第十四話 『大好きだぜ』
多大な多忙による多大な遅れ、申し訳ありませんでした。
「大将、砂肝と軟骨二本ずつ、塩で」
「あいよカゲちゃん! そっちの兄ちゃんはどうするよ?」
「あ、それじゃあ皮とぽんぽちを、タレと塩を一本ずつ」
「あいよ! ちょっと待ってな!」
|影莉に案内された路地裏の店に入ると、そこは焼き鳥屋だった。
カウンター席に案内させられて直ぐに注文を取られた。手際がいいのはいいことだがもう少し悩ませて欲しいところだった。
「ぽんぽちかよ。また学生が頼みそうじゃない奴を」
「お前だって砂肝に軟骨とか、どこのビール親父のチョイスだ」
「これが炭酸に合うんだよな……大将いつもの頼むよ! 俺とこいつの二人分!」
「あいよ! レモンスカッシュだね!」
別に俺は炭酸でなくてもよかったんだが、まあ折角頼んでもらったんだからそれでいいか。
それにしても、商店街の裏通りにしては活気だった店だな。この裏通りには珍しいことだ。
この裏通りは相当大きく相当深く形成されているらしい。商店街があまりにも大きすぎることに比例して、その影とも言える裏通りも肥大化してしまった。ただ大きく延びただけならよかったが、影は広がるにつれてより濃く深く暗くなっていった。
入り口はまだいい、一般人が入っても事件になることはまずない。しかし、その奥に足を踏み入れてしまうとどうなるかは解らない。身ぐるみを剥がれるだけならまだマシと思われるかもしれない。
その最奥部はこの天上都市における最大の無法地帯の一つ、危険区域として認定されているほどに危うい。最奥部はもう一つの別の街が存在するだとか、地下に蟻の巣のような通路が巡らされているだとか、諸説色々。確かな情報は全くと言っていい程に皆無、それだけ警察の手が届いていない場所であるということだ。
流石に影莉もその最奥部は未開の地らしく、そこまでの案内は無理だと言っていた。行けるようでも絶対行きたくないのだが。それにこの影莉が行き付けと言っていた焼き鳥屋は意外と深いところにある。ギリギリ警察が干渉できる範囲内にあった。一般人が入る限界のライン上だ。
そんなにも危ない場所だというのに、こんなにも明るい店があるのは正直びっくりだ。これじゃあ表向きの店と何ら変わりがない。
「あいよ! レモンスカッシュ二つね!」
「ありがと大将。ほい、お前の分」
「サンキュー」
キンキンに冷えきったグラスに入ったレモンスカッシュを受けとる。シュワシュワと底から発生した泡がコップの内側にへばりつき、店の熱気にやられたグラスは多量の汗を書いていた。この店内の温度と湿度が如何に高いかを示している。
「はい乾杯!」
「お疲れー」
影莉がグラスを寄せてきたのでそれに応じてグラス同士を打ち鳴らした。乾杯する理由は全くないが、まあ悪い気分になる訳でもないから問題はない。むしろ付き合いが悪いとは思われたくはないから進んでやる。
乾杯を終えると、影莉はグイッと一気にレモンスカッシュをあおった。実に豪快である。本当に、女の子なんだからそこんところ気を使って欲しいな。
「んっ……んっ…………ぶはー! 大将自作のレモンスカッシュは相変わらず旨いねー!」
「カゲちゃんも相変わらずいい飲みっぷりだ! それでどうした? こんな早い時間なんて珍しいじゃないか?」
「いやな? 今日はこいつの用事に付き合って手伝ってんのさ」
「へぇ! カゲちゃんがお手伝いかい! 兄ちゃんも隅に置けないねぇ!」
「ど、ども」
いかん、アウェー感が否めない。いきなりこの二人の間に入っていくのは躊躇われる。というか出来そうにないんだが。感覚的には、電車の中で自分の友人が自分の知らない奴と偶然であって、昔話に花を咲かせているような疎外感。
「情報提供にご協力願うぜ?」
「なるほど。今日はそっちの用事かい。それじゃあ兄ちゃん! 名前を教えてくれよ!」
「ゆ、幽忌です。緒虚幽忌」
俺が大将に戸惑いながら自己紹介をすると、大将の手が止まり暫く何も喋らずに何かを深く考え込んでいるようだった。何だ、何か悪いところでもあったか? こんなに短い自己紹介でミスなんて出来ないのが普通なんだが。
「……緒、虚…………幽忌…………よし、ゆう君で決定!」
「な、何がですか!?」
「大将は気に入った奴にはあだ名を付けてそれで呼ぶんだよ」
いきなり大きな声で“ゆう君”と言われたから驚いてしまった。ただあだ名をつけてくれただけか……まさか母と同じ呼び方とは思わなんだ。偶然だろうけど怖いこともあるもんだ。
それにしても、俺のことを気に入ってくれたのは喜ばしいことではあるのだが、一体俺のどこに気に入る要素があったのだろうか。影莉と知り合いで仲がいいからか? それだけじゃ決定打にはならないだろう。深く考えていたにしては安直なあだ名だし……まあいいか、とりあえずは気に入られたってことでおさめておこう。
ちょっと長い考察に入りかけていたところで、大将の拍手のパンッ! という乾いた音が店に響き渡った。
「さて、何の情報をお求めだい?」
「あっと、通り魔事件のことなんですけど」
「ふむふむ、通り魔事件の、何が知りたい?」
………………何が……?
「それって、犯人も可なんですか?」
「勿論! ただ、それ相応の金額を要求するけどね」
……やっぱりそんなに甘くはなかったか。そりゃネタバレも甚だしいもんな。
流石にいきなり犯人に行き当たってしまったら、推理小説では駄作にしかならない。
「値段は目的に近づく程高くなるからね!」
「それじゃあ、今までの情報をもとにあと一つ、欠けている情報を求める場合、若しくは行き詰まったときのヒントなんかは?」
「それは平均的な値段だ。もっとも、それが真相に直結していたら値段は上がるけどな」
昔のゲームにあるような設定だが解りやすくていいな。あくまでもヒントが売りということか。それに、俺は推理小説は読み明かしていく主義だから問題は何もない、むしろ面白い。
「じゃあ二つお願いします。一つ目、電車切断事故と通り魔事件の犯人は同一人物ですか?」
「いいや、別人だ」
「二つ目、それの最終的な目的は……ひょっとして一致していませんか?」
「ああ、している」
うーん、予想通りと言えば予想通りなんだよな、この答え。
この二つの事件に共通していること、それはまだ続く可能性が高いこと。列車切断事故に関して言えば、未だに目的が把握してない上に理由が一切解らない。
仮説として浮上するのが、何かの練習、つまりはデモンストレーションであることだ。最終的に何かを切り刻むための練習台に使われていない列車を選択したのだろう。
そして通り魔事件。ただ傷付けるだけの快楽犯罪者にしてはやり口が“こすい”。人を斬ることに躊躇いを持っているように思える。何かを斬るための練習をしているような、人を斬ることに慣れようとしているような。
ひょっとしたらこの二つの終着点は、同じ殺人なんじゃないかと思っていた。
だが、列車切断事故に関してはテロの前触れじゃないかとも考えていた。でもこの情報が確実なのであればその線はなくなる。
最終的な目標が殺人、殺す目標が同じに越したことはないんだがな……クソッ。よりにもよって殺人のケースか、こんなの学生の手に余る問題だっての。
「やっぱり、といった顔をしているね。ゆう君」
「お? 何だよ解りきっていたことを聞いたのか?」
「いや、確信が持てなかったことを聞いたんだ。ところで大将、この情報の信憑性って如何程なんですか?」
「九割は当たりだね!」
一体どこからそんなに確かな情報を手に入れることが出来るのか、なんて聞こうかと思ったが流石に躊躇われた。情報屋に情報元を尋ねるのは野暮ってものだろう。
「ところで、情報料は?」
「んー、そうさなぁ…………今回が初めてのご利用、カゲちゃんのお友達、仮説の確信が欲しかったということを含めて……うーん…………つくねを五本、ってところかな?」
「………………つくね?」
「大将の情報料は注文することだからな」
それって等価交換か……? 少し怪しい気がするが……まあいいか。面白いし。
そういう訳でつくね五本を追加して平らげた。流石にまだ学生だからこれぐらいはペロッと完食。若いっていいね。
「ただねゆう君。君が追ってるこの事件は相当面倒臭いよ。気を付けた方がいい」
頼んだ分を全て食べ尽くして緑茶で一息ついていると、大将が先程よりも厳しい表情で俺に軽い忠告をしてきた。やっぱりこの人は真相を知っているのかな……そんな口調だが、まあありがたく受け取っておくことにしよう。
結局お会計はレモンスカッシュ一杯と焼き鳥七本の九八〇円。情報料込みでこれならば安いものだと感服し、俺たちは大将に深く礼を述べまた来ると告げて店を後にした。
それにしても、意外とレモンスカッシュと焼き鳥がマッチしたな。予想外だった。
◇ ◇ ◇
「んー! 食った食った!」
帰り道、影莉が両手を大きく伸ばして体の節々を緊縮を解き、お腹をさすった後ポンポンと叩いていた。どこの中年親父だお前は。
「女の子らしい発言をしてくれないか?」
「いーんだよ、お前しか知り合いいねぇんだから」
「だからだ! 周りは知らない人ばっかりなんだからよ!」
服装が男に見える服だからまだいいが、こいつの性別を知っている俺が見ているのだからもっと気を使ってほしい。元になってる灯莉が無駄に可愛いんだからさ、それを理解した上だとこのおっさん臭い行動が残念で仕方がない。
それでも、助かったことには変わりがないな。
「今日は助かった。ありがとな影莉」
「気にすんな。お前と俺の仲だろ?」
「知り合って四年も経ってないぞ?」
「付き合いは年数じゃねぇよ。密度だ。俺はお前のことが大好きだからな」
また聞いてるこっちが恥ずかしくなることを平然と……こいつには羞恥心がないのかねぇ……
「また何かあったら頼む。通り魔に気を付けろよ」
「俺を誰だと思ってんだ? 学園が誇る最強の能力者の一人、檻織の殺し屋だぜ?」
「お前だけの体じゃあねぇんだからな?」
一応、本気で心配してるんだけどな。それが通じているかどうか解らないから困ったもんだ。
「解ってるよ。アカちゃんの体でもあるからな。無茶は程々にしておくさ」
「体が傷ついて悲しむのはお前ら二人だけじゃないことも忘れんなよ?」
「お前も泣いてくれんのか? 俺みたいな人殺しが死んでも――――」
「当たり前だ」
俺が影莉にキッパリと言い放つと、今度は影莉が恥ずかしくなってきたのか、若干頬が赤くなっているようだった。なんだ、人並みの羞恥心があるんじゃないか。
「……ありがとな。大好きだぜ幽忌。じゃあな」
「おう。またな。心配させんなよ?」
恥ずかしい台詞を言い尽くしたあと、俺と影莉は別れて互いの帰路についた。
ついたのだが、俺にはまだ仕事が残っている。そのためには一旦自室で情報を整理してパソコンにでもまとめてから、本日二つ目の仕事に移るとしよう。寮長の、あの人の協力があるならなんとかなるだろう。
場所は俺らが住む鳶目寮女子エリア、不登校の少女の部屋だ。
織檻影莉、男よりも男らしい殺人鬼(自称)。