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13-3


     × × ×     


「ごめんね、胡桃ちゃん。変なマンガを読ませて。うちのアニキは高校に入ってからちょっとおかしいの」

「祐子! てめえはまたそうやってオレの株を!」

「いいじゃない。この子はあたしの友達でもあるんだから。というかアニキと胡桃ちゃんが仲良いほうがおかしいわよ。早く険悪になりなさいよ」

「別に良いだろ! なあ胡桃、オレたちは二人で一人の相棒だもんな!」

「ふんだ。どうせ小さい頃から清少納言するつもりなんでしょ!」

「しねえよ! ていうか光源氏は紫式部だろうが!」

「とにかく、幼気な少女にいやらしいマンガを読ませるヘンタイから胡桃ちゃんを保護させてもらうから!」


 祐子ちゃんは一方的にそう布告すると、胡桃ちゃんの手を引いて『むらやま』から出ていってしまった。

 人が増えて少しだけ活気づいていた『第2保管室』に、再び静寂が訪れる。静寂とは静かなる寂しさを意味する。

 寂しさ。ならば会話で盛り上げようにも、五郎さんは妹たちに自作のエロい絵を見られてしまったショックで今さらうなだれているし、かといって僕だけ独り言をつぶやくわけにもいかないし、はっきり言ってどうにもならない。


「……やっぱり伏原くんがいないと寂しいね」

「ん? ……ああ、そうだな。たしかにそうだ」


 元より自覚していた事実を、改めてお互いに付きつけ合う。

 考えてみれば、今の同志を作ったのは伏原くんなのだ。彼が僕たちを引き合わせてくれた。決して五郎さんと二人きりだと居心地が良くないわけではないが、少なくとも伏原くんが僕たちを――ひいては3人を繋ぎ合わせる役割を務めていたのは間違いない。

 それが急になくなったから、僕と五郎さんはお互いに仲が良いとはいえ「交流のやり方」に少し困っているのだろう。

 何となくマンガ作りに熱中していたのも、そういうことなのかもしれない。仲田さんが新しい同志を入れろと言ってきたのだって……。


「小山内。良いことを思いついたぞ」

「同志の件?」

「そうだ。二人きりでは寂しい、だが新しい同志は入ってこない。だとすれば方法は一つしかねえ」


 五郎さんは強気な瞳を僕に向けてくる。

 先ほどまでの落ち込みっぷりが嘘みたいだ。


「まさか、仲田さんに大学中退してもらうとか?」

「さすがにそれはオレたちで責任取れねえだろ。そうじゃなくてだな……オレたちならではのやり方を試してみようぜ」


 彼はそう言うと、いつものようにスケッチブックを机の上に出してきた。

 あまりにも多用しているせいで、僕が知るかぎりでは9代目くらいのスケブである。五郎さんは暇さえあれば落書きをしている。


「スケブ……同志の募集広告でも出すの?」

「お前が釣られたっていう『TS部へようこそ』の話か? オレとしては、結局あれだけ釣り針を仕掛けても引っかからなかったということは、もうオレたちの学校には同志がいないってことだと思うんだが」

「そんな。1人見つけたら100人はいるらしいのに」

「オレたちは虫かよ」


 五郎さんは苦笑してから、スケブに何やら描き始める。

 ちなみにイラストサイトにとても素晴らしいTS系の絵が投稿された際に、わらわらと趣味の人が寄ってくる様子は、非常に生物めいていたりする。きっと毎日本能のまま「TSF」「女性化」のタグを連打しているんだろう。自分がそうだからね。


 やっぱり文章よりイラストのほうが訴求力があるよね……なんて内心で考えていると、五郎さんが出来たてのスケブを見せてきた。

 あろうことか、なんと文章だった。


「……新しい同志を作ろう?」

「そうだ。いかにもTSFが好きそうなキャラクターをオレたちの手で生み出すんだ。でもって、そいつを「石室」の力でリアルにしてしまうんだよ」

「なかなか恐ろしいことを口走ったね、五郎さん……」


 しかしながら、不可能な話ではない。

 僕たちの知っている「石室」は現実を歪めるだけの力を持っている。伏原くんの例を思い返せば、おそらく新しい人間を作り出すことも可能だろう。

 ただ、その行いに責任を持てるかとなると……マンガのキャラを作るのとはまさしく別次元の話だからなあ。

 手に余るから消す、なんてことは到底許されない。


「本当に作る気なの?」

「半分は冗談だが、ちょっとだけ考えてみないか」


 五郎さんはスケブのページをめくると「まずは名前からだな」とペンを手に持つ。

 名前かあ。五郎さんとマンガを作り始めてから知ったんだけど、意外と人物名を考えるのって楽しいんだよね。


「名前……両性院とか?」

「群山学園では別に生徒会と不良が争っちゃねえし、日本には変な能力者もいねえよ。ていうかお前、あれはまだ貸してねえだろ」

「読んでなくても主人公の名前くらいは伝わってくるし」

「とにかく、もうちょい普通の名前でだな」


 五郎さんは「例えば横山とか、岩貞とか」と呟く。

 どっちもわりと珍しい気がする。


「なら岩崎はどう?」

「ん、まあいいだろ。次は下の名前だな。翔也なんてどうだ。今時だろ」

「良いんじゃないの」

「よっしゃ!」


 五郎さんはスケブに「岩崎翔也」と書き入れる。字面だけなら爽やかな印象だけど、彼もまたTSを愛してやまない咎人になるわけだ。

 続いて容姿を考えることになる。


「オレやお前と伏原とは似つかない容姿にしたいな」

「ずばりイケメンだね」

「まあ、そうなるか。あとは体型だが」

「五郎さんがマッチョで、僕と伏原くんが普通だから……太らせる?」

「デブのイケメンとはまた絵描きのセンスが試されちまうな」


 五郎さんは眉間にシワを寄せて、しばし目をつぶる。

 やがて何かを思いついたようにギロリと開眼すると、デザインのラフを描き始めた。

 僕が本日3杯目の紅茶を入れた頃には、メガネで太っていて、いかにも悪だくみしてそうな笑みを浮かべるイケメンの岩崎翔也くんが誕生していた。


「『吸血鬼以下略』のデブの中佐をイメージしたぞ」

「そんなロンドンを火の海にしそうな人とは友達になりたくないなあ」

「ちなみに好きなTS作品は『居城喫茶店の情事』と『いただきペペロンチーノ』だ」

「すごく仲良くなれそうだよ」


 ウチの高等部の制服の上から白いジャケットを羽織っている岩崎くんと、僕は思わず握手がしたくなる。

 しかしながら、今の彼はあくまで紙上の存在にすぎない。

 だからといって「石室」で現実にしてしまうのは……うーん。ぶっちゃけそこまでするほど困っているわけでもないからなあ。


 結局のところ、僕たちはあの三人での関係に慣れ親しんできたからこそ寂しがっているわけで、本当にやるべきは今の僕たちの関係を上手に作り直していくことなんだろうな。

 僕は五郎さんが好きだし、五郎さんもきっと友達だと思ってくれているはずだから、それは別に難しいことではあるまい。

 同志は「伏原くんがいない」の次に向かう時に来ているのだ。


「あのさ、五郎さん」

「なんだ」

「僕は別に新しい人を入れなくても……」

「ブナズィーワ! 2日ぶりにみんなのお姉ちゃんがやってきたよ!」


 まるでラブコメ作品の告白シーンをジャマするかのようなタイミングで部屋に入り込んできたのは、例によってメイク以外はピエロな格好の女子大生だった。

 やれやれ、これで五郎さんは小山内ルートに入らずに済んで、今の状況を維持することができた。まだまだお話は終わらないのである。家に帰ったらキムチを食べながら爆睡することにしよう。


 冗談はさておき。

 仲田さんはお土産の一銭焼きを五郎さんの口に放り込むと、机の上にあったスケブの岩崎くんに目をやった。


「……新しい同志を作ろう? どういうことだい、小山内くん」

「いやその、あまりにも釣れないので、いっそ架空の同志を作ってみようかと」

「女性化後の姿はないのかい?」

「岩崎くんにそんな予定はないです」

「そっか。なんだか迷走してるみたいだね。まあ明佳もボクが卒業してから2年くらい1人ぼっちだったわけだし、すぐに見つかるはずもないか」


 彼女は「そもそも見つけたところで同志になりたいと思ってくれるかは別の話だしね」と、いたずらっぽく笑みを向けてくる。

 その点については、とある小山内くんもそれなりに時間がかかりましたからね。


「ま、あれだよ。急がなくてもいいからさ」


 そう言って、仲田さんはビニール袋から一銭焼きの皿を取り出した。

 お好み焼きをかなり安くしたような品(昔は本当に1銭で売られていたらしい)で、このあたりでは粉もののジャンクフードとして人気がある。

 ありがたく口に入れさせてもらうと、ちょうど食べ終えたばかりの五郎さんが「その岩崎くんを石室で作ろうって話もしていたんですよ」と代わりに話を続けた。

 おいおい。それは伝えないほうがいいんじゃ。


「石室で新しく人を作る? なるほど。面白いかもしれないね」

「えっ」

「あら、小山内くんはそう思わないのかい。ボクはロマンがあると思うよ。キリスト教の創造主になったみたいでさ」

「ロマン……ですか」

「もっとも、実際に作るとすると『書き換え』より遥かに時間がかかるだろうけどね。なにせ出生から現在にいたるまで設定しないといけないし、彼と関わる人たちの記憶まで作らなきゃいけないんだよ」


 仲田さんは「ざっと半年はかかるね」と僕たちを指さした。

 半年。この中佐に似た人のために半年を捧げないといけないのか。


「やめときます」

「オレもやめときます」

「だよね!」


 徒労に終わったようで、がっくりと肩を落とした僕たちに、彼女は「どちらかがボクと同じことをして、この翔也くんを産んでみるほうが手っ取り早いよ」と旨そうに一銭焼きを頬張った。

 何となく人物名を決めるあたりから「家族計画みたいだな」と感じていた身としては、彼女の提案がなまじ不可能ではないだけに何ともいえない気分にさせられた。


「ま、しばらくはオレたち2人だな」


 そう言う五郎さんの顔は、どこか晴れやかだった。

 これで口にソースがついていなければ、もう少し格好良かっただろうなあ。


13話から16話に出てくる作品をまとめてみました。

元ネタがわからない時にご覧くださいませ。

http://ncode.syosetu.com/n8042ck/23/

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