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第十三話 『待たせたな』


受験終了、ペースが少し上がるかもしれません。



 


「という訳で、案内を頼みたいんだが」

「着任当日に早速お仕事ですか。生徒会執行部も意外と人使いが荒いのですね」

「いや、生徒会がというか、生徒会長がというか」

「事情と苦情は把握しました。今日はこれといった重要な用事はありませんし、折角久々に二人きりになったのですから、楽しみながら行きましょう」

「まあ、案内料でクレープくらいなら奢るさ」

「あら、別に催促した訳ではありませんよ?」

「よく言う……とにかく頼んだぜ、灯莉(あかり)

「ええ、お任せくださいな」



 俺は財布の中身を一応確認した後、灯莉と一緒に学園の北門から商店街へと向かった。

 それにしても運がいい。学園北側の聞き込みをどうやってしようかと悩んでいたところに、学園の北側にある萌葱(もえぎ)寮に住んでいる灯莉と偶然出くわしたのはラッキーだった。一緒に帰りながら案内役も頼める。



「さて、それでは行きましょう。商店街なら色々と宛があります。私も、“彼”も」

「“彼”、ねぇ……どうせ裏通りだろ?」

「あら、私も裏通りには行きますし、“彼”も表の店を利用しますよ?」



 にっこりと笑っている灯莉だが、正直なところ裏通りは俺が好むような場所ではない。自ら進んで行こうとは考えたことはないし、誘われることなど滅多にないような場所だからだ。と言うか、裏通りは危険な無法地帯であるから行かないだけなのだが。

 そんなところに顔が利いているこの幼馴染み。お嬢様のような立ち振舞いとは真逆の性格を有した場所だというのに。



「ほら、呆けてないで。置いて行きますよ?」

「おっとそりゃ困る」



 先に北門へと向かった灯莉に急いでついていく。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……




 ◇ ◇ ◇




 歩くこと十数分、学園の北側に位置する天上都市有数の巨大商店街、春風(はるかぜ)商店街に辿り着いた俺たち二人。

 この春風商店街の規模はかなり巨大なもので、歩き尽くすにはまず三日かかると言われている。そのためにこの商店街には最新技術とも呼べる移動用装置が設置されていた。それは特殊な金属の小さなパチンコ玉のようなものが沢山敷き詰められているものだった。名を“スライドライド”、通称SR。移動に使用されるベクトルを軽減する装置だ。誰かに背中を押してもらっているような効果、要は楽して遠くまで行けるのだ。間の体に負担が掛からないように設定されており、感覚的にはベルトコンベアと何ら変わりはない。ブレーキに使われるベクトルもなくなるために、停止にも力を無理にかける必要はない。まるで身体を操作されている感覚に陥るが、慣れてしまえばどうということはない。



「慣れねーよ、気持ち悪いっての」

「もう少し綺麗な言葉遣いでお願いします。私はどうということはないのですから」

「ここのSR旧式すぎるんだよ。この間オープンした天上都市最大のショッピングモール“アイギス”のSRは快適だったのに」

「学園に近いので実験段階のものが多いんですよ。特に出来が良かったものを天上都市と都市外の境目に置いて、“これぞ天上都市!”と大袈裟にアピールしたいんでしょう。何せこの都市は“SADM(セイドム)”発達国としてはトップレベルなんですから」

「実質一番だろ。こんなにオープンで余裕のある都市は滅多にないぜ? モスクワもワシントンも留学生は断固拒否してるし、マドリードやパリは留学生を許可してても設備がなってない」

「身も蓋もないようなことを……ロンドンは“SADM”発達都市としては上等でしょう?」

「確かにそうだが……あそこの文化は“SADM”発達につれて退化してしまったからな。十九世紀頃の倫敦(ロンドン)、蒸気機関車や馬車、科学の進んだこの時代にガソリン自動車が復旧してない世界に逆戻りしてる」

「でもそれに対し、二輪の一頭だて馬車の安定の悪さも解消されていますし、蒸気力も効率が上がったと聞きましたし」

「そんなところに力を加えるならもっと別の所へ力を入れればいいものの。蒸気力を開発して今更何になるというのか。手袋大好き人種め」

「差別はいけないですし偏見ですよ? 大英帝国と呼ばれた時代のまま現代で勝ち抜いていけるブリテンの底知れぬ産業国力、私は敬意を払っていますが」

「俺も関心はしている。ただ納得がいかんだけだ。何で文化を退行させることになってしまったのか、何かしらの情事があるのだろうが」



 俺と灯莉はそんなくだらない世界事情について話しながら商店街を進む。因みに、SRはベクトルを軽減するだけでなく若干の修正も加えてくれる。そのために人とぶつかることはまず無い。旧式とは言え、流石に安全機能はしっかりと整備しているようだった。

 商店街の丁度真ん中までやってくると、そこは大きな噴水広場になっており、商店街を訪れた人たちがよく休憩の場として利用している。なるほど、ここなら聞き込みに最適だ。

 早速聞き込み開始。出来るだけ幅広い年代を心掛けてはいるが、やはり平日の午後に商店街に訪れて休憩している人は少ない。休日なら問題はなかったが……まあ聞けるだけ聞こう。




 ◇ ◇ ◇




 数十分後、情報は面白いくらい集まらなかった。聞き込みをしても流石に深夜のこと、そんなに都合よく出歩いている人物などいなかった。推理小説だと面白いくらい情報はすんなり手に入るのに……やはりフィクションだからか。現実とは勝手が違うわな。

 というか、聞き込み自体、既に都市警察が行っているのではないだろうか? だとすると、俺の聞き込みに意味はあったのだろうか……?

 そこである考えが頭の中に浮かんだ。

 ひょっとすると、聞き込みという行為はカモフラージュなのではないか? 暗行部の仕事を目立たせないようにするための上部だけの仕事、手がかりが手に入ったら儲け物、そんな考えで俺は駆り出されたのではないだろうか。そうだとすると非常に癪だな。

 いや、こちらにはまだ調査の手がある。路地裏調査、都市警察の手が届いていない可能性がある。



「灯莉、路地裏の聞き込みに行きたいのだが」

「ええ、そろそろかと思っていました。では行きましょう。比較的に安全なところですが……その前に着替えましょう。流石に制服は躊躇われます」

「着替えか。俺は持ってないぞ?」

「ご心配なく。そんなことだろうと思って既に購入済みです」



 灯莉は右手に持っていた紙袋を差し出してきた。恐らくこれが俺のための着替えなのだろう……受け取ったはいいが、この紙袋に書いてあるブランド“GAIL(ゲイル)”、メンズブランドじゃあ超高級な店だった気がするのだが…………相変わらず金を使いまくる奴だ。まあ折角買ってもらったのだから、ありがたく頂いておくことにしよう。



「五万九千八百円でしたので、ご返済宜しくお願いします」

「金取るの!!? 学生にそんな法外な値段を叩きつけるの!!?」

「え? 緒虚さんバイトしてるから大丈夫でしょう?」

「あれは学費と生活費に当ててるんだ!!」



 恐ろしいことを言ってくれたもんだこの箱入り娘……学生の癖にキャッシュカードなんか持ってやがるし………… そんなに有名な財閥の家系でもないのに……こいつの家族はどこか間違っていないのだろうか……?

 結局今回は奢りということになり、とりあえず着替えることにしたのだが、灯莉のセンスは意外にも素晴らしかった。重ね着を好む俺が着やすいコーディネートで助かった。

 着替え終わり化粧室から出て噴水広場のベンチに座って灯莉の着替えを待つことにした。やはり女子だから着替えにも時間がかかるのだろう。








「待たせたな」








 待つこと数分、頭上から声をかけられたので上を仰ぎ見ると、革のジャンパーに黒のジーパン、黒尽くしの格好で俺を見下ろす怖い人物がいた。



「あ、えっと……遅かったな」

「ああ、サラシを巻くのに時間がかかっちまってな。けっ、この無駄に育った胸なんざ切り落としたいもんだ」



 こ、怖い……このやりかねん勢いで話をされると異常に怖い。と言うか、“SADM”の切り替えが上手くなったな…………一年前はここまできっちりと切り替えられなかったというのに。



「行くぞ」

「ああ、解ったよ影莉(かげり)





 ◇ ◇ ◇





「ここが裏通りだ」



 案内されて到着したのは、店と店の間のにある細い通路の奥の奥、活気だっていた明るい表の商店街とは真逆で、黒く静かなイメージが植え付けられる路地裏だった。

 この商店街の規模が大きいこともあり、路地裏もそれに伴い巨大なものとなっている。それも蟻の巣のように細かく張り巡らされているのだ。学生がまず好んで入るような場所では決してない。



「さて、どうするんだ? 案内役さん?」

「まあ待て、灯莉にはクレープを奢ったらしいな。俺にも何か奢れよ」

「軽いものならな」

「よし、そんじゃあ…………そこのたこ焼きだな。ネギポン酢味買ってこい」

「命令形かよ……」



 出来ることならちゃんと抵抗はしたかったのだが、下手をするとそのまま返り討ちにあってボロボロになってしまう。

 灯莉の症状(ステージ)Aの“SADM”、“美女と野獣(デュアルセンス)”の一番の目玉能力、それは人格の完全なる入れ換え。優しい灯莉から恐ろしい影莉へとスイッチを切り替えることが出来る能力で、外部ではなく内部にのみ影響が発生するタイプだ。肉体強化なんかも同じジャンルに位置するが、灯莉ほど綺麗に人格を入れ換えられる学生はまずいないだろう。基本的に“SADM”は外部に影響を与える能力を発現しやすい。一説には、人間が本能として誰もが抱えている破壊衝動が作用しているとか。

 そんな珍しい内部影響型の灯莉の能力だが、好戦的な影莉に入れ替わると恐ろしい能力が付加される。影莉の右袖に仕込んである短刀を用いての攻撃、まるで獲物を狩る猛獣のような動きになる。普段が可憐だの優美だの言われている分、この影莉に切り替わったときのギャップは恐ろしい物である。



「ほら買ってきたぞ?」

「おっほ、相変わらず旨そうじゃん」



 ただ、俺としてはこっちの影莉の方が付き合いやすくて嫌いではない。灯莉は少々頭が固く世間知らずだ。昔よりは幾分かマシにはなったものなのだが、それでもやはり自分の中の常識に従って譲らない場面が多々ある。

 それに比べ、この影莉は互いに何の隔たりもなく本音で話し合える。多少暴力に訴えてくる節があるが、こいつなりのスキンシップだと受け取っておけば問題はない。

 それでも、昔斬りつけられたのはトラウマになってはいるのだが。



「なあ幽忌、お前アカちゃんに何かしたか?」

「ん? いや、したというか、嘘の噂話に勝手に一人で感動していただけだ」

「あー、なるほど、ない話じゃないわな。妙にアカちゃんから明るい感情が流れ込んでくるもんでよ」



 “美女と野獣”の主な効果としてこの人格の切り替えがあるが、その人格の切り替えにより生じる記憶や感情の相違、それはこれまた都合よく出来ている。感情は共有するが記憶は共有しない、つまり影莉に入れ替わった何を話そうが灯莉には伝わらない。俺としては非常に助かる機能だ。だからこそ影莉に本音をぶちまけることが出来るのだが。



「こちらとしては大変疲れる」

「気張れよ、男だろ?」



 気合いを入れろと言わんばかりに、影莉は力強く俺の背中をバシン! と叩いた。



「解ってる。それより食ったか? 案内料分の働きをしてくれ」

「人使い荒いっての。んじゃああんまり危なくないところ、焼き鳥屋にでも行ってみるか? もう居酒屋みたいなもんだが」

「俺たち未成年だろうが」

「関係ないな。普通に飯食うだけなら問題ない」



 そう言ってケタケタと笑う影莉。このお嬢様のように品のよい顔つきから発せられた言葉とは到底思えないな。まあ長い付き合いだから慣れたが。



「そんじゃあ行きつけに行こうか。馴染みの顔もいるから困りゃしねぇよ」

「お前はな。俺は初めてだってこと忘れんなよ?」

「解ってるっての。紛いなりにも常連だ。文句がある奴がいたら斬ってやるからよ」

「凶器を持ち出すな。と言うか、狂気を持ち出すな」

「いいだろ別に。俺はお前のことが大好きだから、お前が酷い目に遭ったら仕返ししてやるからよ」



 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞を恥ずかしがらずに言い放ち、飛び付くように肩を組んできた影莉。

 サラシを巻いているせいで胸の感触が感じられないのは非常に残念だが、それでも好意を向けてもらえるのは悪い気はしないな。というか、この“大好き”は明らかに女子としての観点からの意味ではなく、恐らく曲直(くまなり)のように玩具として気に入っているという意味に相当しているのだろう。それでも決して嫌ではないのだが。他人から蔑まれてきた俺にとっては有難い。



「ほら、ボサッとしてんなよ! 置いて行くぞ?」

「おっとそりゃ困る」



 俺は少しの幸福感に浸ったまま、先行く影莉の後を追いかけていった。



織檻灯莉、白馬の王子様が現れることをいつまでも待ち続けるメルヘン少女。

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