事故2
次の日、姉から電話で話を聞いて、私はびっくりしました。
長女の頭蓋骨にヒビが入って、気脳症(脳の中に空気が入る)を起こしている、左腕上腕骨を骨折していると。
骨折した位置が成長に関わる部分だと、成長期に骨が伸びないかもしれないと。でも先生の見立てでは、その位置からはズレているらしいと。
画家のロートレックを思い浮かべました。
あの人は脚やったけど、ジャイ子は腕がそうなるかもしれないということやろうか。上腕だけ、一歳の長さのままになるということ?
いや、先生はその位置からはズレてはるとおっしゃってるらしいし。
姉が写メールを送ってくれました。
左頬にタイヤの跡がくっきり残ってる長女の顔があまりにすさまじくて、どきりとしました。
小さい腕に点滴が固定されてる様も痛々しい。
思いの外元気なようで、顔はちょけた表情をしているのですが。
一番小さいジャイ子が災難を全部背負った形になってしもてんな。
かわいそうに。
全然泣いてないけど、痛くないんやろうか?
骨折やで? めちゃめちゃ痛いんちゃうの?
早く退院してジャイ子の様子を見に行きたかったのですが、恥骨が痛くて車椅子や歩行器なしでは移動出来ない程で、歩行できるまで三日間入院しました。
(レントゲンを撮ってもらったのですが、私の骨盤に異常があるわけではなく、おそらく痛みの理由は赤ちゃんが下がってきて骨盤を押しているからではないだろうか、と言われました)
ジャイ子の入院中の付き添いは父と母、私の姉が交代でしてくれて本当に助かりました。長男も、神戸にいる姉が連れて帰ってしばらく預かってくれまして、感謝してもしきれません。
主人も緊急下船できることになりまして、主人の代わりに急遽交代で乗ってくださった方には本当に申し訳ないです。
夜、ジャイ子の付き添いをしてくれた姉が、私の病院にそのまま来てくれました。
『頭蓋骨も腕も、若いから安静にしてたらすぐにくっつくんやて。脳に入っている空気も時間とともに抜けてくるらしいわ。日にち藥、やねんて』
もし、脳に空気がどんどん入ってくるようなら耳や鼻から髄液が漏れ出してくるし、今のように元気な様子ではいられないと。これから空気は徐々に吸収されていくはずだと。
腕の骨折は、痛くないから泣かないのだろうと。そこには痛みを感じてないようです。
一番痛いのは顔の傷で、滲出液が出てじゅるじゅるになってきているとか。
やはり車が乗っかりましたので、微妙に片側の頬骨は押されて少し内側に入っているようですが、顔が左右対象の人はほとんどいないし、気になるほどではないようです。女の子なので容貌に関する後遺症は出てほしくないなあ。
病院にいる私に警察署から電話がかかってきました。出ると、事故の調書を作成するので退院後時間のあるときに病院の診断書を持って来てください、とのこと。そして
『お嬢さんが元気に泣いてはったので、大丈夫ですよ、と言ってしまって申し訳ありませんでした。びっくりして泣いてはったのではなく、痛いから泣いてはったんですね』
気にしてくださっていたようです。
段々と恥骨の痛みがマシになり、歩行器なしでも歩けるようになりましたので、入院三日目に退院しました。
親戚のおばさんに病院まで迎えに来てもらいました。家に着くと長男が転がるようにして走ってきて私に抱きつきました。私も抱きしめ返しました。
「事故のとき『お母さん、脱水症状になってしもた』て、言って泣いてたで」
おばさんが教えてくれました。救急車が来るまでの間、近所の方にそう言って泣いていたそうです。
脱水症状とは違うけど、心配してくれてんな。
「☆☆、めっちゃぶつかったところ痛かってんけどな、それより赤ちゃんと△△(ジャイ子)が心配で怖かったわ」
私を見上げながら長男が言いました。
傷、見せてみい、と長男のぶつかった太ももを見ましたら。もう、青あざは黄色になっていました。
ああ、良かった。本当にこの程度で済んで。
神戸の姉が来ていて長男を神戸にしばらく連れて帰ってくれると言ってくれました。長男も喜びました。折角の初めての夏休みです。これで素敵な思い出を作ってくれたらええな。
姉と長男が去ったあと、祖母とお盆の準備をしました。周囲の人々は、事故で誰も死ななかったのはきっとお盆でご先祖様が帰ってたからやで、と口々に言いましたし、私もそうだと思いました。
おじいちゃん、みんなを護ってくれてありがとう。仏壇の前で手を合わせました。
父と交代で入院中のジャイ子の付き添いをしてくれていた母が帰ってきました。
病院まで片道、車で一時間強。
本当なら私や主人が付き添いに行くべきところを、申し訳ないです。
父母の存在を感謝しました。
ジャイ子は、思ったより元気そうです。
点滴のチューブは外れましたが、腕の三角巾がわずらわしく機嫌が良くないようです。
何よりも、ずっと狭いベッドの上なので暇だということ。いつも走り回っていたジャイ子です。かわいそうに。大人でもそれは苦痛でしょう。
檻のように柵の高いベッドの中に父や母も入り、行動を共にしているということです。
ぐずるジャイ子を、絵本を読んだりお絵描きしたりしてなんとか時間つぶしをしてくれているのいうこと。
疲れたから寝るわ、と早々風呂に入って夕食を食べ、寝室に行く母を有難いと思いました。