてたし」

「5組の鳥谷部さんと付き合ってるらしいのにあれはズルかったわ」

「いや別にズルくはねえだろー」

「そうか? 俺は普通に羨ましいけどな」


 いつのまにか彼らに彼女の話が伝わっているのはともかく。

 昨日の僕はその転校生とやらに話しかけられていたらしい。

 一体どんな子なんだろ。あんなに可愛いとか言われてたし、ちょっと気になる。


「……お、噂をすれば戻ってきたな」


 友達の一人が視線を向けた先にいたのは――たしかに華のある女子生徒だった。

 肩まで伸ばした髪とクリクリした目が特徴的だ。背筋がピンとしているのも目を惹く。なるほど。なかなかいない感じの美人さんだ。

 手先をハンカチで拭いている姿さえも様になっている。格好良い系というか、大人のお姉さん系というか。

 座席は……あ、こっちに来てる。近くなのかな。


「一二三くん。昨日はお世話になったね! 学校を案内してくれてありがとう!」

「え? あ……うん?」


 いきなり下の名前で呼ばれてしまった。

 もうわけがわからない。

 まさかモテ期なの? というか昨日の鳥谷部さんは何をしたの? 相手の女心を読んで落としちゃったの?

 うーん。わからない。わかんないよ。

 いっそこれも入れ替わりの醍醐味として受け入れるしかないのか。楽しませてくれるなあ、全く。でも後で鳥谷部さんから話は聞いておこう。


「それでさ! 今日は街のほうを案内してくれないかな、一二三くん」

「え?」

「この街は初めてなんだ。お願いしていい? マンガ一冊くらいなら奢るから!」


 転校生はポンと手を合わせてみせる。

 カッターシャツの胸の名札には遠山と記されていた。


「あーごめん。今日は行かなきゃいけないところがあって」

「そうなんだ。ならまた今度お願いするね!」


 こちらの返答に彼女は笑いながら去っていく。パチンとウィンクしているのが印象的だった。

 他の友達からは「ヒューヒュー、勿体ないねえ!」と囃し立てられたけど、こちとら放課後には用事があるんだから仕方ないじゃないか。鳥谷部さんにも申し訳ないし。

 それにしても……コーヒーやハンバーガーではなくて、マンガなんだな。


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