愚か者の末路 4
「───私が持ち掛けたのは、『シャーロットとエドワルド殿下との婚約を無くす事』だ。
シャーロットに冤罪を着せ公爵家の簒奪を狙ったお前とその娘はただの犯罪者だ」
トラヴィスは冷たく言い放つ。
……言うに事欠いて、この事態が『私が望んだ事』だと? 言い訳も甚だしい。
トラヴィスはらわたが煮えくりかえるような気持ちだった。
「そんな!! だって旦那様だって殿下とミシェルが恋仲になる事を認めてらっしゃったじゃありませんか!」
「そうだ。2人の事は反対していなかった。むしろそのまま結婚してシャーロットを解放してくれるのなら、うちの持っている子爵の爵位と小さな領地もやるとまで言っていたのに」
それまでただの知人であった女性とその娘に手厚く遇したというのに、それに対して返されたのは余りにも浅はかで愚かな手酷い仕打ち。
「殿下が……、エドワルド殿下が子爵などで満足なさるはずがないではありませんか!」
エドワルド王子は娘のどちらも公爵家を継ぐ権利があると考えていたからこそ、外見が彼好みのピンクブロンドに緑の瞳の可愛い系ミシェルを選んだのだ。シャーロットは銀髪に薄紫の瞳の美少女でどちらかといえば冷たい印象。……それはエドワルド王子に好意を持ってはいなかったから尚更だったろう。
「それでは、伯爵家を兄が継いでいるあの娘は平民になるしかない。平民になるしかない身でありながら子爵位を下に見るとは愚かな事を。
そして更にあの娘は自分が公爵家の血を引くと嘘まで吐いた。───王族をも騙し公爵家の簒奪を企んだあの娘、そしてそれが分かっていてそれをさせたお前も立派な犯罪者だ」
「そんな……! 私はただ貴方の為に……!」
「私が自分の娘が冤罪をかけられ爵位を簒奪される事を望んでいると思っていたと?」
「……ッそれは……」
公爵夫人は視線を彷徨わせた。それを見たトラヴィスは眉間に皺を寄せ彼女を冷たく見た。
「……お前達は欲が出たのだ。明日をも分からぬ生活から突然与えられた公爵家の人間という立場に。しかしそんな弱い身勝手な人間にその役割を与えた私にも咎はある。
……お前は公爵家の援助するサリエラ修道院にでも行けばいい。もしくは実家か伯爵家に戻るというのなら止めはしない」
公爵夫人は顔色を変えてすぐさま反論する。
「そんな!! 実家や伯爵家になど帰れませんわ。それにサリエラ修道院といえば西の果てではありませんか! とても公爵夫人である私が行くべき場所ではありませんわ!」
「心配せずとも、すでにお前は公爵夫人ではない」
「───え」
公爵夫人は一瞬何を言われたのか理解出来ず、次の瞬間には血の気が引いたような顔でトラヴィスを食い入るように見た。
「……最初の契約の時、婚姻期間は契約違反があった場合か長くてもシャーロットの結婚までと定めて書類は全て整えてあっただろう。すでに書類は提出し受理されている」
「そ……そんな……」
公爵夫人、いや元公爵夫人は膝から崩れ落ちた。
あの貧しく虐げられた生活から、貴族の頂点でもある公爵夫人に上り詰めた。今まで自分を見下げていた周囲から羨ましがられ敬われ、いつしか自分にはそれだけの価値があるのだと考えるようになっていた。
公爵とは『契約』で成り立った関係とは分かっていたが、共に暮らせばいつか美しい自分に堕ちると思っていた。そして最初の契約を利用し娘を王子と恋人関係にする事も出来た。……全て自分の思い通りになっていると思っていた。
エドワルド王子も完全に自分達の味方になった。だからこそあのパーティーでの計画を企てた。国中の貴族や隣国の大使の前で公然とシャーロットに罪を着せれば、あの娘を追い落とし全てを手に入れられると考えていた。
───それなのに。
まさか罪を被せる前にシャーロットが行方知れずとなり、こちらが追い込まれる事になるとは思いもしなかった。
「どうしてこんな事に……」
次の日。
オルコット公爵邸から、少ない荷物と修道院へと向かう馬車の中で元公爵夫人はそう呟いた。公爵夫人時代の宝石やドレスを大量に持ち出そうとした事で、荷物を大幅に制限される事になったのだ。
あの話合いの後、公爵には何度乞うても会ってはもらえなかった。
そして娘ミシェルは王子を騙し公爵家簒奪を狙った悪女として罰を受ける事になり、会う事は叶わなかった。
「───どうしてこんな事に……」
口癖のように女は呟く。
そしてあの輝かしい、運命が開けた瞬間を思い出す。
『───貴女が私の願いを叶えてくれるなら、……その努力をしてくれたなら。たとえそれが叶わなかったとしてもその後の貴女とご令嬢の生活は保証しよう。我が公爵家が持つ子爵の位を一つと小さいが豊かな領地を与え、それ以降も困らぬように私が支援をしよう』
そう言って手を差し伸べてくれた、美しくも頼もしいトラヴィス オルコット公爵。昔から見ている事しか出来なかった、ずっと憧れていた方に見出してもらえた。たとえこれが愛ではなかったのだとしても、彼の望みを得る為とはいえ他でもない自分を選び信用してもらえたのだ。
……これから私は彼の支えとなり、彼の望むようにしよう。彼の娘も本当の娘のように大切にしよう。
───確かにあの時、そう決意した……その筈だったのに。
「───欲が、出たのだわ。あの方の出した条件は素晴らしいものだったのに、失いたくなくなった。公爵夫人の立場も、……あの方も」
悔やんでも、もう決して戻らない。
───馬車は西の果ての地へと走り続けた。
魔女ブレンダは、オルコット公爵家でのこの出来事はシャーロットには敢えて見せていません。




