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第一話 『俺は“出来損ない”』

 


 特異的能力発現性微生物――Singular・Ability・Develop・Microbe――、通称“SADM(セイドム)”。



 現在、人類の十人に一人の体内に存在していると言われている百万分の一ミリも無いほどの極小球体型生物で、人体への害――例えば癌などの死に至るもの――は全く無い無害な存在である。

 しかし、この微生物が及ぼす健康面への影響はほとんどない代わりに、この微生物の影響を強く受けた人物にはある症状が発生する。

 その症状とは、人間には生まれつき備わっていない特殊能力――例えば、体から炎を発生させる能力、また、片手で植物を操る能力など――をその身に発現させる。

 その昔、この現象が見られ始めた当初、人類はその能力を超能力と判断し好奇心に従って研究し、それを神から授かった力と信じ祈りを捧げて崇め、それを化物の象徴として卑下し嫌悪の対象として扱い忌み嫌った。

 今ではその奇怪な現象の原因が、科学者により“SADM(セイドム)”という微生物の影響だと突きとめられた。その“SADM(セイドム)”の力を発現させた者たちを、総称してセイドム・ユーザーと呼んでいる。

 当然の事ながら、このような能力が使える者が現れたとなれば、軍事力に使われる予想などは容易に想像出来た。

それを危惧した世界の国々は早急にセイドム・ユーザーに関する協定を結び、書類上は国家間戦争においてのセイドム・ユーザーの介入は原則禁止とされた。



 そして現在、セイドム・ユーザーの存在自体が当たり前になり、“SADM(セイドム)”の力が街中でも見られるようになってきた時代。

 今では世界中でセイドム・ユーザーを育成する学園が設立されている。その学園の中でも、日本にある世界最大級のセイドム・ユーザー専門の育成学園、名を絢楼(けんろう)学園。全校生徒数総勢六千人のマンモス校である。

 この学園が建っているのは、日本にかつて存在していたある三つの都道府県を合併して設立された、セイドム・ユーザーのためだけの独立都市、その名を天上都市と言う。

 世界各国はその大規模なセイドム・ユーザー専用の大都市を、尊敬と畏怖の念を込めて“ヴァルハラ”と呼んでいる。世界中から留学生が来るほどの巨大都市である天上都市は、“セイドム・ユーザーの楽園(パラダイス)”と言う異名まで欲しいままにしていた。



◇ ◇ ◇



「よし、朗読ご苦労。座っていいぞ」

「ういっす」



 教師に許可をもらったので自分の席にゆっくりと座る。今は“SADM(セイドム)”に関する講義の時間、少し歴史の授業をやっている気分だ。去年はこの講義で生物の授業よりもしっかり“SADM(セイドム)”の生態について詳しくやったような。

 それにしてもこの教科書、うちの学園が作っているだけあって大分贔屓目で書いてあるな……他の教科書だったら多少は日本のことも含めて卑下してあっても良さそうなんだけどな。



「今緒虚(おみなし)が読んだとおり、この絢楼学園、さらには天上都市には沢山の留学生が―――」



 また教師が解説を始めたが、正直この話は聞き飽きている。この絢楼学園は中等部高等部のくくりを廃止した六学年制度、その六学年のどの学年の始めの講義でも絶対にこの話をするらしい。他にもやるべきことがあるだろうに。同じことを何回も読み直して自然と脳に焼き付けても、今後のためにならないことなら無意味だ。常識だから知っていなくてはならないらしいが、発展途上国のセイドム・ユーザーなんて深く考えずに能力を振るっているらしいし、この講義は絶必ず受けねばならないものではないはずだ。

 そんな理由で教師の話には殆ど耳を向けずにじっと教科書を見詰める。この教科書とももう四年目の付き合いになるが、それぐらいしかやることが無い。内職をして課題を片付けるのも悪くはないが、どうせ少量の課題だ。寮に帰ってからでもすぐに終わる。

 このつまらない講義も始めの二年ならまだ耐えれたが、流石に四年目ともなるといい加減に飽きが来て、こんな話に何の意味があるのかと考え出す。こんな話をしたところで生徒の“SADM(セイドム)”が覚醒したり強化されたりするわけじゃないってのに。現に四年間、この授業で俺の能力が成長した兆しが見られない。



 俺は未だに“出来損ない”の扱いを受けている。セイドム・ユーザーとしては欠陥品だと。



「この“SADM(セイドム)”の能力には段階があり―――」



 “SADM(セイドム)”の能力の段階の(くだり)に入ったようだ。どうやらこの“SADM”の能力には段階があるらしい。一般人と変わらない覚醒前の症状(ステージ)F、能力が発生したばかりの症状(ステージ)E、能力がある程度身について更なる覚醒待ちの症状(ステージ)D、自分の能力名――“特異病名”と言うらしい――を理解し再び覚醒した症状(ステージ)C、その状態で能力がある程度身についた症状(ステージ)B、自分の能力をマスターした症状(ステージ)Aからなる六段階に従って区別される、らしい。

 先ほどからの“らしい”というのは、この俺、緒虚幽忌(おみなしゆうき)自身がまだ症状(ステージ)Fに位置していて、そんな遥か高みの連中のことなんか知ったこっちゃ無いからである。


 正確には、症状(ステージ)Fよりも酷い診断を下されているのだが。


 能力がどんなものかも解っていないのに、症状(ステージ)Bや症状(ステージ)Aのことを考えていても仕方が無い。まずは俺の能力を把握することから始めないといけない。そのために文献はかなり読み漁っている。恐らく、これほど熱心な生徒は他にいないんじゃないかと自負している。それでも能力は解らないから、ここ最近はこの努力が無駄になっている気がしてならない。非常に萎えているという奴だ。調べ物は嫌いじゃないが、それが徒労に終わった時の疲労感はどうも気に入らない。

 なんて後ろ向きなことを考えていると、授業の終了を告げる鐘の音がスピーカーから響き渡った。ようやく今日の授業が全て終わった。



「じゃあ、授業はここまで」



 講義をしていた教師が教室から退場すると同時に、俺たちのクラスの担任がゆったりと入ってきた。いつも授業が終わると同時に帰りのHRが終わるようなもので、俺たちの帰りが早くなるから助かるといえば助かる。

 担任は眼鏡の位置を一回整えて自分の手帳を開いた。



「……うーし、特に連絡は無い。気をつけて帰れ」



 実にあっさりとした先生だ。これだけ極められた手抜きだと、苛立たしさなど感じず逆に清々しさを感じる。それがこの先生のいいところなんだが。

 鞄に持ち帰る分の荷物をしっかりと積めて席から立ち上がる。今日は特にやることもないから真っ直ぐ帰るのが一番だ、と俺の直感が脳みそに直接教えてくれる。



 正確に言えば、今すぐここから退避しろ、と俺の動物的本能が危険を察知している。なにやら命の危機的なものが迫ってきている気が――――



「御虚幽忌ぃ!! 今日こそ勝負しなさい!!」



 突然、青い髪の女子が教室の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 本当に本能って奴は正しい判断をしてくれる。危険な生物がやってくる時に関しては何時も敏感だ。ただ、俺の本能はどうも反応が遅い。危険が避けられない位置まで来てからじゃどうしようもないじゃないか。

 というか、こいつはしつこい。週明けのだるい月曜日くらい大人しくしていてくれないものか。



「遠慮させてもらう」

「アンタに拒否権なんかないわよ」

「今からバイトが」

「今日くらいサボりなさい」



 ほら、こいつには話し合いも言い訳も通じない。何も考えずに突っ込んでくる輩はこれだから面倒だ。こんなことなら脇目もふらず寮に帰って、缶コーヒーでも飲んでだらだら惰眠を貪っていたらよかった。

 それにしても、こいつが教室に入ってくる時間が異様に早かったな…………授業サボって待ち伏せ? ありえるから聞くのが嫌だ。



「あのな? 俺は症状(ステージ)Fの人間なの、解る? お前みたいな症状(ステージ)Bのエリート野郎には付き合ってられないんだ」

「関係ないわよそんなこと。アタシは今日こそアンタを完膚なきまでにぶちのめして、駅前のカフェ“HOPE”で勝利のダージリンを飲むって決めてるんだから」



 前言撤回、多少は計画を考えてきたらしい。駅前のカフェの“HOPE”って言うと、あそこの値段はバイトをしていない学生には法外なんだよな……その値段に相応しい味をしているから文句のつけようはないんだが。確かに勝利の祝杯をあげるには意外といいかもな。多少散財してもそれを帳消しできるくらいの優越感に満たされているだろうし。

 というか、俺の予定は無視してお前の都合が第一なのか? 仮にも俺は先輩なんだがな……威厳が失われつつあるのか……



「俺はアールグレイの方が好きなんだ。その時はおごってくれよ? なにせ勝者は気分がいいだろうしな」

「そうね、それくらいなら考えないでも…………って!! なんでアンタに奢らなきゃなんないのよ!! 普通逆でしょ!?」



 ちっ。簡単に騙されてくれるかと思ったがそうでもないな。



「考えてもみろ。俺は症状(ステージ)Fでお前は症状(ステージ)B、俺は“出来損ない”でお前は将来有望、この時点で俺はまず不利であることは決定的。そして俺は戦意無しのギブアップ状態。その上で負けた俺に奢れ? なんつー慈悲もない人でなしの野郎だ。そこは俺に“戦ってくださってありがとうございました。”と敬意と感謝を込めて俺に紅茶とケーキとテイクアウト用のスイーツを奢るのが筋ってもんだろ」

「あ、え? いやそれは流石に……」

「じゃあ二度と戦ってやらん」

「え? し、仕方無いわね。それでいいわ」



 アッサリと了承したな。ケーキ奢ってまで俺と戦いたいってなんだよ。ネチネチと俺に執着し過ぎだ。



「よし。じゃあ俺が勝ったらお前は俺にパフェを奢れ」

「何でそうなるのよ!!」



 いきなり胸ぐらを捕まれた。先輩に対してそれはやっちゃいけないと思うぞ。

 ふと、俺の胸ぐらを掴む手から冷気を感じた。こいつの“SADM(セイドム)”が自動的に能力を使って、熱くなった頭を体ごと冷やしているんだろう。こいつの能力は厄介だからな……よく今まで生き延びられたもんだ、俺。



「考えてもみろ。最底辺の症状(ステージ)Fの俺が上位ランク症状(ステージ)Bのエリートに吹っ掛けられた決闘を、文庫本二冊分の内容を含んだ激戦の末の大勝利。これで称えられるべきは無論俺の辛勝だろう? その場合、お前は俺に“素晴らしい勝利でした、感服いたします”と称賛と労いの意を込めて俺にパフェを奢るのが道理ってもんだろ?」

「んん? ま、まあそれも確かに……」



 俺の胸ぐらを掴む力が緩くなった。過度に頭を働かせると他の事が疎かになるのはこいつの短所だな。

その証拠に、こいつの頭から煙が出てる。熱くなった頭を“SADM(セイドム)”が冷やしているんだろう。水蒸気が頭から発生する学生なんてこいつぐらいだろう。



「しかし、こう勢いよく捲し立てられちゃ頭の整理が出来んだろう。そこで、俺は優しい先輩としてお前に時間をくれてやる。一週間はゆっくりと考えて、結論が出たらまた来いよ」

「あ、えっと、んー…………解ったわ?」



 よし、やっぱりこいつの頭は弱い。この程度の虚言(せっとく)で騙されるあたりまだまだ若いもんだ。



「じゃあ俺帰るわ。じゃあな凍瀧(いてたき)後輩」

「あ、うん……? じゃあね……?」



 最後まで頭の上に疑問符を浮かべていたが、まあ暫く経ったら騙されてると気づいて暴れだすだろうな。そうならないうちにさっさと退散することにしよう。

 能力の使用も無くいざこざが終わるのは初めてかもしれないな、そう思いながら帰宅の準備を進めた。



 この口論が、俺の物語の歯車を稼動させる事件の切っ掛けになるとは思いもせずに――――



緒虚くんは後輩の奇襲のおかげで、回避力と瞬発力が鍛えられています。

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