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3ミリと5ミリの間

 妊娠後期の真夏直前、長男とジャイ子の二人を連れて床屋さんに行きました。

 暑苦しいので二人ともできるだけ短く切ってさっぱりさせようと。

 長男は今までには坊主にすることが多かったのですが(これがまた、よく似合う)最近この髪型に反発するようになってきました。


「坊主はイヤや!」

「分かった、分かった、スポーツ刈りな」


 約束しながら店内に入ります。

 冷房の効いた涼しい店内は割と空いていてすぐに座れそうでした。


「どうされますか?」

「スポーツ刈りでお願いします」

「3ミリ? 5ミリ?」


 私は詰まりました。よく、分かりません。

 パパなら把握できるのでしょうが、私はママでありますのでどんなものか見当がつかない。

 短めにしとくか。夏やし、どうせすぐに伸びるし。


「あー……3ミリで」

「おかあさん、顔そりもシャンプーもしたい」

「(えー、ちょっと高なるやん……まあ、ええか)顔そりとシャンプーもしたったげてください」


 お店の方に頼んで、私はジャイ子を連れて二階へ行きました。(一階が理容室、二階が美容室)

 ジャイ子は意外と大人しく、私の膝の上でスムーズにカットを終えました。

 ショートヘアーになったジャイ子を連れて階段を下り、一階につきますと。

 鏡に映った、椅子に座っている長男の姿が見えました。


 ……い、意外に3ミリって、短いな。

 ややもすると……いや、これ、ほぼ坊主ですな!


 そう思った直後、長男の異変に気がつきました。

 なにかを堪えているような顔をしていた長男は、鏡越しに私の姿が目に入るなり……。

 泣き出しました。

 涙をぽろぽろこぼし、悔しそうに鏡を見つめています。


 ああ、悪かった。ごめん。おかあさん、5ミリにしとけばよかった!


 嗚咽まで漏らし始めました。

 両隣に座っているおっちゃんたちが必死で慰めてくれます。

「にいちゃん、男前になったで」

「泣かんでもエエ。カッコええで」

 しかし、その甲斐もなく、長男はとうとう顔中で泣き出しました。


 そんなに泣いたら、カットしてくださったお店のお兄さんに悪いわ!

 オロオロと長男をシャンプー台に連れて行こうとしてくださるお兄さんに申し訳なく思いながら


「すいません。シャンプー、顔剃りはもうエエです」


 私は断って、支払いをしてアメをもらい、長男とジャイ子を連れて店を出ました。

 ひっ、ひっ、ひっ、と、長男は泣きじゃくりながらひたすら目をこすっています。(長男はよく泣くわりに、泣くことが恥ずかしいと思っているので、目が痒いねん、と言って目をこすりごまかそうとします。バレバレですが)


「もう、泣きな。すぐ伸びるさかい」


 子供たちがカット中に、買い物に行った私の母の車が戻ってくるのを待ちます。

 長男は泣きっぱなし。お店に入るお客さんがジロジロと長男を見ます。


「にいにい、泣かないよ」


 ジャイ子もよしよし、と長男を撫でまわして慰めますが、泣き止む様子はありません。

 私はイライラしてきました。

 暑いし、人の注目は浴びますし、九ヶ月のお腹も重い。

 なんやねん、お前は思春期か! まだ小一やろが。


「かっこええて、言うてるやろ! 何がそんなにいらんねん! 一週間もしたら伸び……」

「あっ、しまかぜ!!」


 いきなり、長男が私の背後を指して叫びました。私はあわてて後ろを振り向きました。

 すぐそばの線路を白い車体の特急列車が去っていく後ろ姿が見えました。

 一日一往復の(大阪難波〜賢島)レアものリゾート特急列車です。

 は、初めて見たわ……。

 もっとよく見たかった、と思いながら長男に目を戻しますと。


「すげー! ◯◯、初めて見たわ! やった!」


 泣き止んでる!

 顔を輝かせて、興奮しまくってます。


「やった! 初めてしまかぜ見た!」


 ーー全く。


 ……いい仕事してくれるぜ!

 さすが、近鉄のホープ!ーー


 それから、すっかりと機嫌の直った長男と私とジャイ子は母の車をアイスを食べながら待ったのでした……。



 その夜、主人と電話で話しまして。


 ーーああ、そりゃあ、二ミリも違ったら全然違うよ。地肌が透けて見えるか見えないかだもん。


 やっぱり、パパなら分かるんやな。


 次からはヘアカタログを見て、ちゃんと出来上がりの確認をすることにしよう。

 それにしても、外見にあそこまでこだわりをもつなんて。あいつも色気づいてきよったな。


 息子の成長を実感した出来事でありました。



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