エピローグ
断罪の儀式からから半年後、私とマスラ様の結婚式が行われた。
場所はライゼン王国ではなく、ザルカス王国。
国王の特別許可の元、ザルカス王国の聖堂で執り行われることとなる。
ウェディングドレスに着替えるために控室へ向かう私を、マスラ様が呼び止めてきた。
「ケルダ。渡したい物があるんだ」
マスラ様に手を惹かれて、私はある部屋の前へやってくる。
扉がゆっくりと開かれると、私は思わず目を見開いて驚いて、口元に手を当てた。
真珠のような光沢を持った白銀のウェディングドレスが、トルソーに着せられている。
「マスラ様……これって……」
そこには、ザルカスに追放された時に売ってしまった、母の形見のウェディングドレスがあった。
「頑張って探したんだ。ケルダのために」
嬉しさのあまり涙が溢れ出してきて、私はマスラ様に抱きつく。
「ありがとうございます……マスラ様……本当に……ありがとうございます」
「もう手放しちゃ駄目だよ」
「はい」
マスラ様は私の濡れた頬を指先で撫でると、そっと唇を重ねた。
ウェディングドレスに袖を通し、髪を結い上げ、化粧を施してもらうと。
式が始まる。
私は、聖堂の入り口から祭壇に至る道を一歩一歩ゆっくりと歩いて。
祭壇の前で待つマスラ様のもとへ向かう。
マスラ様の隣に並び立つと、祭壇の神父様を真っ直ぐに見据えた。
神父様は聖書を開き、重々しく口を開く。
「汝マスラよ。汝はケルダを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、妻を想い敬い慈しむ事を誓いますか?」
マスラ様は真剣な眼差しで神父様を見つめ返す。
「はい、誓います」
神父様はうなずき、今度は私の方へ向き直った。
「汝ケルダよ。汝はマスラを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、死が二人を分かつまで愛を誓い、夫を想い敬い慈しむ事を誓いますか?」
私は胸に溢れる感謝と愛情を感じながら、しっかりと顔を上げて答える。
「はい。誓います」
神父様は私たちの決意を受け止めた。
「それでは指輪の交換を」
侍者が運んできた小さな箱が神父様の手に渡る。
箱の中には二つの指輪が収められていた。
マスラ様は一つを手に取り、私の左手の薬指に静かにはめる。
その指輪には、ユニが分けてくれたクリスタルが埋め込まれていた。
ぴったりと肌に馴染み、冷たさと温もりが同時に感じられる。
私も箱からリングを取り出し、マスラ様の左手の薬指にはめた。
こちらの指輪には、エルが分けてくれたダイアモンドが埋め込まれている。
このクリスタルとダイアモンドは、ユニとエルが結婚祝いに分けてくれたものだった。
指輪が嵌まった瞬間、ふたりの心が一つになったような気になる。
指輪が交換されると、私たちは互いに向き合った。
「誓いのキスを」
マスラ様の手が私のヴェールをそっと上げる。
瞼を閉じると、マスラ様の唇が私の唇に優しく触れた。
温かく蕩けるような甘やかなキス。
純粋な愛の証だった。
私がずっとほしかったものを、マスラ様がくれた気がする。
唇が離れると、マスラ様と間近で見つめあった。
「愛しております、マスラ様」
「私も、愛しているよ、ケルダ」
聖堂のステンドグラスから差し込む陽の光が、私とマスラ様を祝福するように降り注いでいる──。
──それからまた、数年後。
王都ライゼンには、『共鳴の庭』という公園が造られていた。
そこでは四季を通じて花々が咲き、魔物の仔と人間の子供たちが仲良く遊んでいる。
公園の中央には噴水があり、その水は魔物の群れが王都の空を飛ぶときの風の流れを優しく導くように、静かに流れていた。
私はその噴水の縁に、小さな女の子と共に腰を下ろす。
女の子の名前はホノカ。
マスラ様と私の娘だ。
ホノカの額には薄青い三日月の紋様が、月光のように浮かんでいた。
「ママ、あの鳥さんはお話しするの?」
ホノカの小さな愛らしい指が、空を飛ぶカラスを指さす。
──きっとホノカにも聞こえているのだろう。
魔物や動物たちの声が──。
私はその柔らかな髪を整えるように、ホノカの頭を軽く撫でた。
「ええ。でも話すのは鳥だけじゃないわ。魔物も動物も聖獣も、ホノカの心も──全部声があるの」
「あたしの心も?」
「そうよ。耳を澄ませれば、きっとその声が聞こえてくるわ」
「なら、この子の声も聞こえる?」
ホノカの小さな手が、私のお腹に優しく触れる。
「ええ、もちろん」
私はホノカに優しく微笑みかけた。
今、私のお腹には新たな命が宿っている。
お医者様が言うには女の子らしい。
名前はなんにしようかしら?
会えるのが楽しみだわ。
ホノカと微笑み合っていると、マスラ様の声が聞こえてくる。
「ケルダ、ホノカ」
私はホノカの手を取って立ち上がり、その小さな手を引いて愛しい人のもとへ歩み寄った。
マスラ様はホノカのもう片方の手を取り三人──いえ、四人で歩きだす。
私はこれからも。
愛する人や家族と共に生きていくだろう。
魔物や動物の声を聞きながら。
未来に向けて希望の道を辿って行くために。
空を飛んでいる、一羽のカラスが鳴いた。
その声は鐘の音のように遠くまで響いて。
呼応するかのように、遠くの森の奥から聞こえるオオカミの遠吠えが、風に乗って静かに優しく流れ込んでくる。
──彼らの物語はここで終わらない。
今、始まったばかりだ──。
(完)




