猫の目覚めと来客者
……ティ……ロッティ……
…………お母様?
……私、おかしな夢を見ていたみたい。ブレンダに猫にされちゃうの。ねぇお母様は猫はお好きかしら。可愛がって、くださるかしら……。
「───ロッティ」
「ニャ!?(え!?)」
名を呼ばれ、シャーロット猫は飛び起きる。
そこには心配そうにこちらを覗き込む、近衛騎士団長クラレンスの精悍な顔があった。
「ニャア……ニャアニャア(クラレンス様……夢ではなかったのね)」
少し、現実にがっかりした。
……そうだわ、私は本当に猫になって……。昨日このクラレンス様に危ない所を助けられて、しかもそのままお世話になってるんだったわ。
おそらく『ロッティ』呼びされたからお母様を思い出したのね……。
「……良かった、ロッティ。ずっと起きないから心配してたんだ。私は朝は暫く隣の執務室にいるから。少し扉は開けておくから気が向いたら出ておいで」
ホッとしたようにそう言って、朝ごはんを机に置いてクラレンスは扉の向こうに行ってしまった。
シャーロット猫は寝ぼけた頭で今いる部屋を見渡す。
猫の朝ごはんは人間の食べ物をほぐしたようなもので、少し安心する。……そういえば猫になってから何も食べていない。
……ここは近衛騎士団長の仮眠室。何かと忙しく屋敷に帰れない団長専用。机の向こうを見ると大きな体格のクラレンスに相応しい大きなベッドが置いてあり、彼が昨夜ここで眠ったのだろう形跡があった。
そして綺麗に整頓されたベッド付近をなんとなく見ながら、自分は寝ていて気づかなかったけれども彼もここで寝ていたんだな、案外綺麗好きなのねと考える。
───ん? ちょっと待って? 彼はこの部屋で寝て私も同じこの部屋で寝て……。
───年頃の男女が、同じ部屋で眠るなんて!!
「ニャアアアァーンッ!!(もうお嫁に行けないーッ!!)」
「ッ!? どうした! ロッティ!?」
シャーロット猫の声に驚いたクラレンスが戻って来たが、シャーロット猫は恥ずかしさでうずくまったまま顔を上げられない。
……いやー! せっかくエドワルド殿下との婚約が無くなるっていうのに、婚約者でもない男性と同じ部屋で眠るなんて淑女としてあり得ないわ! 私、もう結婚出来なくなってしまったわ……!
シャーロット猫はうずくまったまま唸り続ける。
それを見たクラレンスはかなり慌てたようだった。
「ロッティ? もしかして昨日あの貴族に襲われた恐怖が残っているのか……? 可哀想に、ここにはお前を傷付ける者は居ない。私も居るから安心して休むがいい」
クラレンスはそう誤解したようで、優しくシャーロット猫の頭を撫でてくれた。
「ニャーニャニャア(違うけど……恥ずかしいー)」
それからシャーロットは『今は猫だから仕方ない』と一生懸命自分に言い聞かせた。そしてシャーロット猫が唸っている間クラレンスはずっと背中を優しく撫でてくれていた。
……クラレンス様はお忙しいのにずっと私に付いてくれてるんだわ……。昨日助けてくれた上にお世話になって、しかもこんなに気を遣ってくれる優しい人を困らせてはいけないわ。
少ししてなんとか立ち直ったシャーロット猫は、顔を上げてごめんねとばかりにクラレンスの手に頬擦りした。
クラレンスは安堵したように『大丈夫だからね』と言って執務室に戻って行った。
猫になってしまって気持ちは落ち込んでいるしこれからどうなるか不安だけれど、こんな風に親切にしてくれる人がいる。それにお父様も私を待ってくれている。
……私はこれから猫の自分にしか出来ない事をやらなくちゃ!!
……そう決心したシャーロット猫は、クラレンスにお世話になりつつこの部屋の近くから少しずつ探検し始める事にしたのだった。
◇
ザワザワ……
「…………だから……それはエドワルドの……」
朝ご飯も食べてなんとか気持ちを落ち着かせたシャーロット猫がそろそろ隣の団長の執務室に行こうかと思っていると、隣の部屋で騒めきが起こっていた。
「フニャ?(なんだろう?)」
クラレンスは近衛騎士団長なのだから、誰か訪ねて来てなんらかの話し合いをしているのかもしれない。
それにしても先程から聞こえて来た『エドワルド』という名前。……もしかして彼にまつわる何かがあったのかしら?
シャーロット猫は机に置かれたクラレンスの作ってくれた寝床からトンッと降りて扉に近付いて隣室の様子を窺った。
「───エドワルドはこのままシャーロット嬢との婚約を続けても良いと言っている」
───ッ!? 何ですって!?
シャーロット猫は驚いて扉の隙間から覗くと、そこにはこの国の王太子レイモンドが怒りを顔に滲ませて立っていた。




