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     × × ×     


 忘れ物カウンターの内部にある小さな部屋『第2保管室』。

 その名のとおり忘れ物を保管しておく場所なのだが、かなり前からTS作品を愛してやまない「同志」による秘密基地と化しており、天下の委員長に知られてしまってからも黙認される形で続いている。


 僕がここに加入したのは2ヶ月前のことだ。

 当初は女の子になる作品が好き、女の子になってみたい――そんな外面の良くない妄想を表にさらけだすことに抵抗があったけど、伏原くんの狡猾さに絆されて、五郎さんの絵に魅せられて、いつのまにかこの部屋にいるのが当たり前になってしまった。

 今では「萌えの自給自足」を目的とした作品作りに自分から介入しているほどである。これを成長と呼んでくれるのは今のところ同志だけだ。


 もっとも「ファンタジー世界に放り込まれてから、老衰で死を迎え、現地で女魔法使いに生まれ変わって、どうにか魔法の力で日本まで戻ってきたものの、不法滞在の外国人扱いだから生活に困る」といったあらすじだけで『千葉発魔法の国行き』とタイトルを出せる同志の力をもってしても、自分たちの作品を一から作るのは難しいみたいだった。


「うううう……」


 伏原くんが犬っぽい毛並みをかきまぜている。

 あまり眠れていないのか、つぶらな目の下にクマが出来ていた。

 自分としてはストレスを抱えている人に話しかけるほどマヌケではないつもりなので、のんびりマンガを読みながらペットボトルの六甲水を飲ませてもらう。すると、彼の方からクッキーが投げつけられてきた。

 右手でキャッチすると、今度は「アイデアください」とせがまれる。


「アイデアなら萩やんからのアドバイスを伝えたじゃないか」

「たしかにヒロインが多すぎるというのは目からウロコでした。なにぶん一ヶ月も話し合いしたせいで、内容が大盛りになってましたからね」


 彼は「お話を作る時には案外削ることも大切みたいです」と続けた。

 その上で、


「けれどもヒロインを減らしたせいで、足りなくなったものもありまして」

「足りなくなったもの?」

「センパイにはわかりませんか。それぞれのキャラ立ちですよ」

「ああ、なるほど」


 伏原くんの言いたいことは何となく伝わってきた。

 元々ヒロインが6人いたところをダブルヒロイン制に変えたので、そのぶんヒロイン1人あたりに分け与えられるページが多くなったのだ。

 おのずと彼女たちは内面まで掘り下げられることになる。プロフィールだけでは読み取れないものをガンガン描写していかねばならない。それには入念に組まれた性格の設定が必要になってくる。


『変身モノは時間をかけて変わっていくのも楽しいね』

『小生はすぐに変身するのも好きですね。シークエンス絵も好きです』

『女装がバレてからの赤面に対する「可愛いじゃん」の一言が世界を救うんだよ』

『ボクは捨てたはずのTS娘がいつのまにかタバコを覚えていたとか、復縁したはずなのに彼女がタバコをやめられないとか、そんな後悔を強いられるシーンが好きかな!』

『仲田さん……』『仲田センパイ……』『コメントしづれえよ……』


 ところが、今までの話し合いでは、こんな感じでジャンル別のシチュエーションの良さばかりを追求していたために、肝心のヒロインたちの性格や設定までは詰め切れていなかった。

 せいぜいが「内気な子だから」くらいのもので――つまるところ、今のままでは女性化するだけの人形でしかない。


 そんな状態ではお話を作るにもムリが出てきたんだろう。

 かの大和路先生も「作中で男性としての歴史を重ねていたほうが、女性化した時のカタルシスがある」としている。対照的に「男性時代の姿が見当たらない作品は好きではない」とも。


「なら、今からキャラクターの性格と設定を考えてみようか」

「それが手っ取り早いかもですね……ふわあ」


 ぽっかりあくびをしてから、伏原くんが椅子ごと近寄ってきた。

 やどかりみたいな動きがどことなく子供っぽい。


 ちなみに先生によると、父や兄がTSさせられることが多いのは「無言で男性史を示せるからではないか」とのことだ。

 もちろん「禁断の蜜が甘いから」とも。


 他のジャンルと同じく、TSモノにおいても血縁ネタは鉄板なのである。

 例えば兄と妹が入れ替われば性別だけでなく年功序列まで変わるから、よりギャップを楽しみやすい。加えて妹の友人が兄に惚れていたりしたら、密かな恋心を思わぬ形で知ってしまうパターンを絡めて、それだけで読み切りくらい作れそうだ。

 兄妹モノからの流れで、五郎さんに教えてもらった『姉が弟で弟が姉で』をまだ手に入れていないことに気づいてしまい、僕が今月のお小遣いに不安を覚えていると……中学生が「センパイ」と指先で脇腹を突いてきた。

 見れば、幼い顔が心配そうにこちらを見つめている。


「ああごめん。マンガのキャラクター作りだったね」

「はい。まずは変身する方から行きましょう」


 彼はスケッチブックをぺらりとめくった。

 すでに五郎さんの手により全キャラクターのデザインは完成しており、各ページには平凡な少年と可憐な少女がセットで描かれていた。変身の前後で容姿に差があっても身につけているものは同じなのが五郎さんのこだわりらしい。そういうのは僕も好きだ。


「えーと。この子は主人公の友人なんだよね」

「ひょんなことから女の子に変身しちゃう子です。それ以外の設定はありません」

「うーん。見た目からして平凡そうだから気弱なのかな」

「なるほど気弱ですか。でしたら勉強が出来るなんてのも定番ですね。主人公と二人きりで勉強会をすることになってお互いを意識してしまうんです」

「ベタベタだね」

「ところで、センパイはどんな女の子が好みなんですか」

「えっ」


 なにぶんいきなりの問いだったので、僕は答えに詰まった。

 それから少し考えてみても明確な答えが出てこなかったため、仕方なくこちらも質問で返すことにする。


「それってマンガと関係あるのかな?」

「あ、いや。だってこのマンガは元々センパイのために作っていたわけですし、ならセンパイの好みに合わせたほうが良いような気がしまして」

「あーそういうことか」


 どうやらこの子なりの気配りだったらしい。

 僕は「別にそれにこだわらなくてもいいよ」と答えつつ、伏原くんの言うところの『好みの女の子』が元男であることを念頭に入れて、


「……そもそもなんだけどね。僕はTS作品が死ぬほど好きなんだけどさ。たぶんTSした人を好きにはなれないんだよ」


 自分なりのスタンスを話してみることにする。

 すなわち、自分がTSしたい(元男になりたい)のであって、他の元男を恋人として捉えることはできない気がしていた。

 これは中学生ちゃんの話でもある。あれから「お友達」を続けているものの、僕にはあの人と結ばれるつもりはまるでない。


 世の中には「女性化させた子をいじめたい」とか「めちゃくちゃ女の子扱いしたい」とか考えている人もいるし、そんな妄想を作品にまとめたものを自分もまた楽しむことができたりするんだけど、あくまでそれは二次元での話だ。

 小説であれマンガであれ、女性化による心の変容を「第三者」が説明してくれる世界だからこそ、僕はその変化に萌えることができる。

 逆に何を考えているのかわからない三次元においては、残念ながら僕のスタンスではTS娘に恋することはできないだろう。少なくとも生粋の女性に対してアドバンテージを持たせることはできない。


 もっとも女装の時と同じように「相手が元男である」と知らない状況ならば、あるいは相手が望まぬ形で女性化した人であれば恋愛も可能かもしれない。自分の中で「三次元の元男」の定義が自らその道を選んだ者になっているのはたぶん二人ほど知り合いがいるからだ。

 いずれにしろ、ぶっちゃけお前の容姿で相手を選べる立場なのかと問われると、ぐうの音も出ないんだけどね。


 なんて、内心で考えていると……不意に、股の間から白い紙が「にゅう」っと飛び出してきた。

 当然ながら、僕の下半身は印刷機ではない。


「……何やってるの五郎さん」

「お前がいきなり入ってきたもんだから、咄嗟に身を隠したら、なんか出るに出られなくなったんだよ!」


 五郎さんは机の下から出てくると「入る前にノックするって決めただろうが!」と怒りをぶつけてくる。

 そういえば……同志以外にもここの存在を知られてしまったから、今後はノックをしてから入るようにしようと同志で決めたんだっけ。

 我ながらすっかり忘れてしまっていたので「ごめん」と告げておく。

 ちなみに白い紙には蛇の絵が描かれていた。その横には「オレとお前の仲でもダメだ」と飾り文字が添えられている。何のネタなんだろう。


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