猫暮らし
「じゃあロッティ、行ってくるよ」
今日も嬉しそうにモフモフとシャーロット猫を撫で回したこの部屋の主人クラレンスは、名残惜しそうに近衛師団長の執務室を出て行った。
「ミャー。ニャアオ(はー。この生活にも大分慣れて来たわね)」
猫になって5日。
最初の宣言通りクラレンスはシャーロット猫に快適な猫ライフを与えてくれている。ちょっと……かなり愛は重い気はするけれど。
「ミャアオーン(愛と言っても猫愛だけど)」
初め人間のシャーロットに好意を持っているような事を話していたクラレンスだったが、あれからは特にそのような話題は出ない。(……実のところ、友人アマリアの事もあるし、シャーロットはあまり気にしないようにしているのだが)
クラレンスは普段寡黙で猛獣とでも戦っていそうな厳つい印象なのでとてもそうは見えないが、普通に猫を愛する心優しい青年だった。
……彼は若くして近衛騎士団長に抜擢された26歳。以前アマリアはまだ独身の有力株だと言っていたものねぇ。
……そういえばあれからアマリアはここには来ないわね。クラレンス様が連絡しないから仕方がないのかしら。アマリアのことだから呼ばれなくてももっとガツガツ来るかと思ってたわ。
ここ数日は魔女ブレンダもあまり来ない。来ても『癒しておくれ』と猫吸いだけしたら去っていく。
また何か他に面白い事でも出来たのかしら。それならそろそろ私を人間に戻して欲しいわ……。
だって初めブレンダが言ってた人間に戻る条件、『私を愛する男性からのキス』だなんて不可能だもの!
そんな事を考えながら、シャーロット猫は部屋の中央に置かれた来客用のソファにたんっとジャンプをして乗り少し丸まって座り部屋を眺める。
今シャーロット猫のいるのは近衛師団長室で、その隣には忙しい団長がいつでも休める為の寝室。
……シャーロットは猫用ベッドで寝ているとはいえ同じ寝室で、この数日クラレンス様と寝ているのよね……。
はぁ……。今は猫だから考えても仕方がないって分かってはいるんだけど、やっぱり男女が一緒の部屋で寝ているなんて恥ずかしい……。それに寝てる時イビキとかかいてたらどうしよう! クラレンス様は猫のイビキなんて気にしないかしら?
なんて色々悩んでしまってシャーロット猫は身悶える。……ちなみにクラレンスは静かに寝息を立ててぐっすり良く眠っている。毎日の通常業務にプラスしてシャーロットの捜索もあるのだ。何日もの捜索で疲れきっているのだろう。
───シャーロット猫はそんなクラレンスの癒しに少しでもなれるならと、彼が猫可愛がりするのを抵抗せず受け入れている。
コンコンッ……
シャーロット猫が悩みつつ身悶えていると、執務室の扉がノックされ1人の青年が入って来た。
───先日もそうだったがこのクラレンスの部屋は公的な団長室であるから人の出入りは多い。
「おはようございます……て、あれ? ロッティ、団長は?」
「ナァーン(今外に出てるわ)」
今入って来たのはダニエル マドック副団長。彼はクラレンスと幼馴染で、彼らは2人だけの時は口調が親しげなものに変わる。
「んー。何言ってるか全然分かんないんだけど、ロッティは可愛いから許す!」
そう言ってダニエルはロッティをわしゃわしゃと撫で回す。
「ナァーオ!!(もうどうして皆わしゃわしゃ撫で回すのかしら!)」
クラレンスが撫で回して出て行った後、せっかく毛並みを整えたのに台無しだわ! と乙女心でシャーロット猫は少し不機嫌な声を出す。
「ははっ! ごめんロッティ。ちょっと乱暴だったかな?」
ふざけたように言ったダニエルはポケットから包みを出し、チーズをくれた。……彼はよくおやつをくれる。
「ナァーン、ナァ!(チーズ好きー、ありがとう!)」
「ふふ、どうぞ。食べ過ぎは良く無いからちょっとだけだよ。
……コレはロッティが今なんて言ってるかわかる気がするな」
なんだかんだ仲良くしていると扉がノックされ、ダニエルがどうぞと声をかけると1人の近衛兵が入って来た。
「副長。お届け物です……あれ、その猫って……」
「そう。団長の恋人「ニャアオ!(違います!)」……痛ッ! ごめん、ロッティ、冗談だって!」
否定する為にシャーロット猫はダニエルの腕に軽く爪を立てた。
「えらく表現豊かな猫ですね。……あの……この猫、オルコット公爵令嬢が居なくなった時、あの現場にいた猫ですよね?」
「……ああそうか、お前はあの時あの場所に居たのか。……よくこの猫だとわかったな」
「そりゃ、こんなに真っ白で可愛い猫はそうはいませんからね」
「ニァオーン(あらありがとう)」
つい嬉しくてシャーロット猫はお礼を言った。
「はは、なんだか礼を言われてるみたいですね」
「そうだろう? ロッティはお利口な猫なんだ。あの団長にも懐くくらいだからな」
ダニエルはいつもクラレンスが言う時のようにシャーロット猫の事を自慢げに答えた後、衛兵から受け取った届け物の書類に目をやった。
近衛兵は本当はシャーロット猫を触りたかったようだが、許可なく触って団長に怒られると嫌なので我慢してまじまじとその様子を見ていた。……それでふと、昔から団長は王宮内に居る王族の猫を避けているようだったのを思い出した。
「……団長は王宮にいる猫をずっと避けてらしたようにみえたので、猫はお嫌いなのかと思ってました」
ダニエルはそれを聞いて半笑いで答えた。
「あー違う違う。アイツ本来は大好きなんだよ、こういうモフモフした小さな可愛い生き物。……ただ、動物側から嫌われちゃって。やっぱり身体が大きいから怖がられるのかな?」
「フニャーンニャア(クラレンス様は心も大きくて優しいわ)」
シャーロット猫は思わずそう口にしていた。
クラレンスは身体もそして心も大きくて温かい人だ。彼とはほんの数日一緒にいただけなのに、それがよく分かる。
元々の猫好きだったとしても、暴力を振るわれかけ怯えるシャーロット猫を慰めてくれたり寝床からご飯まで、気の遣ってくれようが半端ない。彼は間違いなく良い人だ。
「そうかもしれないですね。
……あ、では私はこれで失礼します」
「ああ。私も持っていく物があるから出るよ。……ロッティはどうする? 団長からは王宮内なら散歩させて良いとは言われてるんだが」
「ナァーン!(散歩行くー!)」
シャーロット猫はダニエルの後について王宮探検の為に部屋を出たのだった。




