猫好きと猫
その日、部屋に戻って来たクラレンスの表情は硬かった。
「……ミャー?(どうしたんですか?)」
シャーロット猫がそろりと近付き問いかけると、シャーロット猫の顔を見たクラレンスは少しホッとした顔をしてその大きな手で抱き上げた。
「……ロッティ。お前は何かを感じているのだな。
───明日、ロッティが現れた日に居なくなった公爵令嬢の件での審議が行われる事になった。
……言うなれば、事を起こしたエドワルド殿下の罪を問われるのだ」
「ニャア?(罪の審議?)」
……やはり、昼間に見たレイモンド王太子と国王夫妻やエドワルドとのやり取りは本当だったのかしら?
「そしてその場には国の重鎮や関係者が集められる。近衛師団長である私もだ。……私はあの時陛下のお側に居てあの騒動を見てはいなかったのだ。ご令嬢の味方になれなかった事が口惜しい」
クラレンスはそう言いながらシャーロット猫の頭を撫でる。
……あの婚約破棄は、まだパーティーが始まる前に起こった。
エドワルドは国王陛下が来る前に全てを終えてしまうつもりだったのだろう。全てを先に終えて、堂々とミシェルを公爵家後継としてエスコートしたかったのかもしれない。
「……ミャミャーオ(……クラレンス様が責任を感じる事はありませんよ)」
しかし落ち込むクラレンスを慰めたくて言ったシャーロット猫の言葉が分かるはずもなく、慰める術がない事が歯痒くてシャーロットは前脚でクラレンスの胸を優しく叩く。
「慰めてくれるのかい? ……優しいな、ロッティは」
クラレンスはシャーロット猫に少し悲しげに微笑みかけふわふわの背中に静かに顔を埋めた。
……シャーロットの気持ちは通じたらしい。
そして暫くシャーロット猫はクラレンスにされるがままにしていた。……が、よく考えればこの体勢は、猫好きの友人がよくやっていた『猫吸い』というものではないのか? と気が付いた。
猫好きにはお馴染みのポーズ。側から見ている分には微笑ましいが、これを自分がされる側になるのは……恥ずかしい!
「……ニャーオニャア!(……いつまでやってるんですか!)」
恥ずかしさに気が付いたシャーロット猫はいきなり身体をクラレンスからバッと押し退け、ターンッとすっ飛んで離れた。
突然の動きにクラレンスはそのまま手を離してしまい、少し呆然として向こうに行ってしまったシャーロット猫を物悲しそうに見た。
しかしまた先程のアレをされては敵わない。シャーロット猫はキッとクラレンスを睨んで小さく威嚇した。
「……ふっ……、くくっ……! ああ、やっぱりロッティは可愛いなぁ」
しかしそんな態度も可愛く感じるらしく、クラレンスは楽しそうに笑った。
「ニャーオニャニャア!(クラレンス様はどこまで猫好きなんですか!)」
「ごめんロッティ。……ありがとうな、大分落ち着いた。明日は自分の役割をしっかりと果たすよ」
クラレンスの吹っ切れた、でも少し寂しげな表情に切なくなるシャーロット猫だった。
◇
次の日の朝。
……今日はパーティーでの『婚約破棄』のエドワルドの審議が行われる日。
シャーロット猫は、色々考え込んでしまってよく眠れなかった。……昼寝をしたせいでもあるかもしれないが。
昨日からせっかく用意してもらった居心地の良い猫用ドーム型ベッドの中でも、なんだか落ち着かない気持ちだった。猫用ドームベッドは猫好きの王子妃や王妃、貴族達に向けて発売された、王家御用達の業者による最近人気の品らしい。
クラレンスの方は昨日一日中忙しかったからだろう、よく寝ていたので安心した。
「ウニャァー……(でも同じ部屋で男性と眠るのは慣れないんだけれどね……)」
シャーロットは『私は猫! これは男女が同じ部屋でいるのは不謹慎という定義には当たらない』と自分に言い聞かせる。
その時モゾリと前のベッドの大きな塊が動いた。
「おはよう。……ロッティ起きたのか?」
そう言ってさっさと身支度を済ますクラレンスは寝起きも非常に良さそうだ。
「───では行ってくる。ロッティ、お前の同じ名前のシャーロット嬢の名誉を回復出来るよう、祈っていてくれ」
クラレンスはそう言ってシャーロット猫が抵抗するまでに素早く撫でて一瞬猫吸いをしてから颯爽と出掛けて行った。
「ニャ、ニャーーー!(な、何してるの、クラレンス様ーーー!)」
残されたシャーロット猫は一瞬惚けてから、恥ずかしさを吹き飛ばすかのように叫んだ。
……クラレンス様は、見かけによらず甘えん坊よね……! あんな事、新婚夫婦がするものだと思ってたわ!
最近結婚した友人夫婦も同じような事をしていたと思い出していたシャーロット猫だったが、ハタと気付く。
……いやいや、私達は新婚夫婦じゃないから! ただの猫好きと迷い猫だから───ッ!!
「フニャーッ!!(何考えてるの私ーッ!!)」
毛を逆立て尻尾を激しく振りながら一匹で悶絶していると、後ろから声が掛かる。
「…………何してるんだい、シャーロット」
振り返ると、そこには呆れたような顔でこちらを見る友人ブレンダが立っていた。
「ニャ!?(ブレンダ!?)」
友人を見てパッと明るい気分になったシャーロットだったが、同時に今のを見られたと気付いてアタフタとする。
「にゃ! ニャアニャーニャ!(いえこれは! クラレンス様が猫好きがよくする『猫吸い』をするものだから驚いてただけで!)」
必死で言い訳をするシャーロット猫を生温い目で見る魔女ブレンダ。
なんだか、居心地の悪い思いをするシャーロット猫だった。
ブレンダはそれを見て少し半笑いになりながら頷き、その美しい手の片方を艶やかな口元にやりながら問いかけた。
「───ところで、昨日はどうだった?」




