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第二話 『前例のない生徒だよ』



「もう厄介事は済んだみたいだね。じゃあ僕も一緒に帰るよ」



 教室の出口に差し掛かった時、後ろから聞きなれた声が聞こえた。その声に振り返ると、身長が一五〇センチ程で可愛らしい顔つきの白髪のクラスメイトがそこにいた。

 どうやら俺と凍瀧後輩のいざこざが終わるのを待っていたらしい。相変わらず気の長い奴だ。凍瀧後輩が絡んできたら三時間かかることだってあるというのに、いつもいつも一段落するまで待っていてくれる。



「また待ってたのか曲直(くまなり)凍瀧後輩(あいつ)が来たら先に帰ってもいいって言ったろ?」

「僕だけ帰っても暇だからね。一人寂しく部屋で膝を抱えてポッキーを咀嚼するよりも、ルームメイトがいつ死ぬか解らない瀬戸際で奮闘しているのを観察している方が実に有意義だと思わない?」

「死ぬか解らない瀬戸際で奮闘しているルームメイトを見ているだけってのも酷い話だ。助けてくれたっていいんだから」



 こいつは自分の思ったことをオブラートに一切包まず口から吐き出してくる。腹が黒いという奴か、他人を言葉攻めして虐めたりするすることが最早趣味のような奴だ。

 逆に言えば、ほとんど素をさらけ出してくれているのとほぼ同義、これほど本心で話し合って付き合える友人はいない。

 かれこれ四年目の付き合い、学園内で一番の友人だと俺は信じている。



「さて、それじゃあ帰ろうか。まだあの可愛い後輩が唸ってるけど。まあ多少は頭使った方があの子の今後のためになるよね? 足りない頭を無駄な思考時間で補うっていう非効率的なことになるけどさ。ああいう脳の処理速度も処理能力も見るに耐えない人は直感で動けばいいのに」


 曲直の指差す方を見ると、今にも頭から煙を出してショートしそうな凍瀧後輩がいた。実際はショートするのを止めようとしている“SADM(セイドム)”が冷気を出して熱くなった後輩の頭を冷やして発生した水蒸気なのだが。

 それに対して俺のクラスメイトは我関せずといった具合に無視している。まだ四月の下旬だというのに、クラスメイトたちは凍瀧後輩が俺にイチャモンをつけにやってくるのに慣れてしまったのだろう。相手にもされない凍瀧後輩、可哀想に。



「あいつの脳は惨憺(さんたん)たる状況ってか?」

「そうなるね。あの子の滑稽な脳内回路、実に無駄で無価値で無意味な頑張りを見せてくれるよ」



 ものすごく可愛らしく微笑むと、まるで女の子(女子に見える容姿をしているが故、始めて見た時は女子だと思った。)みたいな笑顔に見えるが、こいつの腹の黒さは相当なもんだ。本当に一切の躊躇や遠慮なく言いたい事を口にする。三年間ルームメイトとして過ごしてきたのだが、こいつに心を叩き折られた生徒を俺は嫌ってほど目にしてきた。



「おーおー、酷い言い様」

「それが僕だからね」

「ま、俺はお前のそういう容赦の無さが好きなんだけどさ」

「それって愛の告白? 僕と結婚したかったらまずは去勢して性別を交換してくることだね。そうしたらやんわり拒絶してあげるから」

「どちらにしろ駄目なのな」



  そういえば昔、こいつに告白した男子がいたな……その後そいつがどうなったのかを聞くと誰もが口を開かなかったことを考えると、こいつが何か恐ろしい罰を下したんだろうな。

 …………まさか去勢されたんじゃないだろうな。



「無駄な努力、無意味な頑張り、無謀な挑戦。どれもこれも僕の好物だけど、受け入れるかどうかは別問題なんだよ」



 いつも通りの他愛も無い会話をしながら昇降口までやってくる。三年間使ってきた上履きを脱いで下駄箱にしまい、つい最近買い換えたばかりのスニーカーに履き替える。



「そういえば、幽忌の靴新しいね」

「おう。つい先日変えたばかりだ」

「ゴメン言い忘れてたよ。その靴良品だろうけど、似合ってないよ」



 つい先ほど凍瀧後輩にあれだけ暴言をぶちまけておきながら、まだ俺を罵る余力があったか。こいつの腹は黒いと言ったが…………こりゃ真っ黒だ。わざわざ言い忘れたままでいいことまで言いやがった。まさかとは思うが……こいつ、俺が一番傷付くタイミングで言ったんじゃないだろうな……?



「…………そーかい。じゃあ、これを履きこなせるよう努力させてもらいますよ」

「無駄な努力、僕の好物が解ってるじゃない」

「それでも受け入れないんだろ?」

「さあね、君の努力が僕の予想の遥か上空の大気圏を突破したら考えないでもないよ」

「その意味不明な比喩表現でまず無理だということがよく解った」



 いつも通り手厳しい言葉を受けながら歩くこと十数分、俺たちの暮らしている鳶瞳(えんとう)寮が見えてきた。寮とは言っても、ここは和の雰囲気溢れる旅館みたいなものだ。縦に大きいわけではなく横に大きい。二階建て(二階は女子専用)、庭付き、温泉完備、食堂や談話室が無駄に広い、中に売店があるなど、生徒が暮らすには充分すぎる設備だったりする。寮の名前に鳶と付いているだけあって、この寮の玄関口には木で出来た鳶の像が鳶色に染められて飾られている。

 それを見た俺のルームメイトの第一声は、“随分前のものだからか、最早鳶色っていうか、排泄物の色をしていて汚らしいね。”と、この寮の歴史を足蹴にした大胆不敵なものだった。もちろんその時も純真そうに見える(しかし内側は真っ黒な)笑顔だった。



「ねえ幽忌、いい加減僕を下の名前で呼ぶことはしないの? 根性無し?」

「確かに、お前が女だったらあまりの可愛らしさに、ガチガチに緊張してずっと名字で呼ぶ根性無しだろうよ。って、そうじゃないだろうが。お前が“僕を下の名前で呼びたい人は遠慮なく言ってね。二度とその気が起きなくさせてあげる。”って一年の時の自己紹介で爽やかな笑顔でのたまったからじゃねえか」

「なんだ、覚えてたのか。今の流れで呼んだら徹底的に“あひぃあひぃ!”と喘ぐまで嬲ってあげたのに」

「本当にドSだなお前」



 危うく色んな恥辱を受けるところだった。そんな罠を回避しながら、先ほど似合わないと一蹴された靴を室内用のサンダルに履き替える。この寮の中で履いていい靴に関しては規定が無い。だから俺は履きやすい普通のサンダルにしている。ちなみに曲直は下駄、本人が言うには“身長を高く見せるための無駄な足掻き”かつ“微笑ましさを女子にアピールして腹黒さを隠蔽するためのトリック”らしい。

 下駄を履いている曲直が微笑ましく見えてしまうから、俺もそのトリックとやらに陥ってしまっているようだ。



「まあ冗談は半分ほどさておき、別にいいんだよ? そろそろ下の名前でも」

「気分屋だなお前、知ってるけど。どういう風の吹き回しだ?それともなんか企んでんのか?半分も本気だなんて」



 本気が一割ある発案でも珍しいというのに……怪しいな。



「いや、今回ばかりは結構本気。どう? 僕のことを(けい)って呼ぶ転機だよ?」

「まあお前がいいって言うならそっちでもいいんだが…………本音は?」

「そうすると腐りきった女子の君を見る目が更に酷くなるから。なんでも僕が受けらしいけど、僕的には幽忌が受けだと思うんだよね」

「これからもよろしく曲直くん」



 こいつの脳内は自分が愉しめることに関しては、恐ろしく思考速度が上がるから気が抜けない。腐りきった女子と言い放つあたり、他のことに思考速度最大で頭を使っている状態でも他人を貶すのは忘れないようだ。



「鍵出してもらっていい? 今日部屋に置いてきちゃって」

「珍しいこともあるもんだな。いつも俺より先に部屋の鍵を開けるくせに」



 俺たちの部屋、壱ノ七号室の前で曲直が苦笑していた。実際、この用意周到な奴には本当に珍しいことだった。今日はいつもより遅めに部屋を出たから焦っていたのか、はたまた昨日の外出時に私服に入れっぱなしにしてしまったのか。まあ理由が何であれ、俺が鍵を出さないことには部屋には入れない。

 俺が鍵を開けると、曲直は真っ先に自分のベッドへ勢いよく飛び込んだ。いつものことだが、曲直が小動物のようにベッドでゴロゴロしている光景を見ると、疲れた心が少しだけ癒される。

 この部屋にあるのはベッドが二つ、テレビ一つ、冷蔵庫一つ、室温調整機に空気清浄機、炬燵のために開けられた床、畳が敷き詰められた小上がり。それだけあってまだまだ部屋の面積は有り余る。やはりこの寮はもう旅館でいい気がしてきた。

 俺は学ランを脱いで肩を楽にして、気の抜けた足取りで冷蔵庫へ向かう。



「曲直も何か飲むか? 夕飯前だからあんまし飲まない方がいいだろうけど」

「コーヒー牛乳入れてあったよね? 僕それ」

「あいよ。俺は缶コーヒーっと」



 冷蔵庫から冷えた紙パックのコーヒー牛乳と缶コーヒーを取り出して曲直のベッドへ向かう。



「……おい、さっき飯前だって言ったろ」



 コーヒー牛乳を手渡そうとすると、曲直のベッドの上にはポッキーの未開封の箱が三つ散乱していて、開封された箱が二つほどゴミ箱に投下されていた。今朝ゴミを出したばかりだから、こいつがベッドに飛び込んで俺がコーヒー牛乳を持ってくるまでのわずかな時間で、この女顔はポッキーを二箱も平らげたのか。

 こいつの腹は真っ黒な上に恐るべきブラックホールだな。



「ポッキーとコーヒー牛乳は別腹なんだよ。ポッキーは僕の脳内にエンドルフィンを増徴させて、コーヒー牛乳は僕の血液と同化して血管を流れていくのさ」

「相変わらず謎な発言だな。まあいいや、あんま食べすぎるなよ?」



 エンドルフィンって脳内麻薬だったか、まあ詳しくは解らないから言及するのはやめておこう。事細かに説明されても理解できるか解らない。



「それぐらいにしておけよ」



 と、曲直に注意をする俺も多少は小腹が空く訳で、ついついチョコレートを口にしてしまう。飯前と言ってもまだ二時間はある。ちょっとくらいなら夕飯に支障は出ないだろう。俺は缶コーヒーの封を開けて一口飲んで一息ついてから、隣のベッド、つまりは俺のベッドに腰掛ける。



「そういえばさ、最近幽忌ってば付き合いが悪くない?昨日遊びに誘ったのに断ったでしょ?」



 曲直はポッキーを三本まとめて口に加えた。さっきよりポッキーを噛み砕く音が大きく聞こえてくるあたり、ちょっと怒気が籠っているのが解る。三本まとめて齧りついていても、顔が女の子なもんだからちょっと可愛かったりする。



「お前な……理不尽なのはいつものことだけどさ、流石に学校に用事がある場合ぐらい見逃してくれないか? 不条理すぎる」

「どうせ砕碼(さいま)さんの手伝いでしょ? 多少は断りなよ。じゃなきゃあの人担任としてやっていけないよ?」

「あの人には借りがあるからな。返しきるまではお節介をやかせてもらうつもり」

「本当に律儀な奴だよ、幽忌は。まあ、そう言うところが僕のお気に入りなんだけどさ」



 どうやらこいつはこいつで俺に対して気に入っているところがあるようだ。そのことがほんの少し嬉しかったのは内緒である。

 先程から名前があがっている砕碼というのは、ほんの少し前に帰りのHRをダラダラしながら素早く終わらせた俺たちの担任のことだ。特徴としては、やる気がない、面倒な事が嫌い、授業はおもしろい、人望がある、意外と世話好きなどがあげられる。

 最後に提示した特徴である世話好きが俺の言う借りに値する。この学園に入るに当たって色々と手を回してくれたのがこの先生だったりする。だからその恩義は大きすぎて、俺の中じゃまだ返しきれていない。だからあの人の頼みは出来る限り聞くつもりでいる。



「幽忌も物好きだね。あの砕碼さんの依頼って面倒事(ハードワーク)で有名なんだよ?」



 さっきの豪快な食べ方とは一変、曲直はポッキーをチビチビとウサギの様に咀嚼していた。この食べ方も腹黒さの隠蔽だと本人は語っていたが、恐らくこれは素なんじゃないかと思う。この食べ方も女顔なのでこれまた可愛らしい、なんてことを口にしたら半殺しにされるから決して言わない。



「物好きとは失礼な。あの人はそれなりに面白い仕事をくれるからいいんだよ」

「調書の整理とかコピー用紙の補給が? 明らかに庶務雑務の仕事だったじゃない」



 曲直も随分前に俺と一緒に砕碼先生の手伝いをしたことがあるのだが、その時の内容が調書の整理とコピー用紙の補給だった。その時は非常に退屈な仕事だったので、流石の曲直の顔からも笑顔が消えているのが解ったのを覚えている。あの時の曲直の無表情は怖くて忘れられない。



「確かにそのあたりはハズレの仕事だが、過去の学園の記録書とかの整理は楽しいぜ? なんせ色んな能力が把握出来る」

「“SADM(セイドム)”の? それなら確かに幽忌向きだろうけど……見てて嫌にならない? まだ症状(ステージ)Fに位置してるのにそんな文献ばっかり読んでたら……」

「寧ろ心が踊るね。自分の能力について想像すると楽しくて仕方ないからな。まあ最近ちょっと失意気味だが……」

「…………それだけ興味を持ってる生徒なんて滅多にいないのに、その生徒が症状(ステージ)F診断ってのは……なんたる神の悪戯かね。しかも“出来損ない”扱い」



 ポッキーをついに計五箱食べきった曲直は明らかに俺を憐れんでいた。こいつにはいろいろと愚痴を聞いてもらっているのでこれぐらいは許容範囲。何だかんだ言っても、こいつは俺に色々と協力してくれるからありがたい。



「そういうお前はどうなんだよ。症状(ステージ)Cともなると結構便利だろ?」

「僕のはまだ制御仕切れてないよ。いくら“特異病名”が解っても、コントロールにすごい負荷がかかるからまだまだ未熟だよ」

「はー、そんなもんか」

「そんなもんだよ」



 話に一段落が付いたところで、俺と曲直は残っていた自分の飲み物を一気に飲み干した。



「っぷはー! それで? 幽忌はどうなのさ。まだ自分の意思で発動出来ないの?」

「っぷはー! うーん……もう少しなんだと思うんだが…………能力を使えたことはあるが……それが何なのかも解らないし、発動条件も皆目見当が付かない」

「そうそう、凍瀧さんに絡まれてる時は使えてたよね? なのにまだ症状(ステージ)Fってのもおかしな話なんだけど」



 曲直が呆れた顔をしていた。確かに俺は過去に数回だけ能力を使えたことがある。いや、使えたことがあるでは少々語弊がある。正確には、“SADM(セイドム)”が能力を勝手に発動させたんだ。俺の意識とは無関係に。

 凍瀧後輩に絡まれている時、俺の体に危険が迫ってきた時に限って勝手に発動した。しかも厄介なことに、その能力が一体どんな能力なのか、俺には皆目見当が付かない。

 使用者である俺が一切解らない能力。ただ解っているのは、凍瀧後輩の能力を防げたという事実だけ。



「不安定だね。普通は能力が一回でも使えれば、頭が勝手に自分の能力が何なのかを理解するんだよ? その能力の条件と特性を“SADM(セイドム)”が脳の知識を保管するところに、あたかも“昔から知っていた情報”のように与えてくれるはず。だから幽忌は“出来損ない”なんて言われちゃうんだよ。“SADM(セイドム)”がその役目を果たせない、前例のない生徒だよ」



 曲直に軽く説教を食らっているが、俺自身がどうしようもないんだから仕方がない。確かにここ十数年の卒業生の能力は、砕碼さんの手伝いで卒業生のリストの整理の時に一通り目を通してある。

 その中にも、俺のように症状(ステージ)Fで能力を使えたという事例は存在しなかった。



症状(ステージ)Fと症状(ステージ)Eの間、音階で言うとEとFはミとファ、その間はピアノの鍵盤上では存在しない音だよね。それぐらい幽忌は存在しない存在なんだよ、簡単に端的に言っちゃえばね」

「なるほどね。それは幸運なのか不幸なのか…………ま、気長にやりますよ」

「そうだね、そのうち解るよ。僕の“捻くれ坊や(ツイスターチャイルド)”みたいにね」

「楽しみにしておくさ」



 結局、今日も俺の能力が何なのかは解らなかった。毎日俺の中に巣食っている“SADM(セイドム)”に呼びかけているものの、それは無駄なのだろうか。もう少し、もう少しのはずなんだ。

  こんないつも通りの解決しない悩みを抱えて今日が終わる。



 その翌日、俺に転機が訪れるとも知らず。


 

曲直くんはクラス内で上位の可愛さを有しています。

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