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第七話 『益々楽しくなってきましたよ』

 


 突如として俺たちの目の前に現れた長身の男性は、亜麻色の髪と青い瞳の持ち主で学園屈指の美男子である独逸人。それは――――



 我らが絢楼学園の有名人、へルマン・フォン・マテウス、学園の生徒会執行部所属、学園の生徒会長その人だった。



 へルマン会長は手に持った得物をピアス男、豪猪煉瓦と呼ばれていた男の首へ向けた。得物は刀だが、刃など付いていない木刀であって、殺傷能力はほとんどない上に脅しにもならないようなもの。しかし、へルマン会長はその木刀(おもちゃ)で先程炎の塊を確かに斬り裂いた。



「大丈夫ですか?緒虚くん」



 会長はこちらを振り返らずに尋ねてきた。その声は何故か安心感を感じる優しいものだった。



「は、はい……って、へルマン会長、何でここに? 何で俺の名前を? それにあのピアス男と知り合い?」

「そう急き立てないでください。ふむ、じゃあ最後の質問のヒントをあげましょう」



 会長はゆっくりと笑って俺にヒントを投げ掛けようとしているのだが、ということは……俺は以前からこの豪猪とやらを知っていたということか?



「絢楼学園卒業時の彼の“SADM(セイドム)”は症状(ステージ)C、“特異病名”は“貫灼弾(クラック・バレット)”。さらに、彼は昔生徒会にいました。役職はありませんでしたが……ね」



 …………この情報だけであの豪猪のことが解る、いや、思い出すということか?

 探る。記憶の引き出しを片っ端から開けて中を引きずり出す。埋もれた過去の記憶の溜まり場から目当ての記憶を堀起こす。



 そして、見つける。



 あれは確か、卒業生の名簿をファイリングして倉庫に収納する仕事をしていた時のことだ。

 生徒会執行部に属していた者には特別な印が書類に刻まれていて、それを頼りに歴代の生徒会をチェックしていたことがあった。その時、確かにあの“貫灼弾クラック・バレット”なる能力が書かれた“成績表(カルテ)”――モノクル教官や学園の教師によって総評された“SADM(セイドム)”の情報を記した物――を閲覧したことがあった。必死にその情報を、淀んだ記憶のダムから明確に掬い上げる。



「…………特性、球体を炎の塊に変換する能力。その大きさは最大十倍。発動条件、掌で覆えるものに限る――――でしたかね?」

「ええ、その通りです。素晴らしい記憶力ですね」



 自分の記憶力に改めて感心する。無駄に無意味な知識を詰め込んでいる訳じゃない。ちゃんと取り出して運用できてこそ真の記憶力だと思う。

 そんな持論はさて置き、何故へルマン会長は俺が卒業生の名簿を整頓して、しかもそれを閲覧していたのを知っていたんだ?

 そのことを知ってるのはいつもの四人組のメンバーと、ファイリングの仕事を頼んできた砕碼さんだけ。四人組のメンバーの中に生徒会と繋がりのある奴はいない。蘇狐は弓道部、灯莉は剣道部、曲直に至っては無所属だ。曲直が生徒会と繋がっている可能性は捨てきれないが、あいつだったらお気に入りの俺のことはあまり話さないはずだ。

 残りの可能性、生徒会と砕碼さんに何らかの接点があると想定する。砕碼さんがへルマン会長に手伝いを頼んだ時にうっかりこのことを漏らしてしまい、隠すのが非常に面倒になって話してしまう。これがすぐに想像出来る二つのパターンの一つ目。

 もう一つのパターンは、砕碼さんがまだ俺のことを気にかけている可能性だ。“例の事件”からまだ砕碼さんが俺のことを大切にしてくれているとしたら、生徒会長という高位のセイドム・ユーザーを監視につけておく理由が成り立つ。

 うん、こっちの方がしっくりくる。



「へルマン会長は、興味本意ですか? それとも、監視役ですか?」



 俺の問いかけに、初めて会長がこちらに顔を向けた。その顔は驚愕の色に染まっていたが、一秒もしないうち会長は破顔一笑した。



仙洞(せんどう)先生が言った通り、君は侮れませんね。たかが数回の会話と数秒の考察でそこまでの結論に結びつけるとは……益々楽しくなってきましたよ」



 仙洞先生、砕碼さんのことか。ということはやっぱり監視か……どこまで世話好きなんですか、砕碼さん。もうあの時のことは心配しなくてもいいと言ったのに。

 いや、今になって“例の事件”を思い出した俺が言えることではないな。



「さて、閑話休題、本題に戻りましょうか…………豪猪煉瓦」

「貴様が俺と一戦交えるたぁ……偶然って奴は怖いもんだぁ」



 豪猪は先程同様、五つ六つ程度のビー玉を手に持った。



「死んでも怨むなよぉ? 青二才ぃ」

「降伏する意志がないなら……致し方ありません、本気で行きましょう」



 俺は目の前で対峙し合っている二人から目が離せなかった。セイドム・ユーザー同士のいざこざや決闘は腐るほど見ている俺だが、この二人の戦いは恐らく……そのどの戦いよりも激しい戦いになることを直感で感じた。

 豪猪の顔つきまでもが真剣なものとなる。へルマン会長はまだ顔から笑みが見られるが、隙などは一切感じさせない。その二人はじりじりと間合いを詰め寄っていく。あくまで慎重に、タイミングを見計らう両者。




 そして、戦状が動いた。




 豪猪が真上へ跳んだ。それも人間が垂直跳びをしたとは思えない高さまで。

 豪猪の靴の裏から煙が発生しているところを見ると、恐らく“貫灼弾(クラック・バレット)”の威力を調整して跳躍したのだろう。相当高度な技術であることは傍目から見ている俺でも解った。



「“貫灼弾(クラック・バレット)”!!」



 豪猪は先程とは比べ物にならない速度で炎の塊を五つ、へルマン会長を全方位から襲うように放った。真上から一つ、前後左右から一つずつ襲い来る炎の塊からは人間の跳躍力や瞬発力ではまず不可能だ。





 しかし、へルマン会長もまたセイドム・ユーザー。それも学園屈指の症状(ステージ)Aの強者なのだ。




「“紫電一閃(セイバー)”」





 木刀が瞬きが間に合わないような速度、まるで光のような速さで炎の塊を斬り裂いた。四方から会長へ襲い掛かる炎の塊は全て上下にたたっ斬られ、真上から墜落してきた炎の塊は十字に斬り裂かれ爆発した。



「相変わらず理不尽な能力を使うじゃねぇかぁ!!」

「その分、条件が厳しいんですよ? 貴方の能力には既に条件を満たしたが故に斬り裂けるのです。何でも好き勝手に斬れたらそれこそ重罪人ですからね」



 へルマン会長は木刀を二、三回縦に振るう。その木刀にはヒビも入っておらず、ましてや焦げ目など一切ついていない。



「両手両足を切断してでも連行する気ですので、御容赦を」

「ちぃ……!!」



 木刀を構えるへルマン会長の顔は笑ってはいるが、明らかに能面のような上っ面だけの薄っぺらい笑顔だ。先程へルマン会長の本当の笑顔を見たから区別が出来る。心の底では一切笑っていないのがすぐに解ってしまう。



「…………分が悪ぃ、かぁ……」

「男は諦めが肝心、貴方のタイミングは今です」



 豪猪が悔しそうに前屈みになると、袖口からバラバラと大小様々な球体が大量に溢れていく。一体どこにこれ程の量を隠していたというのか。球体を炎に変換するよりもこの収納方法の方が特異だと思う。



「それでは、連行します」



 へルマン会長が見たこともない形の黒い手錠を取り出した。まるでダンベルのような形をしていて、一度付けられたら外す気力すら制限されそうな印象が与えられた。

 へルマン会長がその重々しい手錠を豪猪の腕へと近づけていくと、豪猪の表情が途端に柔らかくなって笑いだした。



「…………やっぱりよぉ、一人で先行ぉするのは間違いってことなんだよなぁ……?」



 その言葉の意味を、俺とへルマン会長は一瞬にして理解した。へルマン会長は木刀を腰に納めていつでも木刀を取り出せる体勢になり、俺は気絶している凍瀧後輩を庇うように抱き抱えた。





 直後、“そいつ”はやって来た。





「先走るなと言ったはずだぞ、豪猪」





 俺の背後から声がした。酷く冷たく、呟くだけで人一人殺せるような鋭い声。

 その声に体が完全に怯えて硬直してしまっている。後輩を抱き抱えたまま上半身がほぼ固定されてしまっている。



「すまねぇなぁ、特攻作業が好きで堪らんのよぉ」

「あまり好き勝手に暴れるな。こちらも後始末が面倒でかなわん」



 冷たい声の主は俺の真横を通り過ぎていった。それだけで、たったそれだけのことで体がミシミシと悲鳴を上げていた。まるで何かに圧迫されて、押し潰されるような圧力が付加されているようだ。



「…………(ラオ)雅龍(ヤーロン)……! またしても重罪人が増えましたね」

「久しいなへルマン。何年ぶりの再会になるのか」



 またしてもへルマン会長の知り合いのようだが、この男は豪猪とはまた違った部類の狂人の予感がする。

 目の前で豪猪を庇うようにへルマン会長の前に立ちふさがった老と呼ばれた男は、異様に長く踝まである黒い髪を靡かせていて、その長い髪のせいでその瞳を視認することは出来なかったが、その男の気配というべきなのか、その奇妙で真っ黒なライダースーツを着ているからなのか、その男からは妙な静けさや冷ややかさを感じる。

 老とへルマン会長は同じ目線の高さで睨み会う。



「相変わらず無駄な圧迫感を伴っていますね」

「すまんな、何分俺の“SADM(セイドム)”は気紛れでな」

「その気紛れで一体何人を押し潰してきたのか知れたものではありませんね。現に今、僕の可愛い可愛い後輩(こども)たちが地面から立ち上がれなくなっていますよ?」

「そうだな、ならば早急にここから退散するとしよう。行くぞ豪猪」



 老は豪猪の肩に軽く手を乗せた。その瞬間に豪猪の表情が一瞬緩んだが、大して気にすることではないか?



「僕が重罪人を二人も見逃すと?」



 へルマン会長は豪猪と老の二人に向けて木刀の切っ先を向ける。それに対して豪猪は少し肩を震わせたが、老は何も怯んだりはせずに笑っていた。



「それよりも、大事な後輩を助けてやれ。死なないうちにな」



 老はそう言い残して豪猪の“貫灼弾(クラック・バレット)”を使って空へと跳んでいき、そのまま空を滑空し黙視出来ないところへ消えていってしまった。

 例の老とやらがいなくなったのが原因か、俺にひしひしと伝わってきた奇妙な圧迫感は静かに消え去った。

 二人がこの場から消え去ったのを確認したへルマン会長はこちらへ近寄ってきた。



「大丈夫ですか? 特にそこで寝ている凍瀧さんは」

「気絶しているだけみたいです。気になる外傷も無さそうですし……」

「そうですか。まさか都市警察(アーバンファージ)を正面から潰して潜入してくるとは予想外でした。慎重に地中や空中から出現するものだと思われていましたが……地上は警戒不足でしたね。申し開きの言葉も出ません」



 へルマン会長は申し訳なさそうな顔をしたが、俺はあの二人の侵入を許したことよりも気になることがある。



「へルマン会長。先程の質問に答えてくれませんか?」



 へルマン会長の瞳をジッと見詰める。目を反らさずに話せば相手に心意気は伝わる、それだけで話を聞き出せる確率は上がる。これも恩師の教えだ。



「…………ふむ、端的に申し上げれば、僕は君の監視役ですよ」



 やっぱりか……なんだか納得がいくようないかないような……



「砕碼さんも心配性なんだから……」

「正確に言えば、君と君を狙う組織の監視役です」





 ……………………ん?





「待って、ちょっと待ってください。俺を狙ってる“組織”? そんなに巨大な規模の話なんですか!?」

「そうなりますね。何せテロリズム崇拝、いや、クーデターでも引き起こそうかと考えてるくらいですから。組織と見なしていいほどの人数も募ってますし」



 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、テロリズム? クーデター? なんか話が飛躍した気がするんだが、そんなことを考えてる奴等の集まった組織とやらが狙っているのが、俺?



「冗談ではありませんよ? どの時代になっても、そういう思想を持った輩は現れるのは歴史が証明しています。争いは人の本能であり、戦国時代の下克上などがいい例えじゃないでしょうか?」

「あ、いや、それはそうでしょうけど、目的が俺っておかしくないですか?」

「何もおかしくなどありませんよ。強力なセイドム・ユーザーを揃えて無駄なことはありません」

「なおさら! 俺が狙われる理由が解らないじゃないですか!」



 “出来損ない”の俺を超過大評価する理由が全く掴めずに俺が大きな声でへルマン会長に吠えると、へルマン会長はまるで護りたいものを見守る保護者のような顔で俺を見据えた。



「今後強力なセイドム・ユーザーになりうる人材を集めることも無駄ではない、なんて意味合いも籠っています」

「…………未来の話?」

「口の軽い豪猪先輩のことです。恐らく君のことを少しはポロッと話したんじゃないですか?」



 先程まで豪猪煉瓦と呼び捨てで呼んでいたのに、今は豪猪先輩と懐かしそうな声で話している。もしかすると、豪猪とへルマン会長は意外と親しい間柄だったのかもしれない。



「成長の仕方がどうだとか……」

「やっぱり言ってましたか。ところで、この意味を君は解りますか?」

「いや、聞いたこともないですね。“出来損ない”の時点でそんな話とは無縁な予感も多少はありましたし」

「ふむ……少々込み入った話になりそうですね。場所を変えましょうか。こんな焦げ臭い場所じゃ落ち着いて話も出来ませんからね」



 焦げ臭いの一言で初めて周囲の状況に注意が行った。

 ここは優雅なティータイムを楽しむためのちょっと高級感が漂うカフェ“HOPE”、だったのだが……





 先程の戦闘で辺りは焼け落ちているわ水浸しになっているわ斬り裂かれているわの大惨事。





「後で都市警察(アーバンファージ)が修復してくれますからご安心を」

「罪悪感が……」

「それより行きましょうか。凍瀧さんは後で後輩(こども)たちに寮へ運ばせておきます」



 そう言ってへルマン会長は学園の方角へ歩き出した。



「学園ですか?」





「ええ。学園の生徒会室…………の隠し部屋です」





 隠し部屋という言葉に、ちょっとわくわくしてしまったのは秘密だ。




ヘルマン・フォン・マテウス生徒会長、男も虜にする二枚目である

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