15-2
× × ×
京橋駅から私鉄で20分ほどのところに遊園地『こうりえん』はある。
入口で係の人にチケットを渡せば、そこはいかにもありがちな遊園地だ。
中央にそびえる火山状のモニュメントの回りに各種のアトラクションが並んでおり、どれもこれも他のパークにもありそうな品ばかりである。
具体的には、絶叫まではいかないがそこそこ怖いジェットコースター、そこそこドキドキさせられるウォーターライドなど。当然のように野外劇場では日曜朝のヒーローショーをやっている。
一言で表現するなら「遊園地らしい遊園地」といったところか。もしくは「アニメに出てきそうな」遊園地。
それが『こうりえん』だった。
ちなみに、以前河尻さんたちと来たプールはここの中にあったりする。今日は水着は持ってきていない。くそう。
「初デート。今日は全部僕が出してあげる。おごりだよ」
「いや、僕の財布から出したらおごりにはならないから」
「あなたは鳥谷部さんなのに、僕?」
「……まあ、チケット代は私が出したからいいけどさ」
にらまれたので、僕は渋々ながら私を使わせてもらう。
どうも今日はそれぞれの真似をしたいらしい。上手くやらないと僕の秘蔵品を家族に公開すると釘まで刺されている。もはや脅しの域だ。
おかげで僕は彼女の真似を強いられることになり、またもやご褒美としか思えない状況になってしまっていた。
「鳥谷部さん。僕と何に乗りたい?」
火山の前まで来たところで、彼女が訊ねてきた。
「あー、まずはバイキングかな」
別に僕と乗りたいわけではないけど。
「わかった。ならこっち」
彼女は小さく頷くと、こちらの手を引いて船型のアトラクションに向かおうとする。
彼女なりにリードしているつもりなのかな。ちょっと可愛い。
バイキングといえば、高所から落ちていく時に下半身のお稲荷さんがひやっとするのが魅力だけど、あれって女性も感じるんだろうか。
実際に乗ってみると、鳥谷部さんの身体ではあまり怖さを覚えなかった。
逆に僕の肉体は初めてのタマヒュンに戸惑っているみたいで、反応ぶりが面白かった。
このあたりの反応は性差に加えて個人差もありそうだ。
彼女の頭で下品なことを考えるのは誠に申し訳ないけど、ちょっと興味深い。
「面白かった」
「そうだね」
「小山内く……鳥谷部さん、次は?」
「何でもいいよ」
「わかった。なら次はジェットコースター」
バイキングを降りた彼女は妙にウキウキしていた。すでに朝から楽しそうではあったけど、今は遊園地の楽しさに呑まれている印象を受ける。
かくいう僕も気分は良い。やっぱりいくつになっても遊園地は楽しいもんね。
彼女に手を引かれて様々なアトラクションを巡って回る。待ち時間が短いのは『こうりえん』の良いところだ。
木製のジェットコースターに、空気圧ジャッキの音が目立つお化け屋敷、クイズを交えたダンジョン探検ショー。次から次に楽しめる。
「次はあそこ」
「そろそろお昼にしようよ」
「あれが終わったら」
そう言って彼女が案内してくれたのは、鏡の迷宮というアトラクションだった。
迷路の壁面が大きな鏡で埋め尽くされており、どこが通路でどこが鏡なのかわからなくなるのが特徴だ。
たまに間違って鏡にぶつかってしまうのはご愛敬。
僕たちの場合はついついお互いの姿を鏡に映る自分だと思ってしまうせいで、やたらと接触を繰り返す羽目になった。
目の前の小山内の姿を見て、あそこまでは直進できるなと思ったら、実物とぶつかってしまうわけである。
狭い通路の話だからぶつかってもケガするほどではないんだけど、そのたびに鳥谷部さんが「えへへ」と笑っているのがちょっとキモかった。
一方で、己が少し紅潮していることに気づき、何とも言えない気分にさせられる。
どうしてあんなのが良いんだろう。
考えごとがしたくなり、彼女を置いて一足先に迷路から出てみると、近くのベンチに座っていた人と目があった。
こいつは……中肉中背、田村じゃないか。
こんな楽しいところで1人で何をやっているんだろう。密かに気になっていると「鳥谷部さん?」と声をかけられた。
かけられた以上は返すほかない。
「ん……こんにちは、田村」
「ウチのチェカがどうしたんだ、もしかして一人で部員を見張ってるのか?」
田村は冗談めかして笑う。
お前こそ一人なんじゃないのかよ。
思わずそんなふうに訊ねそうになって、咄嗟に脳内で口調を変えていると、田村のほうから「俺は図書部の友達と7人で来てるんだ」と説明してくれた。
何でも休館日を利用して遊園地に行く計画をずっと温めていたらしい。そういえば田村、前の休館日は暇だからって僕に電話をかけていたもんね。なのに、今回の話に僕が含まれていないのはどういうことなんですかね。
「ん? どうして俺だけベンチに座っているのか知りたいって顔だぜ?」
「別に」
「そんなもん、俺がジェットコースターに乗れないからに決まってるだろ!」
「……バカなの?」
つい口からツッコミがこぼれてしまう。
しかしながら、あまりにもお粗末すぎる話だった。乗れないならわざわざ遊園地に行かなくてもいいだろうに。
「おっ。鳥谷部さんにしては珍しくソフトなツッコミ」
「今のでソフトなんだ……」
「それで鳥谷部さんは1人なのかな? 良かったら暇つぶしに付き合ってくれよ」
田村はポケットからトランプを取り出した。曰く並んでいる時に遊ぶつもりだったが、立ちながらでは遊びづらいので使っていなかったらしい。
ふと、過去にこいつが「男はバカなほうがモテる」と力説していたのを思い出す。
さっきからアホな話をしているのはそのせいなんだろうか。少なくともこの肉体に対してはどう考えても逆効果だった。
「2人だからスピードでいいよな」
「え、いや……2人。こっちは2人で来てる」
「なら、その子も合わせて3人でババ抜きやろうぜ。平尾さんだろ?」
「…………デート。デートだから!」
悩んだ末に、僕は正直に言ってみた。
すると、田村は悟ったような目をして「だったらジャマできねえな」とトランプをポケットに入れる。
そのうちにジェットコースターに乗っていたらしい図書部員たちが、ゾロゾロと田村の元に近づいてきた。男女3人ずつの合わせて6人。本格的に田村がジャマ者なんじゃないかと思えてくる。みんな蔵書班の人たちだし。
「あれ、と……鳥谷部さん? 見張りに来てたの?」
彼らはこちらの姿にビックリしていた。よほど彼女は恐れられているらしい。さすがに姫カットのベリヤとかミールケとか呼ばれているだけはある。
「いや。あの人は小山内とデートなんだとさ。それより次はみんなでメリーゴーランドに乗ろうぜ!」
「なんでメリーゴーランド……」
「いいからいいから!」
そう言って、田村は他の人たちを連れていってくれた。
単にこっちがデートだから、男として話を続ける意味を失っただけかもしれないけど、それでもありがたい。
少しばかり話しすぎたことを気にしつつ、僕は迷宮まで戻ることにする。
迷宮の出口では小山内の姿をした彼女が仁王立ちしていた。
「浮気?」
「……してないよ」
そう答える僕の右手を取って、彼女は「レストラン」と呟く。そういえば次はご飯を食べる予定だった。
それにしても――この全身にあふれる奇妙な安心感は何なんだろう。右手から伝わってくる何かの信号。
いや、由来も理由もわかってはいるんだけど、本当にこの肉体は……。