侯爵令嬢アマリアの猛攻
「ニャー?(もしかして気付いてくれたの?)」
シャーロット猫は、もしかしてアマリアは親友である自分に気付いてくれたのではと期待した。……が。
「ッ……! 猫!?」
アマリアは驚き身を震わせた。その警戒するような視線はとても友人を見る目ではなかった。
「ニャ……(気付くはずないわね……)」
シャーロット猫はガクリと肩を落とした。
しかし反対に機嫌良さげに笑顔になったのはクラレンスだ。彼はにこやかに自慢の可愛いシャーロット猫を呼ぶ。
「ええ、私の猫なのです。……おいで、ロッティ」
ここは行くべきよね、とシャーロット猫がそろそろとクラレンスの側に行くとふわりと抱き上げられた。彼は優しい目でシャーロット猫を見てからアマリアに振り返る。
「可愛いでしょう。……猫はお好きですか?」
「え? ……ええ! 好きです、猫ちゃん大好きですわっ」
アマリアは勢いよく答えた……のだが。
「……ニャニャーオ(……アマリア犬派だったわよね?)」
普段は『猫? 可愛いのは断然犬でしょう!!』と力説していたのに。
「そうですか! この子はいつも私を優しく癒してくれるのです。呼べばすぐに寄って来てくれて」
そう言いながら愛しげににシャーロット猫を見つめ撫でるクラレンス。
しかし、何やら視線を感じたシャーロット猫がチラリとアマリアを見ると……。
……アマリア~~!? 怖いんですけど!
アマリアは、嫉妬に燃える目でシャーロット猫を睨んでいた。
しかしクラレンスが視線をアマリアに移すとパッと打って変わったにこやかな表情になった。
「……うふふ。本当に可愛い猫ちゃんですのね」
「ニャニャーニャ!(それ絶対思ってないでしょ!)」
アマリアの嘘臭い台詞に即座に反論するシャーロット猫だった。……しかし部屋の中の誰もそれを理解してもらえてはいなかったが。
「……ところで、私もう一つセリエ様にお詫びを申し上げたかったのです」
「お詫び、ですか?」
クラレンスはシャーロット猫を撫でる手は止めないままアマリアを見る。
「ええ。あのパーティーの日、私の婚約者が騒ぎを起こし……。近衛兵の方々にお世話になったそうなのです」
「そうだったのですか……。我ら近衛兵がお役に立てたのならば何よりです。ご婚約者は大丈夫だったのですか?」
「───私、その彼とはその後『婚約破棄』となったのです」
悲しげに言うアマリアに、クラレンスは顔色を変え謝罪した。
「! ……それは失礼を……」
「いえ、良いのです。元々彼とはご縁が無かったのですわ」
儚く微笑むアマリアを見て、シャーロットは彼女が望み通り無事婚約破棄が出来たと知りホッとする。……と同時に、今ここでその話題を出すのは、やっぱりそういう事よね? と少しばかりモヤっとする。
元からアマリアはクラレンスが好みと言っていたから分かってはいるのだが……。
「……それで、シャーロットが戻って来たら同じ立場として彼女の支えとなる事が出来ると、むしろ喜ばしいくらいですのよ」
……アマリア。クラレンス様の気を引く為とはいえ、婚約破棄を『喜ばしい』は言い過ぎなのでは。
押しが強過ぎるアマリアをシャーロットは少しばかり心配になった。
「……そうですか。貴女が大丈夫なのでしたら」
クラレンスも少し戸惑っているようだ。シャーロット猫を撫でる手のスピードが早くなっている。
「……そんな訳で、シャーロットを探す事に私は今全力を尽くす所存ですの! ですから、是非ともこちらで協力させていただきたいのですわ!」
アマリアは熱くクラレンスに語りかける。
……アマリア……凄い猛攻を仕掛けてきたわ! クラレンス様を堕とす為に本気で来たわね!
しかしクラレンスは少しだけ困った顔をして答えた。
「───それはありがとうございます。では、何かあればこちらからご連絡いたしますので、その時は宜しくお願いいたします」
……あ。コレはサラッと要らないって断ってるわ……。
「ええ! いつでも! 仰ってくださいませ!」
……コレはクラレンス様に躱されてしまったわね、アマリア……。
そして何度も『ご連絡お待ちしてますわ!』と言ってアマリアは帰って行った。
アマリアが帰った後、副官ダニエルは愉快そうにクラレンスに話しかける。
「───ねえクラレンス。ベッツ侯爵令嬢、結構良いんじゃないの」
「は?」
クラレンスは少し面倒臭そうな顔をする。
「だってあれ、自分は今フリーだからってクラレンスにアピールしに来たんじゃないの?」
「───何言ってるんだ。うちは侯爵家とはいえ私は爵位も持たない次男だぞ。それに彼女がここに来たのはシャーロット嬢とご友人だからだろう? 一緒にいる所をよく見かけたよ」
「まあ友人なんだろうし、本当に心配はしてるんだろうけど……。
彼女、ベッツ侯爵家の跡取娘だよ? クラレンスは次男だからちょうどいいんじゃないの?」
「ちょうどって……、今はそれどころじゃあないだろう」
そしてクラレンスは急に真剣な表情になった。
「───オルコット公爵令嬢はベランダから消えてからの足取りは全く掴めていない。……あり得ない事だと思っていたが、ベランダの下に『ちょうど』居合わせた不審者に『ちょうど』誰にも見咎められずに連れ去られた、という事になるのかもしれない」
「───『ちょうど』、ねぇ……」
クラレンスの推測にダニエルは頭を抱えた。
推測自体が殆どあり得ない事と、ベッツ侯爵令嬢の好意をスルーしようとしている事だ。
クラレンスは26歳独身。セリエ侯爵家の次男とはいえ兄とも仲は良く、自身もこの若さで近衛師団長を得ている事から子爵などの叙爵の可能性もある。
しかし高位貴族の次男以降で一番望ましいのは爵位を持つ女性との結婚だ。
ベッツ侯爵家は望むべくもない良き相手。セリエ侯爵家の次男の婿入りとしては最上の相手だろう。
……というのに、なんなんだこの明るい将来に向けてのやる気のない態度は。
ダニエルはこの奥手だかなんだか分からない幼馴染の事が心配になる…
「───お前、それじゃあ一生結婚出来ないぞ」
そういうダニエルは既に結婚して二児の父である。
しかしそんなダニエルの言葉もスルーして、クラレンスはシャーロット猫に微笑む。
「───いいんだよ、私は。
な、ロッティ?」
「ンナァ?(え、そうなの?)」
……それを私に言われても。
戸惑いつつ愛でられるシャーロット猫だった。




