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プロローグ

 

 事件は予期せず唐突に起きるから面白いんだ。突如発生した銀行強盗と、予め予測されていた銀行強盗。予測されているにも関わらず銀行強盗を行う馬鹿は嫌いじゃないが、俺は前者の方が好みだ。予想外のことが起きるから楽しいんだよ、人生ってやつはさ――――



 そんな恩師の言葉をふと思い出した。



 お前と出会ったのだって、俺にとってもお前にとっても予期せぬ出来事だったわけだ。このことを幸運に思おう。何せ、予想外な事態こそ人生の面白味なんだから――――



 そんな恩師の呟きが脳裏をよぎった。



 恩師が今まで俺に教えてくれたことは基本的にためになることだった。倫理の授業などの哲学的なものとはまた違ったものだった。恩師の言葉は納得させられるようなものばかり、いつも信じきっていたと言っても過言じゃないだろう。





「“瀑布泡海(フォール・フォール)”!!」

「“貫灼弾(クラック・バレット)”!!」





 しかし恩師よ、その言葉は正しいけど間違いでもあるようだ。



 予期せず唐突に始まったいざこざ、突如勃発した能力者同士の戦い。その光景に心が震えて歓喜しているのと同時に、体が震えて怯えているのを感じる。今の自分の感情はどの感情が正しいのか俺自身解らず、いくつもの感情の詰まったダムの中で俺の意識が溺れているようだ。

 俺は後輩に呼び出された駅前のカフェで、温かい紅茶を飲みながら優雅な(決して優雅と言えるような物ではなかったが、今の状況に比べれば遥かに優雅だったと思う。)放課後のティータイムを過ごしていただけだというのに、何故このカフェがこんな危険性の高い戦場になってしまったのか。

 恩師の謂うところの“人生の面白味“、それは必ずしもその人生の持ち主に有益であるとは限らないようだ。現に今、俺は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている。



「ちょっとアンタ!! 早く逃げなさい!!」



 俺の眼前で戦っている青い髪の少女、俺の一つ年下の後輩が必死の形相で怒鳴ってきた。俺に怒鳴り散らしているにも関わらず、自分の能力の操作に一切のブレが見えない。それどころか、その能力はより正確に機能しているように見られる。



 これが高位の能力者、高位の“セイドム・ユーザー”共の実力か――――



 目の前でいきなり始まった高レベルの能力者同士の決闘。俺の後輩は足下から発生させた大量の水を前方に集中させて障壁を作り、敵方である見たこともない男の生み出した炎の塊を防いでいた。男が掌から生み出した幾つもの炎の塊は、後輩が作り出した水の壁に激突する度に激しい勢いで水蒸気を発生させていたが、渦巻いている水の壁を貫通することはなかった。

 だが、徐々に徐々に水の壁を削っている。熱気が水の壁を突き抜けてこちらへ伝わってくる。炎と水の相性を無視する炎の威力を肌で感じる。



 これが、上位の能力者連中、上位の“セイドム・ユーザー”共の闘い方か―――――



 俺なんか足下にも及ばない。こんな人間離れした能力を駆使して戦うなんて、俺には到底出来ないことだ。



「逃がすかよぉ!! その男は俺様の獲物だぁ!!」



 しかし解せない。何故あの男は俺を狙う? 常識的に考えて、狙うならお前の目の前にいる強い少女にするのが当たり前だろう。

 何故能力もまともに使えない俺を狙ってきたんだ? 俺は不安定な能力を持つ程度のただの学生だぞ? 獲物として定めるべきなのはもっと能力の強い学生だろうに。



「逃げんなよぉ? 緒虚幽忌(おみなしゆうき)ぃ!! テメェにはやってもらうことがあんだよぉ!!」



 何故だ? 理解に苦しむ。俺は一般人と変わらない、強いて言えば、回避能力と洞察力にちょっと自信のあるただの学生だぞ? いや、能力を使えたことがあるから一般人と変わらないとは断言出来ないのだが。

 それでも、俺はこの天上(てんじょう)都市の最下層の学生、さらに範囲を狭めた絢楼(けんろう)学園の学生の中でも貧弱で脆弱な底辺の存在だぞ? いや、底辺の学生でももう少しましな扱いを受ける。





 俺は所謂“出来損ない”だっていうのに。





「早く逃げろって言ってんのよ!! コイツの能力、相当強いわ……いつ破られるか解らない!!」



 あの意地っ張りな後輩の顔が苦しさで歪んでいる。自分の操る水が削られる度に後輩自らも多少のダメージを負っているはずだ。華奢な身体でよく耐えている方だと思う。



「……馬鹿だなお前。俺はな、能力使えないくらいで後輩を、年下のうら若き少女を放って逃げることなんか出来ないんだぜ?」

「アンタ、足手まといって言われてんの自覚してる!?」

「あー、邪魔者扱いですか」



 戦力外通告を叩きつけられた。確かに俺じゃ役に立たないだろうよ、お前みたいな高位の能力者と一緒に見られたらな。

 じゃあ何でお前はこんな俺にいつも突っ掛かってくるんだ…………今だって、俺を庇おうとしなければあの男ともそれなりに戦えるはずなのに。



「アンタ! 何が目的なの!?」

「簡単なことだよぉ……そこの男にゃ充分な価値がある!! 俺たちの計画を進めるに当たって最高の逸材なんだよぉ!!」



 男は爪が異様に長い人差し指で俺の胸元を指差す。実際に胸には触れていないが、心の臓が蛇に巻き付かれたような気持ち悪さが俺を襲ってくる。

 なにやら計画なんて響きのよろしくない単語が聞こえた気がしたが……俺が? ということは実験材料か? “出来損ない”の俺に何を求めてると思ったら、俺を実験用の動物としか見てなかったってことか?


 いや、恐らくそうじゃない。


 実験用の動物として見るなら尚更後輩が適任だ。何せ高位の能力者の実験体なんかそうそう手に入るもんじゃない。この天上都市において裕福かつ充実した人生を生きていくには、能力が強く、高位であることが一番の条件だ。企業に就職したり、組織に所属するにも同じことが言える。

 それに、こんなにことを荒立てることをしていたら実験なんて言ってられないだろう。これほど騒ぎ立ててしまえば、俺はともかく、高位の能力を使う後輩を拉致するなど不可能に近い。

 だとすると、あの男は俺を別の観点、能力の強さ云々で俺を見ている訳じゃない。

 その仮定が正しければ、あいつは俺の能力を俺より知っている可能性がある。この、正体が未だに掴めない俺の能力、俺の“SADM(セイドム)”のことを――――



「おいお前!! 何で俺を狙う!! こんな使いどころのない学生は滅多にいないぞ!?」



 試しに本人に聞いてみる。これだけ激しく戦っているなら、多少は情報を漏らしてしまうくらいに興奮していてもおかしくはない。



「ああん!? 簡単なことよぉ!! お前は俺たちの知る能力者にはない成長の仕方をしているんだよぉ!! まさしく前代未聞ってやつだぁ!!」



 意外とあっさりとしゃべってくれたが……成長の仕方? どういうことだ?

 話がよく読めないまま決闘は続けられる。未だに状況は変化せず、男の攻撃を後輩が防ぎ続ける。実力は恐らく拮抗しているのだろう。

 だが、それはあくまで水の壁と炎の塊だけを見て下した判断だ。能力者の顔を見ればその考えは一変する。

 男はパッと見る限り疲労感も焦燥感も見受けられない。それどころか、俺と後輩の質問には大体答える余裕を持ち合わせながら炎を生み出している。

 対する後輩の顔には汗が滴っていて息も粗い。この表情を見て余裕があると見える輩はいないだろう。それに息も荒れている。

 後輩の劣勢は文字通り、火を見るより明らかだ。



「おいおいおいおい!! もう限界か娘ぇ!! 俺はまだまだ出力が上がるぞぉ!?」



 やはりあの男、余裕を持って後輩と戦っていたか。だが、余裕を持って後輩を圧倒できるってのは反則じゃないか? 後輩も能力も充分に強い部類に入るっていうのに……

やっぱり俺を守りなが戦うのは相当辛いのか……



「くそ……! 今以上の炎か……無茶苦茶ね……!!」



 後輩は悔しさの混じった言葉を吐き出した。今までに経験したことのない威力の炎に後輩は苦しんでいるようだ。

 しかし、後輩の性格からして諦めるなんてことはしないだろう。恐らくだが、こいつは死ぬまで自分の意思を貫いて突っ走るのだろう。そういう奴だ、こいつは。



「そろそろ、終わりにするか…………覚悟しろや女ぁ!!!」



 男が右腕を空に掲げた。その掌に乗っていた小さな球体がどんどん膨れ上がり、先程の炎の塊より遥かに巨大な炎の塊が形成された。

 後輩の水の壁でちゃんと遮られているはずなのに、男の操る巨大な炎の塊から発せられている熱気が襲いかかってくる。いったいどれほどの熱を帯びた炎を操作しているのか。それほどの熱量を抱えている炎なら、液体なんてあっという間に蒸散してしまう……!



「“貫灼爆裂弾(クラック・シェル)”!!」



 後輩の水の壁を一瞬で蒸発させる威力を秘めているであろう火焔球が射出された。

 後輩は必死に水を発生させては壁を厚く厚く強化していったが、恐らく無駄だと後輩自身が解っているのだろう、後輩の唇から血が滴っていた。悔しさのあまり噛みきったのだろう。



「消し飛べやぁ!!!」



 ああ、こんなところで俺、の人生は終わるのか。恩師の謂う所の“人生の面白味”をしっかりと味わう間も無く一生を閉じてしまうのか。

 今日ここへ来たことを後悔する。ここへ来なければこんなあっさりと死ぬことも無かったのに……

 そうやって後を振り返ってももう遅いだろうが、そもそもここに来ることになった原因、あの時の後輩との口論が切っ掛けだったのだろう。



 そう、確かその原因の口論は昨日の出来事だ――――



 ◇ ◇ ◇



 ――――死に直面する前日、絢楼学園四年十五組教室。現在六限目の授業の真っ只中。



「えー、それじゃあ緒虚。教科書の五頁目を読んでくれ」

「ういっす」




 緒虚幽忌十五歳、俺の物語の核となる事件――恩師の謂う所の“人生の面白味”――が約二十四時間後に発生するのを、この時はまだ知らない。



異能が当たり前の世界、そこで主人公は一般人とさほど変わらない存在だったのに、突然巻き込まれた争いで彼の物語はようやく動き出す。


ありがちな設定となっておりますが、精一杯やらせていただきます!



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