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第十六章 誓った相手と救済の天馬


 私はフジャーロの目の前までやってくる。

 枷をつけられた状態で跪くフジャーロは、青ざめた顔をして震えながら私の顔を見上げた。


 私はひとり、フジャーロに初めてプロポーズされた幼い日のことを思い出す。


 かつて貴族令嬢たちが憧れた『ローズガーデンの誓い』。

 まさかそれが、『ローズガーデンの断罪』に変わってしまうだなんて、夢にも思わなかった。


「ケ……ケルダ……私は」

「フジャーロ。なぜ断罪の儀式を、このローズガーデンで行ったかわかりますか?」

「え……なぜだ?」

「ここで、あなたにプロポーズされたからです」


 フジャーロは涙を流し、一部だけ金色に染めた黒髪を乱しながら首を横に振る。


「違う! 私が結婚を誓ったのはミサーラだ!! それだけは揺るがない!!!」


 まだそんな嘘を信じているの?

 情けない。

 いいわ。

 その目を覚まさせてあげる。


 私はフジャーロに顔を近づけ、横髪をかき上げて見せた。

 信じられないものを見るように、フジャーロは目を大きく見開かれる。

 私の濃紺の髪の中には、一筋の紅い髪が混じっていた。


「私は確かにここで、あなたに結婚の誓いの言葉を頂きました」


 フジャーロの記憶がようやく蘇ったらしい。


「──あ……あぁ……そ、そんなぁ……」


 震えながら、打ちひしがれている。


「私は……あなたからもらった誓いを大事に大切にして、一生懸命婚約者として務めました。あなたが笑顔になるように努力しました。けれどあなたが望んだのは……ミサーラのような卑しい女だった……!」


 叫ぶようにあげた私の声は震えて、裏返った。

 目頭が熱を持ち始め、眼球が潤う。

 でも。


 泣いちゃ駄目よ。

 こんな男に涙なんて見せてやるものですか。


「ケルダ……すまなかった……君を愛している」


 フジャーロは私に向かって、枷の着けられた手を震わせながら伸ばしてきた。

 まるで転んだ子供が、親に助けをもとめるかのように。


「私と結婚してくれ」


『ぼくと結婚してくれ』


 幼い頃のフジャーロと、今のフジャーロが重なる。


 あの頃のフジャーロは可愛かった。

 黒い髪が艶やかに輝き。

 深い二重瞼の目には、黄金に近い黄色が大きく澄んでいた。

 あんなに愛らしかったのに。

 今のフジャーロはどうだろう。

 美しかった黒髪は、ミサーラに絆されて染めた金色が混ざり。

 澄んでいた金色に近い黄色の瞳は、涙で赤くなり、どこか淀んでいるように見える。

 なんとまぁ、醜くなったものだ。

 こんな『ローズガーデンの誓い』には、きっと誰も憧れないだろう。


 けれど。

 私は、フジャーロに微笑みかけた。

 彼の愛した笑顔で。


「はい。喜んで──」


 手を伸ばし、その右頬に手のひらを添える。


「──なんて、言うと思いました?」


 頬に添えた手を振り上げ、私はフジャーロの右頬を思い切り叩いた。


 ──バチンッ


 乾いた音が、ローズガーデンに響き渡る。

 掌に痛みが走って、熱を帯びた。

 フジャーロはローズガーデンの地面に伏して、肩を揺らして嗚咽を漏らしながら情けなく泣きだす。


「あなたという人間は……本当に、優柔不断を絵に表したような男ですね」


 私の大好きだったフジャーロの右顔は、涙と涎で汚れ、その頬は赤く腫れ上、もうあの頃の面影すらない。

 どうしてか、それが悲しくて、悔しくて。

 それでも私は、涙を堪えた。


「さようなら」


 私はフジャーロに背を向け、ローズガーデンを後にする。


 フジャーロはきっと、もうこの国には帰っては来られない。

 ミサーラにはもちろん、私とも二度と会うことは出来ないだろう。

 もう、フジャーロには会えない。

 別に。

 それでいい。


 孤独に苛まれ、寂しさの中で命果てるがいいわ。


 私が出てきたのを確認した騎士たちは、入れ違いでローズガーデンへ入っていく。

 外で待っていたマスラ様が、私に優しく微笑みかけてくれた。

 私は駆け出し、その胸に飛び込む。

 マスラ様の腕は、私をしっかりと受け止めてくれた。


「話は終わった?」

「ええ、終わりました」


 復讐も。

 何もかも。

 すべて。


 マスラ様は私の体を離すと、目の前で跪いて手を差し出してくる。


「マスラ様……?」

「前に言ったよな? 復習が終わったらプロポーズの返事を聞かせて、と」

「あ……」

「ケルダ・ミキ・クリムゾンレッド。どうか私と結婚し──」


 マスラ様のお言葉を遮ったのは──鋭い靴音だった。

 振り向くと、騎士の拘束を振り切ったミサーラが鋭い瞳でこちらを睨んでいる。

 私が憧れた美貌はそこにはなく、怒りに狂った醜い顔は涙で濡れて汚れていた。

 枷が半壊した右手には、騎士から奪ったと思われる剣が煌めいている。


「……お姉様……」


 ミサーラの瞳孔は開ききり血走っていた。

 唇からは泡混じりの唾液が滴っている。


「……お姉様が居なければ……今ごろ……私は……私は幸せになれた!!!」


 ミサーラが奇声を発しながら私へ突進してきた──その刹那。

 私とミサーラの間に、マスラ様が立ちはだかる。

 耳に届いたのは、金属が肉を貫く鈍い音。

 私は、目の前の光景に目を見張った。


「マス……ラ……様?」


 マスラ様の足元にボタボタと鮮血が落ちて、血だまりを作る。


 ミサーラの剣は、マスラ様を貫いたのだ。


 私を刺すつもりだったミサーラは驚いて、剣から手を離す。

 するとマスラ様は背中から崩れ落ちて。

 私は腕を伸ばしてマスラ様の体を受け止めて、地面に尻もちをついた。


「……え、えっ……マスラ様? ウソ……ヤダ……っ、マスラ……様……っ」


 剣が突き立てられたマスラ様のお腹からは、赤黒い血が衣服の色を濃くしている。

 とめどなく溢れるマスラ様の血に。

 喉が。

 全身が。

 震えだす。

 目頭が熱くなって。

 あんなに我慢していた涙が、止めどなく、溢れ出した。


「誰かっ……誰かきてっ……!! きゅ、救護班をっ……!! 誰かああ!!!」


 私が声を張り上げるのほぼ同時に騎士たちがガーデンに駆け込んでくる。

 おそらく逃げたミサーラを追ってきたのだろう。

 ミサーラは私の腕の中で苦しそうに息をするマスラ様を見て、泣きながら笑いだす。


「あは……あはは……あははははははは! お姉様に手なんか貸すからよぉ! 自業自得だわぁ!!」


 狂ったように笑いながら泣くミサーラを騎士たちが押さえつけ、強引に連れ去った。

 私は、手繰り寄せるようにマスラ様の体を強く抱きしめる。


「だめ、ダメ……イヤ……イヤよ! 死なないでっ……!! マスラ様っ……マスラ様っ!!」


 私は。

 あなたに会えて幸せだった。

 ずっと、ずっと。

 一緒に居たいと思えた。

 失いたくない。

 もう。

 マスラ様なしでは生きていけないのに。


「私とっ……結婚してくださるとおっしゃったではありませんかっ……!!」


 お願い……私を独りにしないで……!


「好き……愛してるの……出会ったときから……ずっと……好きでした!」


 だから……どうか……。


「結婚……して……私と、一緒に……ずっと……一緒に……だから、……死なないで……マスラさまああああ……!!」


 絶望の叫びが私の喉から迸る瞬間──眩い光の柱がローズガーデンに突き刺さった。


 ──キュオオオオオン!!


 高く澄んだ鳴き声と共に天から降りてきたのは、純白の翼を持つ──ペガサスに変貌したエルだった。

 涙で滲む視界に黄金の鬣が躍る。


『泣かないで、ケルダ。わたしがマスラを助けるから……』


 エルは優雅に宙を滑り降りてくると、傷ついたマスラ様に鼻先を寄せた。

 すると──エルのクリスタルの角から、眩い光の粒子が溢れ出す。

 その光子は七色の粉雪のように舞いおり、マスラ様の腹部に刺さった剣を包み込んだ。

 その刃は音もなく塵となって消え、光が流れ続ける血の川に触れると、温かい蒸気となって消える。

 光は裂傷の周りで明滅しながら、刺された肉を再生させ繋ぎ治した。

 その情景を見ていた救護班や騎士たちは息を呑む。

 誰一人として瞬きできない、神々しい光景。

 エルの角の光量は増し、最終的には太陽のような眩しさに包まれた。

 光は徐々に収まっていくと、マスラ様の睫毛が微かに震え、その瞼がゆっくりと開く。

 マスラ様の鼓動が腕に伝わってきた。


「マスラ……様?」


 問いかけるとマスラ様は私の方へ瞳を向け、優しく微笑む。


「……やっと、ケルダの『愛してる』が聞けた」


 私はハッとして、頬が熱くなった。

 マスラ様は涙で濡れた私の頬を、手で拭いてくれる。


「ケルダ。私と、結婚してください」


 私は涙を流しながらも、頰をほころばせた。


「はい。喜んで」


 マスラ様の唇にキスをする。

 そんな私たちを見ていた救護班や騎士たちが、ポツリポツリと呟き始めた。


「見たか……ケルダ様の使い魔は神獣だ」

「ペガサス……伝説の生き物が本当に存在したとは」

「おお……奇跡だ」

「まるで……聖母のようだ……ケルダ様は聖母様の生まれ変わりなのかも知れない……」


 その言葉は静まり返ったローズガーデンに、瞬く間に広がっていって。

 いつしか彼らは、私たちに向かって次々と膝をつく。

 その瞳には、畏敬と信仰の色が宿っていた。

 私とマスラ様はその光景を呆然と眺め続け、涙が枯れるまでの間、静かに揺蕩った。


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