第十二話 『何ですかこれ』
二月は多忙により投稿を早めさせていただきました。
「それではお手元の白いプリントを見てください」
まるで何かの解説で使用されそうな文句に従い、俺は黒いプリントから意識を外して白いプリントを凝視する。まず一番初めに目に付いたのは、左上に書かれている“生徒会執行部”の文字。どうやら予想は当たっていたようだ。こっちの白いプリントが執行部に関する要項が書かれていて、もう一枚の黒いプリントが暗行部に関する事柄が刻まれているようだ。
「近頃、この学園の北側に出没している通り魔の話は知っていますね?」
「ええ、友人が一人北側の寮通いでして」
この間のHRで砕碼さんが言っていたことだ。切断能力を持ったセイドム・ユーザーらしいがまだ捕まっていない。
切断能力の“SADM”なら資料でいくつか読んだことがある。指でなぞった物を切断する“撫で斬り”、手刀で空間ごと切断する“小手裂き”、会長の“紫電一閃”なんかも切断系統の能力だ。どれほどの規模の切断事件か解らないから何とも言えないが……とりあえず書類に目を通してみよう。そうしないと話にならない。
資料に目を通すと、その内容に度肝を抜かれた。
切断されたものの規模が思っていたよりも遥かに巨大だった。精々いっても街路樹が限度だと踏んでいたのだが……まさか、北側の駅の倉庫にあった使われていない古い電車が真っ二つにされるとは……これって通り魔ってレベルじゃないだろう。確かに資料を見る限り、人的被害は背中や腕を斬られたとは書いてあるものの、これは斬り落とされたなんて話ではないだろう。精々切り傷、そんな書き方だ。この列車切断と通り魔、同一人物の犯行か疑わしいな。
「やはり、不可解に思いますよね」
「はい。一線を保ってるつもりなのかどうかは知ったこっちゃありませんが、電車切断と傷害事件じゃ同じ事件としてカテゴライズ出来ないでしょうよ。力の使い方も大きさも違って当たり前です。」
ヘルマン会長は俺と同意見だったようで、この資料に聊か疑問点が残っていた。これは都市警察の聞き込みなどのまとめなのだろうが、どうにも得心行かない。恐らくこれを読んだ十人中十人、とは言えないが、まあ八人ほどは疑問を持つだろう。
破壊衝動を持っていながらも被害者へ与える傷は浅く、被害者に死は与えずに大規模な能力を隠している。殺人衝動を無機物の破壊に当てているのかは知らないが、そんな簡単なことで収まるならこの世界は平和に終わる。相手を傷つけることで愉悦に浸る狂人と、物体を壊し尽くすことで快楽を得る狂人。俺やへルマン会長だけの考えなのかもしれないが、まずこの両者が同じ体を共有しているとは考えにくい。
「そこで、我々生徒会からも独自の切り込みを入れることにしたのです。カプチーノさん」
「か、会長!! カプチーノはやめてくださいよぉ!」
慌てた声に資料から顔を上げると、いつの間にかへルマン会長の隣に眼鏡をかけた女の子がいた。生え際から毛先に向かって段々と茶髪の彩度が薄くなっていくグラデーションの長髪、少し色の抜けた明るい茶色の目が特徴的、小動物のような印象を与えてくる振る舞いはこの学園で非常に有名な女子生徒。
「茅乃ちゃんか。さっきの放送は相変わらずだったね」
「お、緒虚先輩!? おね、お願いですから、か、からっ、からかわないで、下っ、さいぃ!!」
顔を真っ赤にして慌てるこの少女、生徒会執行部会計、榎譜茅乃、通称カプチーノちゃん。本来の漢字の読み方は“えのつぐちの”なのだが、訓読みをすると“カフチノ”になり、それを現代風らしく(?)したのが“カプチーノ”という訳だ。まあ、俺は茅乃ちゃんと呼んでいるが。
本人はカプチーノと呼ばれるのを極端に恥ずかしがる傾向にある。理由は解らないが、嫌いという訳ではないらしい。何かしら別の理由があるのだろうがそれは追求しないでおこう。
生徒会執行部の役員になるためにはいくつかの条件を満たさなくてはならないのだが、この小さな少女はそれを無視した異例人事である。絶対条件である“役員の“SADM”は必ず症状B以上でなければならない。”は満たしているものの、もう一つの絶対条件、“役員の学年は四年生以上でなければならない。”を茅乃ちゃんは満たしていないのだ。茅乃ちゃんはまだ三年生であるにも関わらず役員となっている。どうやら凍瀧後輩と同じクラスのようだが、それも今は保留ということに。
茅乃ちゃんの計算能力を持った“SADM”は症状B、その処理能力は人間の処理速度の範疇を越えたもののようだ。確かに生徒会が喉から手が出るほど欲しいのは解らなくはない。しかし、それ以外がからっきしなのだ。もう見慣れてしまったが、何かを運ぶ時は大概転び、何かを食べる時は箸を落とし、今日の放送に関してもどこか抜けているようなものだ。失敗する度に会長から説教を食らっているらしいが、このおっちょこちょいな性格は簡単に治りそうにないだろう。俺の思ったことが表情に出てしまう癖と比べて、克服するための難易度はタメを張りそうだ。
「え、えっと、都市警察の許可を受け、わ、我々生徒会、しっ執行部も捜査に、協力することに、なった次第でして…………その、わたっ、私はインターネットにアクセスして、仮想的な情報を収集、しまっす! な、にゃので! 現実的な情報は、先輩に、お、おまっ、おまかっせ、お任せしてよろしいでしゅか!?」
「もうね、そこまで噛んで喋ってると演技にしか見えないよ?」
「はふぁっ!? しっ、しつれっし、失礼しましたぁ!!」
「人見知りの激しい子でして。これが味だと割りきって頂きたく」
顔を真っ赤にして目をぐるんぐるんと回している茅乃ちゃん。確かに人見知りが激しいこともおっちょこちょいなことも俺は知っているのだが、何でだろうか。
俺は別に茅乃ちゃんと初対面って訳じゃないのに。しかも単なる顔見知りというか、同じ寮生で同じバイト先のバイト仲間だというのに。何故ここまで乱れて慌てふためき続けるのだろうか。
可愛いっちゃあ可愛い、むしろ俺の好みのタイプその一だ。ドジっ娘後輩、実にそそる……おっと、これ以上妄想してしまうとあのハゲと張り合える変態に格付けされてしまう。“出来損ない”の上に変態など真っ平ごめんだ。
「仕事内容は至って簡単。一、二時間ほど学園北側の商店街での聞き込みです。まあ幅広い年齢層に聞き込むことを心掛け、事件が起こった当日に何か気付いたことを書類にまとめてください」
「なんか、本当に小学生でも出来そうなミッションですね」
「ええ、何せあくまでもこれは隠れ蓑。本当のミッションはこれからお説明いたしましょう。もう一枚の黒い用紙を御覧ください」
いよいよか。ここからが本当の指令、暗行部の仕事がいよいよ始まる訳か。まあそこまで無理難題は出さないと明言してくれているから幾分か気は楽ではあるな。さて、鬼が出るか仏が出るか……!
俺は黒いプリントを取り出して目を通す。非常に見にくいのは耐えよう。耐えれば何ら問題ない、はずだ。目に悪い気もするが我慢我慢。えーと、何々? 仕事内容は――――
「――――は?」
「予想通りの返答ありがとうございます」
「いやいや、何ですかこれ」
「何と言われても、お仕事です」
仕事と言われてしまったらそのまま受け入れるしかないのだが、いや、そんな簡単に受け入れてたまるか。何だこの内容。
“生徒会雑務に命ずる。任務、不登校中の生徒一名を連れ出し、学園で進学試験を受けさせろ。”
「担任教師にでもやらせろ!! というか担任教師の義務だろ!?」
「そうしたいのは山々なんですが、生憎教師が行くと門前払いを食らってしまうんです」
「も、門前払い? 親御さんにですか?」
「いえ、“SADM”に、です」
“SADM”に、門前払いを食らってしまう? 教師が行くと必ずってことか? 待てよ、だとするとその生徒…………かなり高位のセイドムユーザーなんじゃないか?
教師って条件付きで作動する番犬のような能力、自立的な能力でも備わっているのか? いや、遠隔操作系統の能力かもしれないが……どちらにしろ、俺の知識にはそんな能力を発現させた“SADM”はない。これはひょっとして、俺の知識にとってはかなり有益な仕事なんじゃないか?
「百聞は一見に如かず。緒虚くん、君は自身の能力を見極めるために、多種多様な能力を見ておきたいと思っていましたよね? ならば今回の仕事はかなり好都合ではないのですか?」
なるほどね。俺が断りそうにない仕事且つ、俺がやりきれそうな仕事且つ、俺が誉められそうな仕事を選出したってところか。俺のメリットに成りうる仕事ならば断る可能性もまず低い。それに意外と人間観察を趣味としてきた俺にはある意味ピッタリの内容。加えて教師がお手上げの仕事を成し遂げれば、レッテルを剥がす一歩に繋がるという訳か。
「その表情、僕の意図を大体理解したようですね」
「ええ、まあ概ね。多少解せないことはありますが」
解せないこと。それはこの仕事の場所、俺が下宿している寮であることは問題ないのだが、問題はこの寮の中のどこに位置しているかなのだ。
「何でよりにもよって女子部屋に行かなきゃならんのですか!?」
「ラッキーと思いましょう」
「思いてーよ! でもその前に八つ裂きにされるのが思い浮かぶよ!」
俺の下宿している寮は異様なまでに厳しい規則が三つある。一つは門限、学校の許可証がない場合の門限破りは玄関の前で十字架に磔にされる。一つは食事、注文した食事を残したり粗末にした場合は三角木馬の形をした神輿に乗せられ、学園の筋肉自慢が集うボディービル部に担ぎ上げられる。そして最後に異性、男子が女子の部屋を訪れる場合、予め寮長の許可を取ってからでないと許されない。そうしなかった場合、真っ裸にされて亀甲縛りをされて風呂に投げ入れられる。無論全てが公開処刑と言われている程に畏れられている。
つまり、この三つ目の規則がある限り俺は女子の部屋を訪れることが出来ない。しかもこの許可は一週間に一回しか取れないのだが、残念なことにもう一回許可を使ってしまっている。いつもの四人組と一週間に一回お茶会のようなものをするのだが、それがついこの間だったのだ。
「そこまで気にする必要はありません。ちゃんと寮長に許可は頂いていますし、僕はこれでも生徒会長ですし」
「少し前から思っていたんですが、会長って権力を大いに振るうタイプですよね?」
「使える者は何でも使う、それが生徒会のモットーです」
「え、生徒会? 自分の座右の銘じゃなくて?」
「生徒会会則五箇条の三、“常に生徒会を道具として考えよ。”半年前ほどに前年度の生徒会長が編み出しました」
「歴史浅っ! というか前年度の生徒会長もアンタじゃないか!」
いかん、この生徒会長はボケてるのかなんなのか解らなくなってきてしまった。お、俺はここまで無暗矢鱈と突っ込むような性格をしていた自覚はなかったのだが……これは俺の意識の背後にある深い無意識の世界から来ている……いかん、倫理的なことが思い浮かんでしまう。倫理のテスト勉強をしすぎたかな……
「まあほんの可愛いインディアンジョークはさておき」
インディアンだろうがロシアンだろうが突っ込まんぞ……自分の本能を抑制しろ、俺。
「許可は気にしなくて問題ないです。それに寮長からもその引きこもり気味の生徒を引きずり出すのなら協力は惜しまないそうです」
「そこまで問題児なんですか……」
「いえ、問題児かどうかと聞かれれば、僕はその生徒のことを天才児だと答えるでしょう」
「え?」
ヘルマン会長が非常に気になる発言をしたので聞きなおそうとしたが、それよりも先にこの黒いプリントに先に目を通す。ここに答えが載っているような気がしたからだ。もし答えが載っていたらヘルマン会長の手を煩わせることになってしまう。極力無駄な労力は浪費させないようにしなければ。無論会長だけでなく、俺も。
「――――なるほど、異端児と言えば異端児、問題児と言えば問題児、それでいて天才児。これは結構骨の折れそうな初仕事ですね」
「ええ。しかし、僕は信じていますよ。君が無事にその仕事を終えて帰ってくると」
そんなところ信頼されても困るのだが、この子の能力だけでなくこの子自身に興味が出てきた。こんな経歴を持っていてなんで引きこもりなのか。その理由はプリントに刻まれていない。ならば自分で確かめに行くしかない。全く、好奇心だけは人一倍あるもんだから困ったもんだよ。
「それじゃあ行ってきます。やれるだけやってきます」
「期待していますよ。過度な期待を」
「それって自分で言っちゃ駄目な奴ですよ」
会長の温かいような送り出しの言葉を背中に受けて、おれは古びた帝城を後にした。
さてと、まずは聞き込みだな。引きこもりの件が一番気になるのだが、与えられた仕事は先にこなしてなんぼだ。まずは学園の北側に行けばいいんだが、正直北側の商店街にはあまり行かないからな……ちょいと不安だ。
「あら、緒虚さん」
なんて考えていると、見慣れたお嬢様のような女子生徒と目が合った。
素晴らしくいいタイミングで現れたじゃないか、幼馴染。
緒虚幽忌、他には家庭教師のお姉さんがタイプ。