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第三話 『そこの“出来損ない”と駄乳』

 

「おはよう幽忌、そろそろ朝食の時間だよ?」



 枕元から俺を呼び掛ける声とカーテンを開ける音が聞こえた。窓から射し込んでくる陽光が瞼を貫いてくるので非常に眩しい。まだ寝ていたいがそうもいかない。ゆっくりと重い瞼を開けて上半身を起こす。

 妙な寝方をしたのか、側頭部の髪が逆立って悲惨なことになっている。朝っぱらからやるせないことこの上ない。



「んあ……わるい、また起こしてもらっちまった……」

「いつものことじゃない。幽忌は朝に弱いんだからさ」



 ぼやけた視界で目の前を確認すると、そこには既にアイロンをかけた制服に着替えている曲直慧がいた。何故こんな朝早くから制服にアイロンをかける余裕があるのが理解できない。

 朝早くからアイロンなんて健全な男子学生がやることじゃない、新婚の若妻かイケメンの夫に、ベテランの主婦が自分の息子にやることに決まっている。



「頑張ってはいるんだが……」

「気にしてないから早く起きて着替えて。朝食の時間まで後十五分しかないよ? さっさと顔洗ってシャキッとしてきなよ。制服はアイロンしておいたから」



 俺のベッドの上にはピシッとしたシワ一つない制服が畳まれていた。この無駄な気配り、こいつは本当にいい奴だ。

 こんなことをしてくれるし顔も可愛い、女だったら確実に惚れて求婚してるな。

 性格に多少の難はあるが許容範囲だろう。



「新妻みたいな奴だ」

「じゃあおはようのキスしてあげようか? そのまま舌を咬み切ってあげる」

「スマン、俺が悪かった」



 こいつが笑顔なのはいつも通りなんだが、怒ってる時の笑顔はかなり怖い。例えば、俺が新妻みたいと言ったような、こいつを“女”のように扱った言動をした時は、こいつの笑顔の後ろに般若が見える。

 だから可愛いなんてことは決して口にしない。昔“お前ってまるで女子だよな。”と口にした男が二年生の時にいたが、その後、異様に曲直を見るたび怯えて逃げていくようになってしまった。何をされたのかは知らないが、心を深く抉られてトラウマを植えつけられたのは確実だった。

 それを見た俺は決して可愛いなんて口にしないことを決意した。



「馬鹿なこと言ってないでさっさとして! 十分しても準備出来なかったら置いていくからね!」

「即行で仕度する」



 本気で曲直が怒らない内に身仕度を終えてしまおう。起こしてくれて制服まで整えてくれたんだから、流石に待たせるのは気が引けるという奴だ。ちゃっちゃと済ませますか。



「あと五分で着替えてね」

「ちょっ、時間の経過速い!」



 実際は一分も経ってないってのに……このドSめ……多少は手加減してくれよ……



「おっし! 準備完了!」

「忘れ物ない? 今日は三限数学だよ?」

「おっと、科目変更忘れてた。ナイスアドバイス」

「しっかりしてよ……」



 曲直を呆れさせながら部屋を出た。部屋の鍵をかけたのは曲直、今日はちゃんと鍵を持って部屋を出たな。よしよし。

 部屋から歩くこと数分、寮生で賑わう食堂に到着する。席は多目に作ってあるので場所取りには困らないだろう。

 食堂入り口に立て掛けてある小さなホワイトボードに目を通す。そこに書いてあるのは三種類の朝食のメニュー(日替わり)だ。



「今日の朝飯何にすっかな」



 今日のメニューは全部魚か。焼き鮭に鯵の干物に鰆の塩焼き……悩むな、どれも好物なものだから決め難い。ここは最近ご無沙汰の鯵の干物かなー……



「僕は焼き鮭と筍ご飯赤だし付にするよ」

「だったら鮭一口くれよ。俺は鯵の干物と五穀米赤だし付」

「じゃあ僕も頂戴、干物半分」

「等価交換って言葉知ってるか?」



 曲直に無茶な要望を出されつつ、食堂のおばちゃんにそれぞれ選んだメニューを注文する。

 入り口から持ってきたトレイの上に注文したメニューが乗せられていく。うーん、この干物を焼いた時の香ばしい匂いがなんとも言えないな。

 鯵の干物に感動していると、運よく空いていた長机の二席を確保することに成功した。俺と曲直が横に並んでそこに座ると、見慣れた腕輪をした腕が対面にトレイを置いた。



「おはよー、曲直に緒虚ー。相変わらず一緒にいるねー」



 その腕の主を確認すると、思った通りの人物、真紅の髪を後ろでまとめあげたポニーテールの少女だった。



「おはよう遡之咲(そのざき)さん。この寝坊助はルームメイトだしね。それに幽忌は一人じゃ起きられない子だから」

「おはよう蘇狐(はるこ)。あのな曲直、事実だが多少はオブラートに包んでいただけないか?」

「仲良いねー、私が男だったらそっちで一緒に暮らしたいよー。退屈しなさそーだしー」



 蘇狐はからからと笑って自分の朝食に箸を付ける。ふむ、三種類のメニューの最後の一つ、鰆の塩焼きに白飯赤だし付を選んだか。つくづく俺たちはメニューが噛み合わないな。三人揃うなんてことは一切ないし、二人揃うことも滅多にない。しかし、それはそれで利点がある。



「その鰆を一口おくれ」

「それじゃあ私も干物もらうね」

「それなら二人の残りは僕が処理するよ」

「「ちょっと待てぇ!!」」



 曲直が俺たちの魚(えもの)に躊躇いなく伸ばした箸を、俺と蘇狐は同時に腕を掴んで阻止した。

 この腹黒野郎……容赦なく俺たちの朝食のメインを全部かっさらおうとしやがった……



「一口ずつ一口ずつー!」

「僕の一口は魚一尾だよ?」

「じゃあ一欠片だ!」

「むー…………しょうがない、妥協しよう」


 妥協って……遠慮の無さは朝から絶好調らしい。

 活力の源である朝食のおかずを死守した俺と蘇狐はほっと安堵した。

 結局、箸で摘まんだ自分のメインのおかずを、自分以外の二人の皿の上に乗せて分け合う形で決着した。というか曲直にそうするように全力で説得した。



「いただきます!」

「「いただきます……」」



 そのせいで俺と蘇狐から元気がなくなっている。朝から無駄に労力を浪費したから非常に疲れた。

 そのお陰かご飯がいつもより美味しく感じる。干物まじうめぇー……



「はぁー、やっぱり私女子でいいわー…………退屈どーこーの前に体が持たないからねー。ああー、鰆が身に染みるわー……」




 俺と同じ様に朝食の美味さに感動しつつ、若干諦めたように蘇狐が呟いた。



「んー、赤だしもいい味よねー」

「この赤だしの具材に筍が入ってる。ちぇっ、筍ご飯と被っちゃった」

「そこまで気にすることじゃないだろ? 美味いからいだろ?」

「ん、それもそうだね」



 他愛もない朝の会話をするいつもの三人組だった。こいつらとは一年生からの付き合いで現在四年目突入、ずっと同じクラスの腐れ縁と言う奴だ。一学年二十クラスあるこの学園では相当珍しいことだ。

 一年生からずっと同じクラスの奴はあと一人いるが、そいつはここの寮生じゃなくて別の寮に住んでいる。流石に六千人もの生徒を同じ寮に収容できないから寮は沢山ある。そいつは学園の側の寮で暮らしている。俺たちの鳶瞳寮とは眞逆の位置にある寮だったはずだ。



「むぐー、そろそろ行かないと遅刻だねー」



 蘇狐は残っていた赤だしを一気に飲み干し、席を立ち上がって荷物を取りに自分の部屋へ戻っていった。俺と曲直は荷物を持って出てきたからその分の余裕がある。

 それにしても、俺と曲直とは四年目の付き合いというのに、何故荷物を持ってきた方が効率がいいと気づかないのだろうか。



「非効率の極みだね。見てて不快だけど愉快だよ」

「それ矛盾してないか?」



 そう呟いた曲直の顔は言葉で上手く表せないような複雑な表情だった。笑っているが悔しさ混じり、奥歯を噛み締めていそうで楽しそう。実に矛盾した表情だった。



「僕も自分でそう思う。それなりに長い付き合いで多少は情があるから、ちゃんとした生活をして欲しいっていう気持ちもあるし、所詮他人事なんだから、愚かな行動をして堕落するならそのままずるずると堕ちていって欲しいって気持ちもあるの」



 そう言い切ったことでちょっと気持ちがすっきりしたのか、この時の曲直の笑顔は、そこいらの男子が簡単にときめきそうな程可愛い笑顔だったんだが、俺には悪魔のような笑いにしか見えなかった。



「酷ぇー……知ってるけど。だから指摘しないのな。荷物持ってくれば手間が省けるって」

「そういうこと」



 こいつの腹黒さを再確認したところで、俺たちも席を立って食堂を後にする。

 玄関で待つこと数分、鞄を片手に持った蘇狐が手を振って駆け寄ってきた。その手首に巻かれた腕輪が陽光を反射させてキラキラと輝いていた。



「お待たせー」

「それじゃあ行こうぜ」

「うん」



 いつも通り三人並んで登校する。俺が右端、曲直が真ん中、蘇狐が左端、これもいつの間にか出来ていた並び順だ。



「今日は実技があるよねー、ちょっと張り切っちゃうよー!」

「張り切ったところで“特異病名”が解るとは限らないよ?」

「それ以前に、お前まだ症状(ステージ)Eから上がったばかりだろうが」

症状(ステージ)Fの緒虚には言われたくないわねー。それに私は今調子いいから症状(ステージ)Dでも上位の実力だもんねー!」



 蘇狐が口にした通り、今日の授業の中には“SADM(セイドム)”をより鍛え上げる為の実技訓練がある。やっぱり、実技をこなしていった方が成長しやすいという方針から生まれた科目だ。この科目は何事も実践から生まれる、というこの学園の学長のモットーから来ているらしい。

 そのモットー自体は、真剣勝負は数週間分の努力に匹敵するという、学長が学生時代に教えてもらった理念から来ているらしい。あのババアの学生時代なんか想像したくもないが。



「見てろよ?今日こそまともな発動をさせてやる」

「ふふふー、私は今日こそ“特異病名”を把握して症状(ステージ)Cに上がる実力をつけてやるもんねー!」

「言ってろ手品師」

「何だと“出来損ない”ー!」



 蘇狐と睨み合って口論、こいつとは仲は良いんだが口喧嘩はよくしてしまう。不思議と仲が悪くなったことは無いんだが……



「…………五十歩百歩、だね」



 俺と蘇狐の口論を一歩下がって聞いていた曲直がボソッと呟いた。実際、位置的に挟まれていた曲直には堪ったもんじゃなかったのだろう。笑顔なはずなのにかなりこめかみがピクピクしてる。こりゃ相当怒ってるな……



「「…………」」



 ついでに、その言葉のダメージが意外と大きく、俺と蘇狐は互いに押し黙ってしまった。

 なんでこいつはこうも的確に人の傷つくような言葉が言えるのだろうか。ある意味尊敬に値する。



「ほら、昇降口着いたよ? さっさと履き替えてよ“出来損ない”。能力もまともに使えない上にテキパキと行動出来ないの? 救い用のない屑の極みだね。あとそこの駄乳、邪魔なんじゃない? 脳みそにいくはずの栄養が詰まってるんだねきっと。剃り落として洗濯板にすれば多少は効率上がるかもね。ほら早くしてよ」

「スマン、俺らが悪かった!」

「頼むよー、もうそれ以上言わないでー!」



 昇降口、生徒が往来する場のど真ん中で可愛い笑顔をしている白髪の生徒と、それに向けて土下座する二人の生徒の図が出来上がった。

 曲直の怒りはただ今最高潮に達している。だから、たかが土下座程度では収まることを知らない。



「いつも言ってるよね? 僕を間に挟んで口喧嘩するなって。あの並びだとさ、僕の身長の小ささが嘲笑われてるようで不愉快なんだよね。そこの“出来損ない”は一七五センチは越えてるし、そこの駄乳でさえ一六五センチはある。この僕の身長、一五三.七四センチを見下すようだねまったく。いつになったら覚えるのかな? まさか健忘症? いや違うね、ただ幼稚な脳をしてるから覚えられないだけだよね」

「「申し訳ありませんでした!!」」



 もうここまで来ると曲直の暴走は止まらない。特に話題が身長に関することになった時など特にそうだ。少しでも自分の身長を貶されていると判断すると、それはもう激しい毒舌状態に突入する。

 俺と蘇狐は全身全霊、誠心誠意、全てを擲って土下座を続けた。



「…………ま、今に始まったことじゃないけどさ」

「「それじゃあ――――」」

「誰が頭上げていいって言った?」

「「スイマセン!!」」



 いかん、油断した。ちょっと語気が弱くなったと思っていたがそんなことは全くなかった……むしろより怒らせてしまったような……

 一瞬だけ曲直の顔が見えたが、いつもの笑顔はどこかへ消えうせていて、怒りのあまり無表情になっていた。それでも相当怖いのだが。



「今日の昼食、そこの“出来損ない”と駄乳は僕に三品ずつ献上すること」

「「三品!?」」



 三品っていうと……学校の学食じゃあ二品食べて丁度いいくらいだというのに……こいつは六品も貪り喰らうのか?



「返事は?」

「「…………はい」」

「よろしい。じゃあ早く教室行こうよ、遅刻しちゃうから」



 何とかお許しを頂けた俺と蘇狐は手早く立ち上がって、服(主にズボンの膝下部分)についたホコリをはたき落とす。上履きに履き替えるのも迅速に行う。



「やれば出来るんだからしっかりしてよ?」

「はいー……」

「了解……」



 朝っぱらからこんなに疲れたのは久しぶりだ……その原因に全部曲直が絡んでいる辺り、これまでのことが全部仕組まれたことのような気がするな……

 その可能性が否定できないまま、俺たち三人は揃って教室へ入った。




遡之咲蘇狐、B92(E)W59H93のナイスバディー。

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