王太子殿下と猫
……まさか、レイモンド殿下がエドワルド殿下の味方をするなんて……!!
シャーロット猫はブルリと体を震わせた。
レイモンド王太子は弟のエドワルド王子よりも7歳年上の25歳。3年前に隣国の王女だったメリンダ妃と結婚したと同時に立太子し、昨年は王子も生まれている。
そして歳の差からか兄弟仲はそれ程良くはなかったと思っていたけれど……。やはりたった1人の弟ですものね……、王太子殿下は弟エドワルド殿下を庇って彼の立場が悪くならないようにしたいという事なのよね。
……だからってこちらは色々あったエドワルド殿下との『婚約破棄』を、無かった事になんてしたくないんだけど……!
「殿下。しかしそれはあり得ない話でしょう。国中の……いえ他国の貴族もあの婚約破棄騒動を見ているのですから。すぐに近隣の国々にもその噂は流れる事でしょう。しかもお相手の令嬢は行方不明なのですよ?
……エドワルド殿下は本当にそのような世迷言を?」
レイモンド殿下と話しているクラレンスは即座にそう返した。……それは呆れと怒りが混じり合った事がよく分かる口振りだったので、クラレンスが不敬に問われはしないかとシャーロットは心配になってしまった。
「───全くだ。我が弟ながら話にならない。年も離れていた事からそう深く関わってこなかったが……あれほど愚かだったとは思わなかった」
しかしそれに返されたレイモンドの答えは更にエドワルドを貶めるもの。
シャーロット猫はあれ? と思い、扉から更に中を覗き込んだ。
レイモンドは非常に不愉快そうな顔でエドワルドの事を語っている。彼も今回の騒動を起こした弟に怒り心頭のようだった。
「───それなのにあのミシェルとかいう義妹がオルコット公爵の血を引く娘ではない事が事実と分かると先程のような世迷言を言い出したのだ。あれ程の事を公衆の面前でしでかしておきながら、奴は全てを元に戻せると思っている。なんの覚悟も無くしかもあのような場で愚かな事を引き起こすような者を王家の……我が弟とは思いたくもない!」
レイモンドはそこまで言い切ってソファの背もたれに勢いよくもたれ、視線を天井にやり首を振って大きく溜め息を吐いた。
そして視線を何気なく部屋の向こうにやって───扉の向こうから部屋の様子を窺っていたシャーロット猫とバッチリと目が合った。
「ニャ!(気付かれちゃった!)」
驚いたシャーロット猫は、全身の毛が逆立ちそのまま後ろにたーんっと飛び上がり急いで仮眠室の奥の方に走った。
しかしシャーロットに気付いたのはレイモンドだけではなかった。
シャーロット猫の様子に気付いたクラレンスはスタスタと仮眠室の奥まで行き、隅で小さくなっているシャーロット猫を優しく抱いてレイモンドの居る部屋に戻った。
「ニャー、ニャニャアオ(クラレンス様、そっちに行きたくないんだけど)」
シャーロット猫はそう言ってクラレンスの腕の中でジタバタ暴れたが、そう力を入れている訳では無さそうなのにその差は歴然でこちらに為す術もない。
そしてクラレンスに抱かれたままレイモンド王太子の前に来てしまった。
ここまで来てしまっては仕方がない。シャーロット猫は覚悟を決めてレイモンドに向き合う。
「ニャー、ニャオ(こんにちは、レイモンド殿下)」
いつもの癖で、つい挨拶とカーテシーをしようとしたが……、カーテシーは無理だった。……くッ!
「なんだクラレンス、お前も猫を飼い始めたのか」
レイモンド王太子は意外そうにそう言ってシャーロット猫を覗き込んだ。シャーロットはびくりと震えてクラレンスの腕に少し爪を立ててグッと掴む。
「ええ。可愛いでしょう? 元々は迷い猫なのです。王妃殿下や妃殿下にも確認しましたがどなたも心当たりはないとのことでしたので」
クラレンスはそう言ってシャーロット猫を抱く反対の手で優しく安心させるように撫でる。
「───へえ。メリンダが来てから我が国では猫を飼う者が本当に増えたな。メリンダの猫の可愛がりようも妬けるほどだ。昨年王子が生まれてからは少しはマシになったが、優先順位は私より上なのではないかと思ってしまうよ」
この国では3年前メリンダ妃殿下が嫁いで来られて王宮で猫を飼い始めてから猫好きが圧倒的に増えた。妃殿下の次に王妃殿下もその可愛さにハマり、そうすると貴族夫人たちもそれに続き……といった具合だ。
今では王宮や貴族の屋敷で猫が歩いているのは見慣れた風景である。
「───可愛いですからね」
クラレンスはそう言って満足げにシャーロット猫を撫でた。
「いや、でもお前まで猫が好きだったとは知らなかったな。今まで王宮で猫を見てもスルーだったじゃないか」
「───そうでしたか?」
「今もその大柄な体に猫を抱いている姿はなかなか……いやゴホンッ、……なんでもない」
それまで少し笑いを抑えながら話していたレイモンドはクラレンスに睨まれ咳払いをして黙った。
……そういえば、レイモンド殿下とクラレンス様は年も近いし王族と高位貴族で子供の頃から交流があったはずだわ。だからこんなに仲が良いのかも。
シャーロット猫はそう考えながら2人の話を聞く。
「……まあ猫は兎も角として、エドワルドの件は私からも父上に厳しく対処するように申し上げておく」
一転、真面目な顔になったレイモンドとクラレンスはまた何かあれば情報を共有しようと話を締め括った。
そしてレイモンドは部屋を出ようとして───、振り返ってクラレンスを見る。
「───その猫。その美しい薄紫の瞳はまるでシャーロット嬢のようだな」
レイモンド王太子はクラレンスの左腕に大切そうに抱かれたシャーロット猫をジッと見つめそう言って去って行った。
『ロッティ』は『シャーロット』の愛称。絶対に突っ込まれる!と思ったので、クラレンスは猫の名前をレイモンドに言えませんでした。




