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次男の出産前

 次男の出産予定日一週間前です。

 ブレーキとアクセルを踏み間違える事故に巻き込まれました。

 本当に、事故というのは様々な要因が重なって、どれかひとつでも違えば回避できたというものなのですが、こればっかりはどうしようもありません。

 不幸中の幸いといいますか、死人が出なかったのは奇跡だと思います。


 事故直前、自宅前に置いてある自分の車の後ろで、私と母はトランクを開けて覗き込む体勢でおりました。

 このとき気が付かなかったのですが、母のそばに長男、私の足元に長女がおりました。

 突然、後ろからブオン! というものすごい音が聞こえました。

 次の瞬間には、私は手と膝をつき、地面を見下ろしておりました。さっきいた場所から3メートルほど離れた場所でした。そこからしか記憶がありません。

 私の姿を見ていた母の話だと、私は吹っ飛び、盛大にしりもちをついたのだそうです。

 人間というのはとっさのときに、無意識に受け身をうまくとれるようになっているのでしょうか。

 おなかを打つのを避け、いちばんいい受け身をとれたようです。

 何が起こったかわからない私が後ろを振り返ったとき、後ろにいた母が叫ぶ声が聞こえました。

 長男の名前を大声で叫んでいます。

 目をやると、私の車の後ろに車がぶつかっており、その車の前輪の下に長女がいました。

 腕と顔の半分ほっぺたにタイヤが乗り上げています。

 信じられない光景でした。

 長女が火がついたように泣き出しました。

 母は、ひたすら長男の名前を呼び続けています。

 ですから私は姿の見えない長男が完璧に車の下敷きになっているのかと一瞬、思いました。

「バックして、バックして!」

 母が車の運転手に叫び、ひたすら長男の名前を呼び続けています。

 母は、混乱して名前を呼び間違えているだけなのだ。

 そう直感した私は、救急車、と自宅の二階へと走りました。

 火事場の馬鹿力、というのでしょうか。あとから体のあちこちに痛みが出てきたのですがそのときは一切、感じませんでした。

 119、119。

 電話に飛びつき、ダイヤルをおしました。


「どうされました」

「事故です。子供が車の下敷きになりました」


 そのとき、下の階から足をピョンピョンさせながら上ってきた長男が私を見ておりました。

 やはり、長男は無事だった、と横目で長男を確認しながら私は救急の方の質問――娘の年齢や状況を答え続けました。自分では割と冷静に答えられたと思っておりますが、見ていた長男の話だとお母さんの目が光っていて、ものすごく声が大きかったと。

 もう、車からは抜け出したと思います、今も長女の泣き声が聞こえています、と伝え終え電話を切りました。

 そのとき、自分の下半身がぐっしょりと濡れているのに気が付きました。


 ――破水した。


 本当はショックが原因の失禁だったのですが、そんなことつゆほども思わない私は破水だと思い込みました。

 自分の分の救急車も呼んだほうがええ?

 いや、痛いところはないし。とりあえず産婦人科に電話や。

 母が私の様子を聞きにきました。

「あんた、大丈夫か」

「破水したみたいや。今から病院に電話するわ」

「あんた、飛んだからな」

 再び下へ行く母。


 ここで事故の状況を説明させていただきますと。

 後ろから突っ込んできた車に、私、母、長男は外側へと弾き飛ばされ、長女だけが車の下敷きになり、タイヤに腕と顔を挟まれました。


 私はあわてて前もって入院準備をしていた荷物の中から病院からもらった冊子を引っ張り出しました。

「お母さん、どうしたん?」

 長男が聞いてきました。

「お母さん、赤ちゃんの水が出てん」

「赤ちゃん、死んだん?」

「わからへん」

 答えるなり、長男は泣き出しました。

 気になりましたが、長男に構っていられず、私は電話を病院にかけました。

 ID、名前、週数を告げると、産婦人科につながりました。

「事故で車にぶつかって破水しました」

 出た看護師さんは動揺されました。

「事故? 出血は? されてますか?」

「いいえ」

「救急車、呼ばれてますか?」

「子供の分だけ呼びました」

「自分の分も呼んで、すぐに来てください」

「はい」

 電話を切り、再び119を押しました。

 事故で車にぶつかって破水した、と告げました。先程と同じ事故現場の話だと、相手の方はわかってくださったようです。もう一台、そちらに手配しますと、先方が告げられ、私は電話を切りました。

 破水した場合は? どうするんやったかな?

 救急車のサイレンの音が聞こえてきました。来た。

 病院の冊子を読んで、ナプキンをつけて横になる、と確認しました。


 私は一応トイレに行っておこう、と思い、トイレに行きました。

 出血はまったくありませんでした。このときも破水だと思い込んでおりました。

 トイレから出ると、下から上がってきた救急隊員の方がおられました。

「もう一人、妊婦さんが事故にあわれたと聞いたんですが」

「あ、はい。今、もう一台救急車呼びました」

「あなたが車を運転していた方?」

「いえ、私はひかれたほうです」

 情報が混乱しているようです。

「で、妊婦さんはどこに」

「私です」

 おなかが大きかったのですが、目の前にいて立って話している私が当人だとは思えなかったようで。

「ええ?……とりあえず、横になって」

 促され、その場に横になる私。

 破水したようで、病院に電話し、もう一台救急車を呼んだ、ということと、覚えている限りの事故の状況を説明し。

「下の子供は大丈夫ですか」

「今、元気に泣いてはるでしょ。ぐったりしてはったら、僕らもこわいところやけど」

 そうやな。今も大きな声で泣き続けてる長女の声が聞こえます。

 とりあえず横になっていてください、と救急隊員の方はまた下に戻りました。

 せや。ナプキンつけて、服着替えやな。

 私は立ち上がりました。そのときにようやく左足の薬指と、恥骨に痛みを覚えました。足を引きずりながら移動し、入院荷物の中から取り出して着替えました。

 また、救急隊員の方が来ました。

 横になってください、と言われ、血圧を測られる私。

 痛いところは? 気分は悪くないですか? 出血はないですか? 病院へは連絡済みなんですね? 今、何週目ですか?

 等々聞かれ。足の指と恥骨が痛いこと。気分は悪くないこと。39週目であること、等々を伝えました。

 そのとき、胎動を少し感じましたので。

 今、子供が動きました。と、隊員の方に伝えました。

「下の子供は出血とかしていませんか? 大丈夫なんですか?」

 長女の泣き声はまだ聞こえています。

「下におられる女性はおばあちゃんですか? 今、抱っこされてずっと泣いてはります。大丈夫やと思いますよ。小さいからびっくりされて泣いているところもあると思います」

 そう答えてくださる隊員さんに。

 ほんまやろか? タイヤの下敷きになっててんで?

 と、私は思いました。

 泣き声が聞こえるのは安心やけど。もしかしてウチにショックをかけまいとしてそういうてはるだけやないんやろか。

 外の救急車が出発する気配はありません。まだ、出発せえへんのかな。ウチ、はよ呼んだのに。

 別の隊員さんが来て、交代し。

「後で呼んだ救急車ね、ちょっと遠いところから来るから時間かかるんですわ。すみません」

「はい」

 また別の方が来ました。警察の方でした。

 質問に答えながら、私はサイレンの音が聞こえないのにイライラしました。

 まだ、発車せえへんの? なにしてるんやろ。

 結局、発車したのは到着して20分後でした。そんなもんでしょうか。

 ちょうど日曜日だったからでしょうか。受け入れ先がなかなか見つからなかったからでしょうか?

 後日、神戸に住んでいる姉が『そんなん、神戸やったらありえへんわ。20分も止まっているなんて』

 と言っていましたが。

 医療過疎地域だからでしょうか。

 質問を終えた警察の方も、私に。

「お子さん、びっくりして泣いてはるんやと思いますわ。だからそんなに心配せずに」

 とおっしゃって出ていかれました。

 ほんまに? 疑いを持つ私。下にいって娘を確認したいと思いましたが、動かないほうがいいと思いましたものでわたしは皆にいわれるままに横になっていました。

 それからやっとサイレンの音が聞こえて救急車が発車し、しばらくしてから私の分の救急車も到着しました。









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