第一章 魔物の声を聞く令嬢
婚礼の日の朝。
雲ひとつない青空の下、王都ライゼンの石畳には白薔薇の花びらが、まるで神が降り立つための絨毯のように敷き詰められていた。
その香りは甘く、重く、どこか美しさを強制しているかのようにさえ感じる。
私はケルダ・ミキ・クリムゾンレッド。
クリムゾンレッド公爵家の長女で、ライゼン王国第一王子フジャーロ・ド・ライゼン殿下の婚約者だ。
私は今日、フジャーロ殿下と結婚する。
式の時間を今か今かと待っていると、私のもとへ侍女が静かにやって来た。
「お嬢様、式のお時間です」
「……分かりました」
私は焦らずゆっくりと椅子から立ち上がる。
不意に、姿見に自分が映った。
身に纏ったウェディングドレスが、窓から差し込む陽の光を反射させて白銀色に輝いている。
そのウェディングドレスは亡き母の形見で、数十年以上前のデザインだと言うのに、当時のデザイナーの腕が良かったのか古めかしさをまったく感じさせなかった。
ふいに、自分の顔をじっと見つめる。
公爵家の伝統である夜空のような濃紺の髪は、美しく結い上げられていて。
横髪を掻き分けると、濃紺の中に一筋だけ紅い色が混じっていた。
それは、遡ること七歳の冬──魔物の群れが領地の村を襲った夜の事。
一人森へ駆け込んで、傷ついた小動物たちを守り、紅き狼の群れと『話して』道を開かせたときの代償だった。
瞳は、髪の色を反射したように青く、永い冬が凍り付いているようようである。
髪をかき分けた手から袖がずり落ち、手首の内側にある紋様が露わになった。
そこには薄青い三日月の紋様──『傾聴の刻印』が刻まれている。
魔物や動物の声をて聞き取れる者にだけ現れる、禁忌の印だ。
私は生まれつき、魔物や動物と話す事が出来きる。
「魔物や獣と話せるんですって?」
そう言って笑ったのは、亡くなった父の生前に後妻となった元側室。
妹のミサーラの産みの母親であり、私の継母だった。
偶然、何処かで私の秘密を知ったらしい。
私と父の秘密だったのに。
「あれらは人語を解さぬ下等生物。それと話すなど狂気の沙汰ね」
──その言葉は、私は今も私を突き刺していた。




