表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

水曜日の放課後

作者: こう

  水曜日の放課後はいつだって辛い。どうしようもなく胸が痛くなって、何も考えられなくなってしまうから。

「咲喜、帰ろうよ」

「ううん、今日は先に帰ってて」

 いつもなら一緒に帰るけど、今日は特別。

 今日は、あの日からちょうど一年が経つから。



 私と透はいつも二人だった。幼い頃から二人で、何をするにも一緒。幼稚園から高校まで、一度もクラスが別になったことないのがちょっとした自慢。

「なぁ、俺らっていつも一緒だよな」

「なんか腐れ縁って感じだよね」

 あの時は腐れ縁とか言ったけど、本当は嬉しかった。素直になれなくて、ごめん。

 ずっと続くんだと思っていた。いつだって透は側にいてくれる。私を守ってくれる。

 でも、それは甘えだった。

 あの日は、雨が降っていたのを覚えている。

 水曜日の放課後、靴箱を出て傘を開いたところで私は鞄が軽いのに気づいた。

「あ、体操服だ」

 傘をたてかけて、私は教室に体操服を取りに戻った。

 すこし遅い時間だったためか、校舎には人気があまりなかった。

 聞こえるのは、雨音とシューズが廊下を叩く音だけ。

 階段を昇りきり、教室の戸の前に立ったところで、中から話し声が聞こえてきた。

「俺さ、ずっと前から好きなんだ」

 透の声だ。私はそっと扉に耳を近づける。

 胸が、痛いよ。

「そうなんだ。でも、突然すぎてびっくりしたよー」

 相手の人の声、知ってる。相沢さんだ。

 相沢さんは、私と違ってクラスの人気者だし、美人。

 こんど会った時、おめでとう。そう言おう。

「あれ?」

 なんで? なんで私泣いてるの?

 せっかく透が告白してるのに。祝福してあげなくちゃいけないのに。

 私は走り出した。廊下に、みっともない足音が響き渡る。

「咲喜っ!?」

 後ろから声が聞こえる。透だ。

 でも、私は振り向けない。こんな顔じゃ、素直に祝福してあげられない。

 私は、そのまま走り去った。


 家に帰っても、私の悲しみは止まらなかった。身体中全部の涙が、私からあふれ出る。

 やっと気づいた。

 私、ずっと透のことが好きだった。

「でも、もう遅いよね」

 うぬぼれじゃないけど、多分透も私のことが好きだったんだと思う。でも、私が透の気持ちに応えてあげられなかったのが悪いんだ。

 どうしよう。明日から、ちゃんと笑えるかな。

 突然、携帯の着信。相手は透。

 私は迷ったけど、震える手で通話ボタンを押した。

「もしもし・・・・・・」

「咲喜ちゃん? 私相沢だけど」

 何で透の電話から相沢さんが?

「実は・・・・・・」

 私の世界は、その瞬間に崩れ去った。


 翌日の私は、周りから見ても明らかなほどに憔悴していたと思う。

 昨日の夜に聞いた言葉が、耳から離れなかった。

 信じたくない、全部嘘なんだ。

 聞きたくないと、耳をふさぎ、見たくないと、目を閉じる。それではなにも変わらない。ただの逃避だということはわかっている。

 でも、向きあったら、自分は壊れてしまう。

 重い気持ちのまま家を出る。

 いつもなら、透を家まで迎えにいくのだけど、今日はそういう気分にはなれなかった。

 バスの時間も一つずらした。隣の席の空白が、やけに大きく感じられた。

 靴箱でシューズに履き替えていると、声をかけられた。

「咲喜ちゃん」

 相沢さんだ。

「おはよう、相沢さん」

 自分ではいつもの調子で言ったつもりだったけれど、相沢さんの表情を見て失敗したんだとわかった。

「昨日は突然ごめんね。あんなことを言うつもりはなかったんだけど・・・・・・」

 相沢さんの声が遠くに聞こえる。

 私の中でいろいろな感情が渦巻いている。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。

「ごめんなさい・・・・・・!」

 気づけば、私は相沢さんから逃げるようにして走り出していた。

 私は、臆病者だ。


 その日の夜、透からメールがきた。

 期待と怖さ。二つの感情が入り交じる。

「どうしよう、透・・・・・・」

 透からのメールだというのに、私は透に助けを求めている。

 駄目だ。このままじゃ、私はいつまで経っても変われない。

 メールを、開いた。

《滝本さんへ。

 この前はごめん。変なところを見せちゃったね。俺は、ずっと滝本さんと一緒だったし、滝本さんのことがずっと好きだった。けれど、滝本さんはそうじゃなかったね。多分、俺のことを友達というか家族というか、そういう風にしか見てなかったんじゃないかな? だから、俺はそれを変えるために相沢さんに告白することにした。もちろん、これが滝本さんにも相沢さんにも失礼だってことはわかってる。けれど、俺だけが一方通行で滝本さんに好意を抱いていたんじゃ、二人とも先に進めないって思ったんだ。

 勝手なことを言うけれど、相沢さんは悪くないんだ。俺が勝手に告白しただけだから。恨むなら、俺を恨んで欲しい。

 好きだから離れたくないけど、好きだからこそ離れなくちゃいけない時もある。これが、俺の出した結論です。どうか、滝本さんも幸せになってください。好きな人を、見つけてください。 透》

 いつもの咲喜ちゃんじゃなくて、滝本さん。これが、透の覚悟なんだってわかった。

 でも、違うよ。私は、いつだって透のことが好きだった。けれど、私の想いは透に伝わってなかった。

 私がもっと素直になっていれば。私が「好き」って透に言えていれば、きっとこんな結末にはならなかった。

 お互いに好きだったのに、お互いに不器用だった。

 私たち、もっと素直になるべきだったね、透。

 

 その後、私は二人を呼び出して全部を話すことにした。

 透を好きだったこと、自分のわがままさ、臆病さについても。

 透は困ったような照れたような顔をしていた。

 相沢さんはなにも言わなかったけれど、私を抱きしめてくれた。

 悲しかったけれど、すっきりもした。

 そして、私は前に進めるとそう思った。



 今日は特別な日。

 透との通学路を、思い出しながら帰る日。

 あの日のことがあって、私は強くなれた。

 あのときの全ての感情が、私をつくっていったのだから。

「あれ?」

 靴箱を出て、空を見上げる。

 晴れわたった空が、私を迎え入れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ