魔女と猫
「ロッティ。私はしばらくは王宮に詰めるから自分の屋敷に帰れない。それまで私の部屋で我慢してくれ」
クラレンスはそう言って大きめの果物籠のような物にクッションやブランケットを引いたものを用意してくれた。そしてシャーロットを見て、ポンポンとそのクッションを叩く。
「ニャー?(ここでくつろいで良いってこと?)」
シャーロットが恐る恐るそのクッションの上に乗り座り心地を確かめる。……うん、良い感じだ。
「ニャアーン(良い感じ、ありがとう)」
シャーロット猫が満足そうにそこに座って鳴くと、クラレンスも嬉しそうに笑った。
「……うむ、良さそうだな。これからは先ほどまでのように連れ歩く訳にはいかないが、ちゃんと良い子でお留守番しているんだぞ」
「ニャウ(ええありがとう)」
自分の声にきちんと応えるシャーロット猫にクラレンスは嬉しそうに微笑み仕事に戻る為部屋を出て行った。
猫に変身した時はどうやって過ごそうかと悩んだが、衣食住が保証されて良かったと安心した。
「ウニャァー(良かったわちゃんと寝床も作ってくれて)」
質の良いクッションとブランケットを気に入りシャーロットはその上でもふもふとくつろぐ。
「───なかなか良いご主人と巡り会えたようではないか」
誰も居なくなったはずの部屋に聞き馴染んだ女性の声が響く。シャーロット猫はバッと毛が逆立った。
「……ウニャ!(……ブレンダ!)」
「ふふ。随分と可愛いねぇ。やはり猫にして正解だったな」
シャーロットが声のする方を見ると、そこには友人でありこの度の事態の元凶とも言える魔女ブレンダが満足そうに笑いながら立っていた。
「ニャア! ニャニャアニャー!(ちょっとブレンダ! 本当に猫になるなんて容赦なさ過ぎるわよ、人の言葉も話せないし!)」
「ふふふ……。お前は『賭け』に負けたのだから仕方ないだろう? でもまあ路頭に迷わなさそうで安心したよ。今の所危険もなさそうだしね」
機嫌良くそう言ったブレンダはヒョイとシャーロット猫を抱き上げた。
「うんうん、はぁ可愛いねぇ。触り心地も良い。このま私が飼っちゃおうかね」
そう言ってブレンダは上機嫌でシャーロット猫を撫で回す。
「ウニャニャア!(もう冗談言ってる場合じゃないでしょ!)」
シャーロットも今のこんな事態になったのは自分の浅はかさのせいである事は自覚している。……だからこそ、この友人に交渉をしなければならない。
「ニャー。ニャアニャアァ(賭けはブレンダの勝ち。でも私もこのままの姿では困るしどうやったら元に戻してもらえるかしら)」
ブレンダは魔女。人間とは価値観は全く違うから、今彼女の望むものは彼女にしか分からない。
「私は今のこの状態を楽しんでるんだがねぇ。ほら、こんなに可愛いのだし」
そう言ってブレンダはシャーロット猫の喉を優しく撫でる。シャーロットはついゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。
「ウニャ……。ニャ! ニャニャア!(うーん気持ち良い……。そうじゃなくて! このままじゃ私もお父様も困るんだけど!)」
我に返って主張したが、シャーロットが『お父様』と言った瞬間にブレンダの顔から笑顔が消えた。ちなみにブレンダは猫語は理解出来るらしい。
そうして一瞬にして冷えた空気が辺りを包む。
「───あの男が困ろうが、私には関係ないね」
ピシャリと言い切った言葉にシャーロットは少し驚く。
ブレンダは元々は亡くなった母の友人である。今までは早々に再婚した父の事は少しの不快感を表すくらいだったのだが……。本当はかなり怒っていたのかもしれない。
「……ニャ?(……ブレンダ?)」
「───まあ可愛いシャーロットが困るのは胸が痛むからね。ちゃんと条件を満たせる迄見守ってやるさ。
しかしそうだな……。やはり教えておいてやろうかね」
シャーロットに向き直ったブレンダは先程までの冷たい空気は消えていた。しかし優しく微笑み頭を撫でる彼女はまた何かを思い付いたらしい。
冷えた空気が消えた事で少しホッとしたシャーロットだったが、また雰囲気が変わった事に警戒する。
「ニャ、ニャニャアオウ?(ブレンダ、また何か変な事を思い付いたんじゃないんでしょうね?」
「いやだね、人聞きの悪い。私は可愛いシャーロットに無理強いして何かをするなんて事は無いよ。今回の賭けだって私は本当に良いのか確認しただろう?」
「ウニャア……(それはそうなんだけど……)」
……それを言われると辛い所だわ。
「……それで今、エドワルド達がどうしているか知りたくはないのかい?」
「ニャ? ニャニャア(エドワルド 殿下? それはちょっと知りたいかも)」
シャーロット猫がそう答えると、ブレンダはニコリと笑って魔法を展開させた。
「ニャ! ニャニャア!(うわぁ! ブレンダの魔法は何度見てもすごいわ……)」
ブレンダの魔法によって部屋に現れたのはシャーロットが今まで何度も行った見慣れた部屋。そしてそこには先程シャーロットに婚約破棄を突き付けたエドワルド王子や側近、そして義妹ミシェルが立っていた。
「───これはあの後の彼らの様子だ。
そしてあちらからはこちらは見られない。まあじっくり見て聞いてごらん」
シャーロットは息を呑んでその映像を見つめた。




