台風
台風の時期ですので、珍しく船時代の話をしようと思います。
台風など気象条件が悪い場合、飛行機と同じく船は欠航することがありますが。
この、欠航する場合としない場合の差はなんだと思いますか?
答えは……。
そのときの船長次第、です。
そうなんです。
その時に乗船している船長の性格、その時の気分に左右されます。
だから、めちゃくちゃすっごい爆弾低気圧ってニュースでバンバン言ってますけど? ていうときにも、船を出す船長もいるし、ええ? こんな程度で欠航しちゃうんですか? て船長もいます。
欠航には大きな金額的損失もありますが、大時化で船を出してしまった場合も貨物等が破損する等の(保険には入っていますが)リスクがあります。どちらをとるか、ですね。
私が入社する前には、「海の暴走族」という異名を持つ船長がいたそうで。(どうなんですかね、この異名)この船長は欠航をめったにしなかったとか。やんちゃで着岸時に、岸壁を何回か破壊したとか。そういう嘘か本当かわからない話を聞いたことがあります。
さて、欠航になると、乗組員のほとんどはフリー。
わあい、乗船中なのに休日だあ! 遊ぶぞ! というアゲアゲのテンションになるわけです。
が、私の部署はちがいます。テンションは変わらず。
なぜなら私たちは調理員だから!
他の部署のみんなが遊ぶ中、乗組員の食事をつくる普段通りの仕事があるわけです。(普段よりは楽になりますけどね)
これが、欠航にならず大海原に繰り出すと、程度によりますが、まあ大変です。
揺れる、揺れる、揺れる。
吐く、吐く、吐く。(乗組員も乗客も)
私は船酔いには相当強い体質で、かなりの揺れのときにもちょっと気持ち悪いぐらいで吐くことはなくラッキーでしたが、船酔い体質の乗組員はもう目も当てられません。かなり強い薬を飲んでも効かない。&薬の作用で超眠い。
余談ですが、船酔い(フェリーの揺れ)には強い私も、ブランコで酔います。揺れの相性、というのがあるんですね。
上下にぐわんぐわん揺れる漁船の漁師さんがフェリーのふわふわした揺れにグロッキーになることもあります。
(フェリーにはスタンビライザーというヒレのようなものが船体の両脇についてまして、なるべく揺れを少なくするようになっています。かえって、このふわふわした揺れが苦手、という方が多い)
どうしても次の港の入港時間には予定より遅れることになりますので、こういう場合、レストランは無料で営業します。
……みんな、船酔いで気持ち悪いんだからレストランには来ないだろ、と思われましたかね、皆さん。
ところが、それが、無料の威力。
皆さん、青い顔をしてレストランにいらっしゃいます。
蒼白で食事をお召し上がりになります。
そして、結果は……リバース! ですけどね。(笑)
少々の揺れのときは、このように営業しますが、レストランも厨房も揺れに応じた動きが必要になります。
袋が間に合わず、乗客の方が吐かれそうな場合は、手で受け止める。(後の、絨毯の掃除が大変だから)
たまに、強い揺れが発生するときがありますので、揚げものをしてる際は、油が飛び出してくるのに注意。(命がけですわ。揺れて自分が油の中に入らないよう、命綱をして揚げ物をしたという昔話も)
台の上をメニューがのった皿がすべって床に落ちようとするのを、受け止める。少しでも滑りにくくするためにラップをしいたりするという工夫をすることもありました。
一度傾いた場合は、直後に逆に傾くということですので、それを予想して頭上から落ちてきたり、すべってくるものがないか、などという先を読んだ行動を常に行うわけです。
相当に揺れが強いときは大変。
大浴場は転倒すると危険ですし、(浴槽の湯は大しけです。溺れそう)閉め切ります。
レストランも閉め切り。お皿ごと食べ物が飛んでいきますからね。
皿や飲料、調味料は、ロープを張ったり鍵付きの棚にしまうなどして割れたり倒れたりしないようにするのですが、それも間に合わないときがあります。
フライヤーから油が飛び出してベタベタ、卵が割れてぐちゃぐちゃになった床を見たときはウンザリします。
レストランでは皿が割れ、ビヤ樽が転がり(凶器ですよ)あまりにひどい揺れだとテーブル、イスもぶっとんで、部屋のすみにかたまることもあります。
まだ揺れている中、皆で後片付け、掃除、そして再び元の状態にキレイに戻すというのは本当に疲れます。
あ、揺れてる状態というのは本当に疲れるんですよ。
常時、体勢を保とうと足には力が入ってますので、時化ているときはそうでないときに比べるとかなりカロリーを消費します。
就寝時も揺れが強いと、熟睡はできない。
今までにびっくりするぐらいの傾きを経験したのは私は一度きりですかね。
つんのめりそうな傾きがきまして、私は壁際の頭上の棚にある番重が飛び出さないように手で押さえました。そして、その直後、さらにそれ以上の逆の傾きがきまして。
痛っ! 私はお尻にかなりの衝撃を感じました。
てっきり、先輩の誰かが私のお尻を蹴っ飛ばしたのかと思いましたが。
違いました。
犯人は反対の壁にあった番重!
反対側の棚にあった番重が、傾きで飛び出し、私のお尻を直撃したのです。
このときの傾きで、レストランのテーブル、椅子はぶっとんで、壁際にかたまってました。
乗客の中でも転倒されたお客様がいらっしゃいました。
乗組員の部屋に戻ると、すごいことになっていました。
部屋のテレビのコンセントが抜けて、壁際のベッドにぶっ飛んでました。
「あたし、寝てなくてよかったよ!」
A先輩が興奮して叫びました。
「あたし寝てたら、テレビが頭に直撃して死んでたね!」
いやいや、さすがにこんな揺れの時はA先輩も眠れないでしょう……どうかな、A先輩なら寝てるかも。
ちなみにA先輩と私は船酔いしないトップ2の乗組員でした。
二人とも、少々の揺れなんか、体に感じない。というか、分からない。
陸上に下りた時も、地震が起きているのが分からない、というほど感覚が鈍っていました。
震度3くらいにならないと、揺れを察知できない。
これは、まずいですね。
退職して船を下りた後も地震が察知できずに、大丈夫かな、と思っておりました。
そして、現在。
震度1の地震でも、察知できるほど感覚は回復しました。ほ。
私も、陸の人間に戻ってしまったという証拠ですな。