第五章 第一王子フジャーロ
フジャーロ・ド・ライゼンと言う男は優柔不断で、社交的とは真逆の人間である。
王族とは思えない程の寡黙さで、人見知りをこじらせていて、常に一人でいる事を好んだ。
けれど顔だけは綺麗で。
透けるような白い肌をしていて。
隣で見たフジャーロ殿下の右顔を、私は今でも忘れられない。
目元が隠れる程長く艷やかな黒髪が、その表情を隠していて。
愛想笑いをした時に微かに口角が上がった、その優美さに心奪われた。
深い二重瞼の下にある、黄金に近い濃い黄色の瞳は、さらに私の心を鷲掴んで。
毎日その横顔を思い出してしまうくらいだった。
最初は義務感で付き合っていたところもあるけれど。
いつの間にか私は。
フジャーロ殿下に好意を抱いていた。
殿下はいつも私には対して無表情だったけれど、それでも良好な関係性を気づけていたと思う。
妹のミサーラと、フジャーロ殿下が接触するまでは。
ミサーラはフジャーロ殿下の好みの女性を演じて、フジャーロ殿下に近付いた。
そして、耳元でこう語るのだ。
「幼い頃、殿下が結婚の約束を交わしたのは……じつはお姉様ではなく私なのです」
フジャーロ殿下はミサーラの嘘を信じ込み、心を揺らした。
そこにミサーラは、追い打ちを掛けていく。
「お姉様は本当は……弟君のマスラ殿下の事がお好きなのですわ……」
艷やかなルージュの唇を輝かせながら、ミサーラはフジャーロ殿下の耳元で嘯き続ける。
「きっとお姉様とマスラ殿下はフジャーロ殿下を罠にかけて貶め、自分達が王と王妃になるおつもりなのです。このままお姉様とマスラ殿下の罠にハマってしまってはいけませんわ」
幼いあの日、私が浮かべた表情を真似た顔をミサーラがすると。
フジャーロ殿下は、過去の記憶に残る少女がミサーラのほうだったように感じはじめて。
もともと優柔不断な性格もあり、フジャーロ殿下は婚約者の私と弟のマスラ殿下に疑惑を持つようになってしまった。
ミサーラは更に追い打ちかけるが如く、自分でつけた腕の痣をさりげなくフジャーロ殿下にみせつける。
「ミサーラ、その痣は一体どうしたんだ……?」
「……これは……お姉様につけられた傷の痕です……。私が側室の子で自分は公爵家の嫡子だから……虐めても咎められない、と……お姉様は昔からそうだったのです……」
ミサーラは瞳から真珠のような清らかな涙がポロポロと流れ落としながら、フジャーロ殿下の目を真っ直ぐ見つめた。
まるで、助けを求めるかのように。
ミサーラは加えて、自分はいつも姉と比べられていたこと、姉ばかりが愛され、姉はそれを棚に上げて自分に酷い仕打ちをしてきた、などと嘘を連ねた。
それを信じ込んだフジャーロ殿下は、ミサーラの言うままに、まずは弟のマスラ殿下をライゼンから追放した。
そして今まさに、私の事も『悪女』として追放しようとしている。
──思えば。
ミサーラと出会ったあの日から、フジャーロ殿下は変わってしまわれた。
以前は頑なに嫌がっていたものを、急に受け入れるようになったり。
髪型や服装を変えてみたり。
友人や知り合いが増えたり。
以前の殿下が好きだった私には、その変化が耐えられなかった。
無表情だったフジャーロ殿下は、ミサーラを見つめて微笑むようになった。
その右顔を見て。
その笑顔を見て。
私は愕然とした。
隣で見てきたからこそ、驚いてしまったのだ。
フジャーロ殿下が。
こんな横顔をするのか、と。
こんな風に笑うのか、と。
ミサーラのには、と。
私がいる目の前で、と。
ミサーラもまた、フジャーロ殿下に微笑みかけ続けていた。
幼い頃の私のような笑みで。
その瞳の奥には、欲望が潜んでいた。
こうして私は、ミサーラのかけた罠にまんまと引っかかり。
晴れ婚礼の日、『悪女』として裁かれる事となってしまったのだ。




