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12-3


     × × ×     


 はてさて。

 女子大生のおかげで伏原くんを「石室」に手引きした奴の名前がわかったまでは良かったんだけど、肝心のそいつが旅行に行っているのでは話にならなかった。

 何なら「石室」の力で呼び出すなり、旅行先まで同志たちで出向くなりしても良かったかもしれない。

 ただ、当時の僕たちには別のアイデアがあった。

 それは今日のライブハウスにつながる「呼び水」であり、伏原くんの気持ちを確かめるためのリトマス試験紙でもあった。


 7月28日。

 この日、僕たちは手引きした当人がいないのをいいことに、『むらやま』のあらゆるエリアにライブのポスターを貼りまくっていた。

 また仲田さんのSNSに自分たちの仮装写真を載せてもらうなどして、どこかにいるであろうあの子にイベントの件を伝えようとした。


 彼にとっては「仲の良い友人たちが、変な格好でライブのステージに上がる」という、本来なら気になってしょうがないであろうイベントである。

 僕なら伏原くんがテレビに出たりしたら絶対に録画しておくからね。その気持ちを彼に期待したのだ。

 ひいては、ライブにやってくるという行動で返してくれることを祈ってやまなかった。


「もしも伏原に伝わらなかったとしたら、それはあいつが同志よりも大切なものを見つけたってことだろうな。つまりオレたちは完全にフラれちまったわけだ」


 五郎さんは「逆にあいつがオレたちを少しでも気にかけてくれてるなら、きっと伝わるはずだ。まちがいねえ」と明るい笑みを浮かべて、持っていたポスターの束を上坂さんと弓長さんに手渡した。

 河尻さんの命令で、彼女たちも手伝ってくれることになっていたのだ。

 ライブの件を伝えたら「絶対に見に行く」と言ってくれた上に、ここまでしてくれるんだから、ありがたい話である。いずれお礼はしておかないとね。


「他ならぬ河尻様の命令とはいえ、なぜに我々まで……」

「今までも委員長のポスターを貼ってきたんだろ?」

「あれは河尻様の偉大さを伝えるためのポスターだ。今回のポスターはお前らの宣伝ではないか。私たちが手伝う義理などない!」


 五郎さんにポスターを突き返そうとする上坂さん(中学3年生)だったが、当の河尻さんが近くに来ていたので「ぐぬぬ」とポスターを貼りに向かった。

 後から見に行くと、わざと逆さまに貼ったりしていて、大人びた見た目のわりに子供っぽくて笑っちゃったなあ。おっぱいの大きさと心の成熟は比例しないらしい。


 ちなみに、肝心のポスターはこんな感じだった。


『ライブモンスター・ペーペーシャ 神戸のライブハウスに這い出る!』

『本校卒業生に加えて、図書部の現役部員も這い出る!』

『WANTED!』


 虹色のワードアートによるアオリが、仲田さんたちバンドメンバーの集合写真(暗くてわかりづらい)を飾っている。

 一応、僕たちの姿も卒業写真の欠席者のような形式で載せられていた。


 アオリの「這い出る」については、ホラーっぽさを出すために連呼しているらしい。なんでも仲田さんたちのバンドは若干のホラーテイストをウリにしているそうだ。

 別に『這いよる! 邪神さん』からインスピレーションを得たわけではないとギターさんが言っていた。

 邪神さんといえば、主人公と邪神の入れ替わりシーンがあったりするんだけど、それはさておき。


 若者たちが怪しい格好をしているポスターは、高齢者の多い『むらやま』のお客さんには不評だったが、一般の生徒たちには「いつもの古いディストピア的な宣伝ポスターよりマシ」だと評されていた。

 河尻さんのポスターは、あれはあれで面白かったんだけどね。

 労働者! 団結! みたいな感じがして。作ってるのは権力者だけど。


「……ライブ。いきなり何のため?」


 ギターさんが作った安っぽいポスターを『サイエンスエリア』の掲示板に貼り終わったところで、鳥谷部さんが話しかけてくる。彼女の手にはポスターが数枚あった。どうやら他の委員と同様に河尻さんから指示されたらしい。


「何のためって、例の友達のためだよ」

「消えちゃったのに?」

「消えちゃったから、出てきてもらいたいんだ」

「ふーん。神話みたいな話」


 彼女は「天岩戸」と呟いた。

 たしかに、伏原くんに出てきてもらうためにライブをするのはあの神話に近いものがある。こっちは元からあったライブに参加させてもらう形ではあるけどね。


 なお、日本神話にもヤマトタケルが九州征伐において女装するシーンがあり、その姿で敵方の宴に忍び込んでいたりする。

 大和路先生によると、中国では『梁山伯と祝英台』の物語から異性装に対してネガティブな印象がないとされ、日本の古典はその中国の影響を受けているそうだが、曰く「ヤマトタケルの物語の方が成立が早いため、彼の女装は単純に日本人の好み」らしい。

 先生は日本史の人ではないから、そのまま鵜呑みにはできない話だけど……かの『とりかへばや物語』といい、性的に歪んだ話が大昔からあるのは非常に興味深い。


 ふと鳥谷部さんに目を向けると、彼女は柱の前で身体を強張らせていた。


「どうしたの?」

「こんなの貼ったら『むらやま』が泣きそう」


 僕の問いかけに、彼女は泣き出しそうな表情で答える。

 その気持ちはわからないでもなかったけど、文句はポスターを作ったギターさんと、どこかに消えてしまった伏原くんにぶつけてほしかった。


 あの子は本当に来てくれるんだろうか……その答えはライブ当日になってもわからず、いよいよ次の曲が始まるのです。



     × × ×     



 7月31日。神戸のライブハウス。

 仲田さんを先頭にステージに上がったペーペーシャの面々が、サポートメンバーとして僕たちの名前を呼ぶ。


 客席は直前に演奏された村下孝蔵『同窓会』のおかげで若干しんみりとしていた。

 それを歌ったおじさんバンドの人たち、中学生たち、変な詩吟を詠んでいた人、セミプロとしてやっているらしいバンドマンたち。そして彼らそれぞれの知り合い。

 ごった煮のような客席の中に、僕たちが目当てとする人物は見当たらず、代わりに鳥谷部さんと平尾さんがこちらに手を振っていた。近くには河尻さんたちの姿もある。

 後方の売店のあたりに来ているのは、以前五郎さんが憑依していた小学生の女の子なのかな。上本胡桃ちゃんだっけ。その横にいるのは五郎さんの妹さんだ。2人とも五郎さんが呼んだのだろうか。楽しそうに売店のポテトフライを分け合っている。


 それにしても……これだけ知り合いがいても足がガタガタしてしまうあたり、やはりステージの上というのは特別な場所らしい。

 五郎さんもマイクの高さを合わせながら目を泳がせている。

 4日前に『仲田さんのライブに飛び入り参加したら、伏原もひょっこり見に来るんじゃねえか?』と発案したのは彼なのに、明らかにテンパっていた。白衣の下で大きな身体が揺れている。


「五郎さんってスポーツ出身だから、目立つのは大丈夫そうなのにね」

「あのな小山内。スポーツならある程度は活躍できるだろ。歌は苦手なんだよ」


 彼は気まずそうにステージ中央の仲田さんたちに目を向けた。

 僕たちが任されているのは楽曲のコーラスだ。とはいっても、他のメンバーにもマイクが用意されているので、コーラスのサポートといったほうが正しいかもしれない。

 3日かけてタイミングは合わせてあるし、そんなに出番もないから焦らなくても大丈夫だよとはアドバイスを受けていた。


 そのはずが、まさか僕も五郎さんもここまで足が竦んでしまうとは。

 全ての責任をあの子に押しつけるべく、あらためて客席を探していると――僕はふと、そもそも彼が「あの姿」のまま来ているはずがないと気づいた。

 だって、彼は彼女になっているはずなのだから。

 犬っぽくてクリクリした少年のイメージが自分の中で急速に失われる。


「ねえ、五郎さん」

「なんだよ」

「今の伏原くんってどんな格好してるんだろうね」

「え? ……あっ」


 タイミングよくヒゲメガネを床に落とす五郎さん。

 うーん……こうなると、どうやって探せばいいのやら。


 しかしながら時は無情で、やがて海兵隊の格好をしたベースさんが「自分たちはペーペーシャといいます」と自己紹介を始める。

 てっきりボーカルの仲田さんがやるものと思っていたら、彼女は歌うだけでありMCは他の人に任せているみたいだ。


「さっきも軽く紹介しましたが、今日は仲田の友人たちが助っ人に来てくれてます。せっかく変な格好をしているので笑ってあげてください」


 小さくお客さんの笑いを取ってみせるベースさん。

 ハスキーな声にはどことなく色気があって、彼女に「いくよ」と合図を出されると、すぐにも反応できた。

 ドラムさんがバチを叩けば、みんなが一斉に手を動かし始める。


 1曲目『地球オーケストラ』。

 2曲目『ひなげし』。

 平成初期の人気曲を拙いながらもやり終え、いよいよ次の曲が最後の演目となる。


 コーラスの合間に目を皿のようにして客席を眺めていたけど、残念ながら未だあの子を見つけることはできていなかった。

 仲田さんも汗だくで「見つかった?」と訊ねてきたあたりダメだったらしい。五郎さんについてはコーラスだけでアップアップなので期待してない。


 伏原くん……本当に来てくれてるのかな。

 ひょっとするとライブの情報が伝わる・伝わらない以前に、大阪から出てしまってるのかもしれない。

 別に新しい人生を送るのに地元にこだわる必要はないからね。

 その行先は海外かもしれないし、地球の外かもしれないし……あるいは、僕たちとは異なる世界で人間ではない姿をしている可能性だってある。


 そんな彼が、どうやって今回の小さなライブを知るだろうか。

 仲田さんが「生物学上は女」とか書き込んでいるバンドのSNSならば、地球のどこでも見られるけど、そもそもあの子はおちんちんのない新生児として生まれ直している可能性さえあるのだ。


『もしも伝わらなかったとしたら、それはあいつが同志よりも大切なものを見つけたってことだろうよ』


 五郎さんは(あろうことか発案者のくせに)そう宣っていたけど、色んな理由からライブの件を知りようがなかった場合も十分に考えられる。

 だから……この1回だけで彼との縁が切れたなんて、僕はできれば思いたくない。

 あきらめるには都合がいいかもしれないけど、彼が何度も「同志になりましょう」と手を伸ばしてきたように――今度はこちらから手を引っ張りたい。

 たとえワガママでも、伏原くんには僕の世界から消えてほしくない。


 気づけば、3曲目の『ギミー! レボリューション』の演奏が始まっていた。

 アイドル声優のハイトーンな楽曲ゆえに男性のコーラスは必要なく、僕たちはただステージの端でリズムを取っているだけでいいんだけど……おかげで、落ち着いて客席を見渡すことができた。


 ――――いた。

 ほとんどのお客さんがステージに目を向けている中で、たった一人だけ帽子を深くかぶっている少女。目を伏せているのに右手にはスマホなど持たず、時折ステージに視線を向けて――わずかに目が合った。

 マスクを付けていたから、その人相まではわからない。

 服装だって、大き目のパーカーだったから本当に少女なのかすら不明だ。

 けれども、会場から逃げた時点で全てが丸わかりだった。


「小山内くん、五郎くん、あの子をギミーしてあげるんだよ!」


 汗だくのピエロが楽曲の内容に合わせた言葉で、僕たちをステージから立ち去りやすくしてくれる。

 ありがとうございます。僕と五郎さんは客席とバンドの皆さんにお辞儀して、ステージの脇から外へと向かった。

 夜の空気が、向かい風となって僕たちを包み込んだ。



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