第二章 腹違いの妹
ミサーラ・ギ・クリムゾンレッド。
私の腹違いの妹。
彼女の母親は、私の亡き父であるクリムゾンレッド公爵の正室ではなく、側室の出である。
けれど継母は前王妃の妹の娘──つまりは第一王子フジャーロ・フォン・ライゼン殿下と血の繋がった親戚という事らしかった。
継母は嫉妬深く、また欲深い女だ。
父が亡くなった後、継母は虎の威を借る狐のように王家の親類であることを翳し、まるで自分が女公爵にでもなったかのように公爵家を牛耳るようになった。
贅沢三昧は勿論の事、侍従や侍女、メイド達にもともと疎んでいた私の世話を禁止し、私を蔑ろに扱うようになる。
いつからか私は、公爵家では一切の世話をしてもらえなくなった。
最初は不慣れな事ばかりで困ったけれど、徐々に身の回りの事が出来るようになって、色々なことに慣れていって。
正妃教育で王宮に入るまでは、同情してくれる一部の使用人の計らいで、キッチンの片隅を使用させてもらい料理もするようになって、何とか自力で衣食住を手にいれていた。
一応だが第一王子の婚約者である為、大切な舞踏会の日などは令嬢らしく見えるように着飾ってもらえたので、外面はちゃんとした公爵令嬢に見えていただろう。
その継母の娘であるミサーラは、美しい女だった。
私と同じ濃紺の髪は、手入れが行き届いていて絹の様に艶やかで。
私と同じ青色の瞳は大きく、これまた濃紺色の長いカールのかかったまつ毛に守られていた。
その美しさは、毎日、毎日、鏡を磨くように洗練されていて。
笑顔の角度。
声のトーン。
歩くときの腰の揺れ方。
すべてが人々の目を釘づけにし、惑わせた。
それもこれもすべては初恋の相手、フジャーロ殿下の婚約者になるためだ。
継母の影響を幼い頃より受けていたミサーラもまた、嫉妬深くて欲深い性格で。
継母から充分な愛情を与えてもらえず、愛を知らずに育ったミサーラは。
愛されたいと思う気持ちが人一倍強かった。
そんなミサーラは、きっと、私のことを憎んでいることだろう。
ミサーラにとって。
私の、第一王子の婚約者という立場と、公爵家の長女という地位は、喉から手が出るほど欲しい立ち位置だからだ。
その憎しみを私が真正面から受け止めて、ミサーラが幸せになれるのならば、私はこの身を捧げても良いとすら思っていた。
私は、ミサーラのことが決して嫌いではなかったから。
ある日、夕暮れ。
クリムゾンレッド家の庭園で、膝を抱えるミサーラを見かけた。
私はそっと近づいて「どうしたの?」と優しく尋ねると、ミサーラは涙で腫らした目で私を見て。
「……お姉様なら……良かったのに……」
ぽつりとそう呟いた。
ミサーラがそんなことを言うなんて思ってもいなかったから、私は心底驚くた。
その大きな目には涙がいっぱい溜まっていて。
私にこう語りかけてくる。
お姉様は公爵家の嫡子として生まれ、フジャーロ殿下に愛されている。
お姉様がその地位を私に譲ってくれれば良いのに。
ミサーラのその姿は。
助けを求める迷子の少女のようでもあり、それでいて炎のように激しい渇望を宿してもいた。
幼い日の恋をずっと追いかけ続けてきたミサーラの苦悩が、そこにはあった。
それはきっと、私には到底理解出来ない。
理解は出来ないけれど、理解したいとは思った。
私は、ミサーラが羨ましく思っていたから。
私とミサーラの性格は真逆だった。
ミサーラは社交性の塊で、言いたい事は素直に言って、なのに周りから好かれて。
ミサーラの事を愛さなかったのは、唯一の肉親である母親ぐらいだろう。
常にキラキラ、ピカピカと輝いていて。
端的に言えば、「眩しい」の一言に尽きる。
私もあんな風になれたらと、幾度思ったことだろう。
憎まれていても、ミサーラは私の可愛い妹だ。
ミサーラには幸せになって欲しい。
そう切に願っていたのに──。
運命と言うのは本当に残酷だ。
フジャーロ殿下の婚約者に選ばれたのは私で。
ミサーラは継母の命令で、第二王子のマスラ・フォン・ライゼン殿下の婚約者となる。
婚約式の日。
私の事を恨めしそうに睨むミサーラの歯軋りが、耳元で聞こえてくるようだった。




