第八話 『お前は鋭いよ』
ルビふりの仕方を若干変更。
「ようこそ、絢楼学園の生徒会執行部の本部、生徒会室へ」
へルマン会長が生徒会室のど真ん中で両手を広げていた。へルマン会長の容姿のせいか、まるで優美な劇の紳士を見ているようだった。
「ノリノリのところ申し訳ないのですが……この生徒会室が教室くらいの広さがあるのは百歩譲っていいとして、ソファーベッドがあるわアフタヌーンティーのセットがあるわ――――私物持ち込みすぎだろ!!」
つい大声で叫んでしまったが、やはりそれだけ理不尽さを感じる。
俺は豪猪たちに襲われた後、へルマン会長に生徒会室がある学園の別棟――アンティークなお城の印象が強いことから、通称“古びた帝城”と呼ばれている――に連れてこられた。
連れてこられたのだが……………なんてロイヤル感が溢れる部屋なんだ、この生徒会室……実際見てみてもその印象は高まるばかりだ。噂に違わぬ優雅さを秘めている。
そこいらのホテルとも張り合えるぐらい綺麗な壁紙や絨毯が敷かれているし……
「ちょっとしたことなら融通が聞くんですよ。生徒会長ですからね」
「あのババアをどうやって説き伏せたのか気になりますね」
あのババアは確かに色々と生徒には気を使ってくれるが、ここまで待遇がいいのはやはり生徒会だからだろう。
柔軟なところがあるが、自由すぎて困るところは相変わらずのようだ。
「僕はこの部屋をあまり使っていませんがね。僕の本拠地は、この生徒会長の机の下にあります」
一人ぼっちで机の下で踞っている生徒会長を想像してしまったがために、ちょっとへルマン会長に友達がいるか心配になってしまっだが、そんな心配は絨毯を払った机の下の床を見て消え去った。
そこにはこのアンティークなお城のような場所には似付かない、近代的な金属製の扉が設置されていた。
「秘密基地みたいですね」
「わくわくしませんか?」
「恥ずかしながら、少しだけ」
「それは何より」
機嫌の良さそうな笑顔をしているへルマン会長は、鍵を二本使ってその扉を開けると、底が見えない穴と梯子が姿を現した。
「戦隊物の支部みたいな造りですね」
「楽しくなりませんか?」
「童心に帰った気分ですね」
「嬉しい言葉です」
よほど俺の反応が嬉しいものだったのか、へルマン会長の笑顔が先程よりも輝いて見える。男の俺でも惚れてしまいそうなイケメンだ。
「それでは、行きましょうか」
へルマン会長は躊躇いなくその扉の中へ消えていった。それに続いて俺も梯子に足を乗せるが、何せ全く底が見えないから異様に怖い。
それでも人間の探究心や好奇心という奴は抑えられるものじゃないらしく、俺の四肢は震えながらも梯子を渡りだした。
◇ ◇ ◇
梯子と靴がかち合う音が狭い通路の中で響き渡る。カーン、カーンと鳴り響く金属音ばかりが耳の奥に残る。
視界は真っ暗で何も見えないという訳ではないものの、精々自分自身の手と足が辛うじて見えるだけだ。
それにしても深い。俺たちはこの梯子を一体何段降りたのだろうか?そろそろ三桁に突入していてもおかしくない。地下十階分くらいは降りたのではないのか?
いい加減手足も疲れで震えてきた丁度その時、足が梯子にかからなかった。
「あれ?」
しまった、落ちた。そう思った瞬間に俺の足はまっ平らな面の上に着地した。
相当焦った上に死んだと思ったもんだから、この結果には拍子抜けといえば拍子抜けだった。
「御到着です。気になってるでしょうから質問される前に答えてあげましょう。ここは二階の生徒会室から下へ十階分掘り下げた場所、要は地下九階の隠し部屋ですよ」
心臓に悪いとはこのことか……梯子が地面まで下ろされていないせいで落下したと思ったじゃないか。
「――――なんでこんなに深く掘ってあるんですか……せめて地下四階とか五階とかにしてくださいよ……」
「いやなに、元々存在していた空洞を利用した地下室のようでしてね。僕らも慣れるまで時間がかかりましたよ」
へルマン会長は苦笑いをしているが、気になることを幾つか口にしたな。
今の話の流れから考えれば、へルマン会長が就任する前から作られていた可能性があるな。それに、ここは何も会長だけの秘密基地だという訳でもなさそうだ。恐らく生徒会のメンバーはここへ来たことがあるんだろうな。
ひょっとしたら、生徒会とは別のメンバーかもしれないが。
「この先が隠し部屋です」
暗く先の見えない横穴が続いている。先程もそうだったが、妙にわくわくしてしまうのはまだ自分が子供だからなのだろうか。
「行きましょう」
へルマン会長の後を追っていく。程好いペースで歩いてくれるへルマン会長には好印象しかないが、実際のところはまだ信用しきれていない。
いや、ここまで付いてきておいて何を言っているのかと思われるかもしれないだろうが、へルマン会長も俺が今まで見てきた人間の中でも滅多に見ない部類であることは間違いない。ここまでガードの固い人間も滅多にいない上、このタイプの人間はメリットデメリットを意識して動くものだが……砕碼さんの手伝いというだけの理由で俺を助けるだろうか? 例えば、俺を助けることでへルマン会長にメリットが生まれるとか…………
いや、今はそんなことは考えないでおこう。へルマン会長は命の恩人、今はそれだけ解っていればいいだろう。
「着きましたよ」
なんて余計なことを考えているうちに、どうやら目的地に到着したようだ。
「…………これはまた」
俺が目にしたのは扉、それもまるでRPGのボス前にでも出てきそうな重々しい扉。辺りが暗いのもあってより不気味に捉えられてしまう。
「どうぞ」
へルマン会長がその扉を押し開けると、その中から眩い光が射し込めてくる。思わず目を瞑ってしまうが、ゆっくりゆっくりと光にならしてから慎重に瞼を開ける。
そして俺の目に飛び込んできたのは――――
――――生徒会室だった。
「二度手間だよ!!!」
「ナイスなリアクションです」
へルマン会長は俺の顔を見て笑っているが、俺は今までの移動に費やした時間と労力が、まさかこんな無駄なことだったと思うと苛々する。まさか生徒会室から移動した先がまた同じ形の生徒会室だとは思いもしない。
このやり場のない怒りをどこへぶつければいいのか……!
本来そこまでつっこむような体質ではないのに、これはつっこまざるを得なかった……いや、俺ってそういう体質だったのか?
「まあまあ、先程の生徒会室とは色々と違いますから。机に貼られたプレートに刻まれた文字を見てください」
あまり納得のいかないまま会長の言葉に従って机を見てみる。
机は全部で四つ、それらに貼られたプレートに刻まれている文字は、“監査”、“伝達”、“参謀”、“総帥”の四つ。
初めに訪れた生徒会室の机に貼られたプレートには、“書記”、“会計”、“副会長”、“会長”の四つだったはずだ。
「ここは都市警察が発足する前に治安維持を極秘に行っていた組織の本拠地でした」
「組織……?」
「自ら名乗っていた名前はありませんでした。ただ、周囲からは“暗躍執行隊”と呼ばれていました」
“暗躍執行隊”という単語には覚えがあった。確か砕碼さんから頼まれた学園の歴史が記された調書の整理をしていた時、見覚えのない単語が妙に目についたのを覚えている。
確か“暗躍執行隊”というのは、まだセイドム・ユーザーの悪行が抑えきれなかった頃に発足され、誰にも知られず気づかれずに治安を正していった正義の集団、なんて臭いことが書いてあった。
ただ、正義の集団と書かれているだけあってその実力は折り紙つきだったらしい。まるで光のような速さで犯罪者を捕らえたり、恐るべき計算速度で未解決の事件を一日に十件以上解決したり、町一つ破壊出来るような力で災害から人々を守り抜いたなど逸話は絶えない。
それを足掛かりにして発足されたのが都市警察。昔の功績があってか、都市警察の権力は相当なものらしいが、都市警察のトップはあのババアの教え子らしく頭が上がらないらしい。一体何歳だあのババア。
「それで? その“暗躍執行隊”の本拠地へなんで連れてきたんですか?」
「なに、生徒会の裏の顔を知ってもらいたいだけですよ」
生徒会の、裏の顔? この地下室がその象徴だとでも言うのだろうか……
「僕が会長として業務をこなしているのが生徒会執行部、所謂表の顔という奴ですね。そして“暗躍執行隊”これを土台として創られたのが都市警察ですが、“暗躍執行隊”自身が創ったのが生徒会の裏の顔。生徒会暗行部です」
「生徒会、暗行部……」
「僕は今、生徒会暗行部の総帥を兼ねさせていただいています」
今日だけで沢山の新しいことが頭に詰め込まれた。正直付いていけてないところがあるが、それでも興味深い話ばかりで興奮が止まらない。
「そこで提案です。暗行部に入ってくれませんか?」
爆弾発言が飛び出した。
「は?」
「そんな反応をするだろうとは思っていましたが、嫌ですか?」
「嫌だとか以前に、理由が掴めないんですが」
さっき話の流れから何故こうなった? 俺の成長の仕方について話してくれると言っていたからここまで付いてきただけだったのに、何故かかつての“暗躍執行隊”の本拠地に連れてこられた挙げ句に暗行部に入ってくれ?
「ヘルマン会長、あんたの目的は何ですか? いや、あんたのメリットは何ですか?」
「君が手元に欲しい。それと、君をあの豪猪たちから保護したいのです」
俺が手元に欲しいって話はとりあえず保留にしておこう。
「保護?」
「ええ。僕らのような事情を知っている者たちが君を見張れるようにしておきたいのですよ。君が生徒会に入ってくれれば今まで以上に監視が容易になります」
なるほど、確かに理にはかなっているが……
「もし、嫌だと言ったら?」
「条件を提示しましょう。君が生徒会に入ってくれれば君の能力についての情報を全力で調べ上げましょう。さらに、君を狙っている組織についてもお教えしましょう」
……どうにも胡散臭いな。
こんなにも裏がありそうな話は久々だ。これはヘルマン会長の本心で話していることではないように思われる。この人だったら条件提示をする前にもっと説得しようとするはずだ。メリットデメリットを考える人間が容易く条件なんか提示するはずがない。何せ交換条件というのは自らデメリットを生み出すようなものだ。
もしこの人が喉から手が出るほど俺が欲しいのであれば話は別だが、今はそのことを考慮に入れないことにする。
だったらここで少し揺さぶりをかけても問題はない。
「その条件、誰と一緒に考えましたか?」
「…………君は、誰だと思いますか?」
ヘルマン会長の顔は一切変わらない。それでも俺は追求を止めない
ほぼ核心めいたものが俺の頭の中にあるからだ。
「砕碼さん、ここにいるんでしょ?」
「っ」
ヘルマン会長の眉がピクリと動いたのを俺は見逃さなかった。
「生徒会に入れだなんて遠回りなことは言わずに、監視のし易いところにいてくれと一言言ってくれればよかったんですよ。正直もう監視はいらないと思っていましたけど、妙な組織とやらがまだ俺を狙っているみたいですからその考えは改めます」
「お前は鋭いよ。俺の教えが良かったかな?」
ズルリと、何かが深い沼から這い出したような音が聞こえた。その音の発信源である足下へ視線を向けると、俺の目の先から人の手が二本生えていた。その両腕は地面をしっかりと掴むと、その腕の主を床下からズルッと持ち上げた。
「砕碼さん……心臓に悪いんで普通に登場してくれませんか?」
「なに、見回りと盗聴盗撮のチェックも兼ねてるんだ」
「仙洞先生、お疲れ様です」
ヘルマン会長、床からホラー映画のゾンビの様に這い上がってきた教師に向ける言葉はそれでは不適切な気がしますが。
そのホラー映画のゾンビこと砕碼さんは、タバコにライターで火をつけて一回大きく息と煙を肺に蓄え、体にいい要素が皆無な毒の煙を吐き出した。この地下室、話からするに結構歴史的名所な気がするんだが……いいのか?
「で? どうすんだ?」
砕碼さんがタバコを再び口に加えて俺に尋ねてきた。どうする、というのは、暗行部に入るかどうかという問い掛けに対する答えのことだろう。
正直なところ、入りたくはない。
こき使われることは目に見えてるし、何より放課後の自由が奪われるのは辛い。早く帰って惰眠を貪ったり買い物行ったり遊びに行ったり…………それが潰れて必死に業務をするなんて――――
「面倒だ、そう思ってるだろ幽忌」
「サラッと心を読まないでくださいよ。そんな能力持ってないくせに」
「俺の“SADM”は心の壁すら筒抜けに出来る、としたらどうする?」
「だったらわざわざ監視役なんか付けないで自分で動くでしょうよ。その方が確実なんだから」
「本当に無駄に鋭くなったな……」
どれもこれも貴方から教わったことです。これは感謝してもしきれないほどだ。
そんな俺の意図をまたしても読み取ってきたのか、砕碼さんの顔から小さな笑みが溢れたのを俺は見逃さなかった。貴方も結構表情に出るタイプなんだから気を付けてくれないと。
「横槍失礼いたしますが、返答の方をお聞かせ願いたく」
へルマン会長がこのままだと埒が明かないと判断したのだろう。俺と砕碼さんの間に入るようにして話に割り込んできた。
「まず確認ですが、暗行部に入ったあとの仕事はどれくらい難しいのですか?」
「暗行部の仕事は裏方の仕事になります。難易度を問われると一概には言えませんが…………簡単なものはコンビニエンスストアへの買い出し、難しいものはビル一つ解体まで様々」
ビル解体、だと? それって裏方の仕事か? 表立っているのにも程があると思うんだが。
「まあ、本来の目的は君の保護ですから。そんな厄介事はやらせませんので御安心を。目的のための手段のはずが、手段のための目的になってしまいます」
「そういえば会長のメリットを聞いてませんでしたね」
「聞かない方がいいですよ? 後々面倒になりますから」
ふむ、警戒心強くなってるな。さっき無暗矢鱈と聞き出しすぎたかな。へルマン会長のメリットは恐らくここで言う手段、俺を生徒会に入れることだろう。それで一体どんな利益が生まれるのかは解らないが。
俺を監視するという目的のために、俺を生徒会に入れるという手段を行使している砕碼さんに対し、へルマン会長はその真逆なのだろう。俺を生徒会に入れたいがための俺の監視。砕碼さんにとっての目的はへルマン会長にとっての手段、へルマン会長にとっての目的は砕碼さんにとっての手段。ややこしくて堪らないな。
今日はこれ以上へルマン会長に聞いても何も出てくることはないだろう、徒労に終わるのは好きじゃない。ここが引き際だと判断して俺は言及するのを控えた。
いずれ必ず聞き出してみせるが。
「で? 返事は?」
おっといかん、長考しすぎたか。
ふむ、正直へルマン会長にとっての俺の価値も気になるし、砕碼さんの負担が軽くなるのであれば入るのは吝かではない。
何より、条件が一番美味しい。
ここは利害一致、そう考えて入ってみるのも悪くはないか。それに、そろそろ刺激があってもいいかなと思ってきたばかりだ。
つい先程素晴らしい刺激を受けたからこれくらいはと考えてしまっている。
「解りました。引き受けましょう」
「それは何より。それでは本来の話に戻しましょうか」
本来の話、ようやくだな。
「成長の仕方が前代未聞、ということですが…………極めて簡単。まともに能力が使えない事が異例なのですが、能力が使えない理由と彼らが君を欲する理由が合致するんです」
「“出来損ない”、これがキーワードだ」
「はい?」
この二人は何を言っているんだ?
“出来損ない”が、キーワード?
「本来“SADM”とは、その人物の人格や心、育った環境に応じて能力を発現させるために能力は十人十色」
「つまり、能力はその本人に合わせた特注能力な訳だが……扱えない能力ってのはまず現れやしない。制御が難しいってのは稀にある話なんだがな?」
「考えられる理由は二つ。一つは“SADM”の業務不備、“出来損ない”の名前の由来です」
「もう一つの理由は……顕現した能力があまりにも強大すぎて、“SADM”にかかる負担が大きすぎる異例。能力の暴走を止めるために“SADM”が全力を使っているため、お前に能力の詳細を伝える余裕がないってことだ」
ものすごい推測がたっていた。
前者の理由、これは解る。何と言ってもこの理由のせいで俺は“出来損ない”と罵られるはめになったんだから。
後者の理由には度肝を抜かれた。
俺がそんな莫大で強大で巨大な能力を秘めているとかいう妄言以外の何物でもない推測。だが、この愚かな推測が真実だとしたら…………あの豪猪や老が俺を狙う理由には十分なり得てしまう。
まさかとは思うが、へルマン会長の目的もこれなんじゃないか? その上監視をいつまで経っても外さない砕碼さんの警戒心にも合点が行く。
さらにさらに、例の事件の原因が……俺の可能性も浮上してくる。
こんな妄想じみた推理一つが真実なら、様々なことの仮定が確固たる物になってしまう。
「どうやらへルマン、お前のメリットもバレたらしいぞ?」
「いえいえ、恐らくまだ僕のメリットには程遠いですよ」
へルマン会長のメリットも確かに想像がつかなくなってしまう。俺という巨大な脅威を一体何のためにどのように利用するのか…………
なんてこった……どうするよ俺……
仙洞砕碼、主人公がお気に入りのヘビースモーカー。