愚か者の末路 3
「ナオニャアーニャ(私は人間の姿でお父様の所へ戻るべきだと思うの)」
シャーロット猫は、ブレンダの目を見て言った。
この状態でどんな顔をして戻れば良いのかは分からないが、クラレンスを始めたくさんの人々に自分の捜索をさせ続けるのは申し訳ない。……それに父ときちんと話もしたい。
猫暮らしはクラレンスやブレンダの見守りのお陰もあってそれなりに楽しく過ごせてはいるが、やはりシャーロットは人間なのだ。言葉も通じないし何かと不便でもある。
「いや。今日の話し合いから考えても今はお前が居ない方があの愚か者達には重く罰としてのしかかるだろう。……今日はトラヴィスも屋敷に戻るだろうからね。
シャーロットももう少し猫生活を楽しんだら良い」
ブレンダはそう言って楽しげにモフっとシャーロット猫に顔を埋めた。
「ニャアオニャアオニャ!(それってブレンダが猫を楽しみたいだけじゃないの!)」
シャーロット猫は呆れて身を捩ったが、やはりブレンダの力は強い。見た目は妖艶な美女でそんなに力がありそうには見えないのに、なんだかズルいと思ってしまうシャーロット猫だった。
◇
トラヴィス オルコット公爵はエドワルドの裁きの会議の後、あのパーティー以来初めて王都の公爵邸に帰った。
トラヴィスが子供の頃から仕える執事が主人を出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「───うむ。アレはどうしている」
「はい。仰せの通りにパーティーからお帰りの後、いつものお部屋にて待機していただいております」
「そうか。───シャーロットはあの日から未だ行方知れずだ。それにアレも関与している。
……この責任はとってもらうつもりだ。お前達もそのつもりでいてくれ」
「承知いたしました。
……お嬢様……。お労しい事でございます」
普段は感情を見せない執事の瞳に、産まれた時から世話をして来た令嬢シャーロットの居ない悲しみが浮かんていた。
「───軽く食事を摂ったらアレと話をする。それまでに話が出来るよう準備を整えてくれ」
「畏まりました。───旦那様。差し出がましいようですが、おそらくお嬢様はこの公爵家の───」
公爵家に仕えて数十年の執事は『公爵家の力の秘密』を知る人間でもある。
「───そうであって欲しいと願っている。
……しかし、それとこれとは話が別だ。このような事態を引き起こした者達には責任を取って貰わねばな」
執事は静かに頭を下げた。
シャーロットが消えてからずっと王城に詰め、気の休まる事の無かったトラヴィス オルコット公爵。
久々の自分の屋敷で身体を休めつつ滋養のある食事を摂る。
そして自室とは離れた場所にある、とある部屋へと向かう。
───コンコン、ガチャリ
「ッ旦那様ッ!!」
執事に続いてトラヴィスがその部屋に入ると、中からこの部屋の主人である公爵夫人が駆け寄って来た。
「旦那様ッ。ああお許し下さい、まさかあのような事になろうとは……。私は、……私と娘は貴方との約束を……契約を守る為に行動しただけなのです!」
「───契約を守る?」
「ええそうですわッ! 3年前、貴方はシャーロット様とエドワルド殿下の婚約をなくすよう力を尽くせとおっしゃった。だから我が娘ミシェルは殿下と恋仲になったのです! ……全ては貴方との約束の為ですわ!」
───3年前。
妻を亡くしたばかりの失意のトラヴィスに突然その知らせは来た。
一人娘であるシャーロットと、第二王子エドワルドとの婚約の『王命』。……そしてそれはオルコット公爵家には決して受け入れられない事だった。
オルコット公爵家にはこの王国が出来た頃から『ある力』を持っていた。……いや、その『ある力』を使う権利を得ていた、というべきか。
何故か代々公爵家の跡取の夫人に、その『力』を使う権利はあった。公爵夫人にだけ持つ事が出来る代々伝わるペンダントに祈る事によって、その『力』を使う事が出来たのだ。
公爵夫人の祈りで戦争を勝利に持ち込み、領地をも豊かにする。夢のような力だった。
そしてその大きな力を持つ事になる公爵夫人には、オルコット公爵となる者が本当に愛する女性にしかなれない。だから公爵家は代々恋愛結婚だった。筆頭公爵家でどこと縁を結ばなければならぬ事もない為、その相手は高位貴族でない事も多かった。
しかし何代か前に王命で無理に嫁いで来た王女はとうとう公爵夫人の力を持つことはなく、気付けば一代飛ばした息子の妻に『力』はいってしまった事もあったそうだ。
そんな事もあり、オルコット公爵家では恋愛結婚する事が決まりであり当然今代の後継であるシャーロットもそうさせるつもりだったのだ。
そこに無理矢理捩じ込まれた第二王子との婚約。
『第二王子に公爵位を』という王の親心もあったのかもしれないが、おそらく本当の狙いは『公爵家の力』だろう。
そしてそれは『力を持つ公爵夫人』であるシャーロットの母が亡くなったその時を狙って捩じ込まれたのだ。
愛する妻を亡くし悲しみに暮れていたトラヴィスはそれまでそうであったように、とにかく『公爵夫人の力』でこの婚約を無くす事しかその時は考えられなかった。
だから妻の悔やみに訪れた古い知人である伯爵家の未亡人が生活に困窮していると聞いた時、この契約を持ち掛けた。未亡人は娘と一緒ならと二つ返事でそれを引き受けた。
───しかし、そんな契約での仮初の『公爵夫人』ではやはり力を持つ事は出来なかった。
トラヴィスもあの当時少しでも冷静だったならばそんな事は分かっただろうが、妻を亡くしたショックで混乱していたとしか言いようがない。




