聞き耳を立てる猫
「───陛下におかれましては今後どのような対応をお考えでしょうか」
まるで真冬の凍てつく空気のような冷たさでオルコット公爵に尋ねられ、国王はゴクリと唾を飲み込もうとした。……が、やはり口の中はカラカラだった。
そばに控える宰相も同じように冷や汗をかいている。
「無論、陛下のご判断次第では私にも考えはございます」
……ゾクリ。
国王は背筋が凍る思いをしながらも何とか口を開いた。
「……と、当然私も愚か者共をそのままにするつもりはない。
……しかしその前にシャーロット嬢を見つけることが先決だ」
「───先程近衛師団長より全く手がかりはないと聞いたばかり。
……さて陛下は我が娘をどう責任を持って見つけてくださるというのか。そして殿下の罪をそのまま有耶無耶になさろうとお考えなのでは?」
「……まさか! そのような……!」
否定しつつ、決して誤魔化されてくれそうにない目の前の男に対して焦りにも似た思いがとめどなく湧いてくる。
国王の手はびしょびしょになるほど汗で濡れていた。
「それはようございました。そのような事になりましたら国中の貴族や隣国にでもつい余計な事を囁いてしまいそうですから。それに悲しみの余り我が家からの流通も止まってしまうかもしれません」
この国の中枢にいる公爵が国中の貴族や隣国に王家の失態や内部にしかないの情報を漏らすかも知れない。そして王国一の穀物の生産地であり国内の物流を管理している公爵家は流通を止めるかも知れない。……公爵はそう言っているのだ。
国王と宰相はまた冷や汗をかく。
……そんな事をされれば、この度の浅はかな出来事を引き起こした王家は貴族や隣国から相当低レベルだとレッテルを貼られ、様々な不利益を被る事になる。そして穀物の流通を止められれば食料不足から国内の物の値段はあがり一気に国民に不満が溜まるだろう。治安が悪くなり反乱が起きる可能性もある。
「……決してそのような事はせぬ!! あ奴らにはそれぞれに厳しい罰を与える事になる」
「───そのお言葉。信じたいものです。そしてこの王城で行方知れずとなった我が娘シャーロットを傷一つつける事なく無事に戻していただきますようお願いいたします」
国王と宰相はオルコット公爵の迫力に覚悟を決めて答えた。
「……ッ───。それも、勿論だ」
「……さ、左様でございますね。しかも先程のあの娘などはご令嬢が魔法が使えるなどとふざけた事を申しておりましたから。そのような戯言をあちこちで申しておったのやもしれません。ご令嬢に余計な悪い噂などもされないようこちらも尽力いたします」
そうして国王は王城に務める者、全てにシャーロット捜索を命じた。
───その後オルコット公爵は王宮内の自室に戻り一つ大きくため息を吐く。そしてゆっくりと窓から外を眺めて呟いた。
「───魔法、か……」
そして普段は服の中に隠している胸にかけられたペンダントの指輪を優しく撫でた。
「───アナベル……」
◇
「ミャアオ……(お父様……)」
シャーロット猫は、ブレンダの作り出した魔法の映像によって国王の間での様子を見ていた。
「まあ、トラヴィスにしては頑張ったね。しかしそもそもはアナベルが亡くなった後おかしな方向に突っ走ったのが事の始まりだがね」
シャーロット猫の横で自ら出したこの映像の感想を述べるのは、母アナベルとシャーロットの友人である魔女ブレンダ。
「ニャア。ニャニャニャア(エドワルド殿下達も凄く暴走してたわね。それにミシェルがお父様の実の子なんて噂が出ていたのも知らなかったわ)」
「近しい者やある程度の年齢の者ならトラヴィスが愛妻家で愛人やましてや隠し子などいないと分かっているだろうが、そう関わりの無い者達からしたら憶測が憶測を呼ぶんだろう」
ブレンダは肩をすくめて言った。
「ニャアニャニャアー(でもどうしてお父様はお母様が亡くなってすぐに『契約結婚』をしたのかしら)」
「───さあ。どうしてだろうね」
ブレンダは表情を変えずにそう言ってサッと国王の間の映像を消した。……それは本当は彼女が全ての事情を知っているかのようだった。
「……ニャア。ニャニャアー?(……ねぇブレンダ、このままだとお城は益々混乱するわ。賭けの負けの詫びは別にするから今は人間に戻してくれない?)」
「───ダメだね。まだ時期尚早だ。……というか私が猫を満喫していない」
最初真面目な顔で否定したブレンダは途中からイタズラを成功させたようにシャーロット猫を見て抱き上げた。
「ニャ! ナオーン!(ブレンダ! 王城の緊急事態なのに!)」
「……まあ今は奴らには必死になってお前を探させればいい。トラヴィスにしたっておかしな解釈をしてシャーロットを傷付けた。少しは反省するといいんだよ」
……やはりブレンダは父の急過ぎる再婚に思うところがあったらしい。まあ勿論娘であるシャーロットもそうなのだが……。
「シャーロット。人間が猫になるなんてまあ無い事だよ。せっかくだから猫生活を楽しんでみたらどうたい?」
「ニャアーン(他人事だと思ってブレンダったら……)」
ついそう呟いてしまったシャーロット猫だったが、ブレンダはいつものようにニヤリと笑った。
「まあそんなに深刻に考えない事だね。焦ってもどうしようもない事もある。そんな時は今しか出来ない事をしてみるものだよ」
ブレンダはそう言ってウィンクをしてからシャーロット猫を思い切り撫で回し、暫くして満足したのか『またね』と言い残して消えた。
シャーロット猫は散々撫で回されたのと今日1日色んなことがたくさんあり過ぎて精神的にグッタリとした。
「フニャア……ミャアオ……(疲れた……ブレンダ容赦なかったわね)」
疲れ果てたシャーロット猫はクラレンスが用意してくれたふわふわの寝床にポフリと顔から突っ伏した。
そして、これからの事を考える。
……ブレンダの言う通り、元に戻れない以上はこの姿での生活の向上を目指しつつ、猫の姿ならではの生活を愉しんでみるべきだわ。
とりあえず暫くはクラレンスの所で恵まれた猫生活を送れそうだが、人間に戻れる方法も探らなければならない。
……少しくらい、猫になりきって楽しんでみるのもいいのかもね。
これからどのくらい猫生活を過ごさなければならないのか。頭の痛いシャーロット猫だったが息抜きがてらに猫である事を満喫してみる事にしたのだった。




